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日記の日の涙*

梅雨の晴れ間の昨日、友人とランチへ出かけた。いつもは、友人と私の家との中程にあるカフェで、午後から甘いものと珈琲をいただくことが多いのだが、昨日は私たちの住む街から、ひと山越えたところにオープンしたというカフェへ出かけることにした。

ひと山を越えて行かなくてはならないカフェまでは、登山鉄道に乗ってゆく。
私にとって、この登山鉄道は懐かしい乗り物で、学生時代、通学に利用した電車だった。

各地の有名な登山鉄道といえば、神奈川県は箱根登山鉄道、京都府は比叡山をゆく叡山鉄道などがあるが、おそらく私の馴染みの登山鉄道は、そこまで有名ではない。

うん?

もしかすると、有名なのかもしれないとしておこう。というのも、この登山鉄道の駅の一つに、日本三古泉の一つ、有馬温泉がある。

日本三古泉とは、愛媛の道後温泉、和歌山の白浜温泉、そして有馬温泉をいい、どの温泉も神代の昔からの歴史ある温泉だ。

日本書紀や源氏物語にも登場し、中でも有馬温泉は、秀吉に愛され、軍師黒田官兵衛の傷を癒やした湯でも知られる。

そんな神戸の奥座敷、有馬温泉と神戸市街地を結ぶ神戸電鉄は、もしかすると、私が知らないだけで、すごく有名な電車のかもしれない。

何年ぶりかに乗った電車の窓の外の景色は、変わらず清々しい緑色で、たしか途中に菊水山駅という無人駅を通過するのだけれど、その駅を確かめることはできなかった。

帰宅し調べてみると、2005年(平成17年)から営業を休止、利用客が見込めないことから2018年(平成30年)に廃止したとあった。

菊水山駅は自然に還えり、私は少しだけ淋しくなった。

そして、私たちは目的の地に着いた。
ひと山越える前は、湿度で重苦しかった暑さが、風に散らされて、駅の外は少しだけ冷んやりとして心地よく、「はぁ、いい感じ」と言わざるをえなかった。

おそらく、市街地との気温の差は、2度か3度あるような気がした。それで、その街の標高を調べてみると、346メートルとあった。
お手軽な低山登山をしている気分だ。

季節の野菜のビッフェを楽しめるカフェは、駅のすぐ側にあり、目と鼻の先というのは、このことですという、お見本のような便利な場所にある。

お店の中は、木の香りがほのかに香り、BGMは静かに流れ、居心地は抜群にいい。

席へ落ち着くと、大きな窓の外に木々が揺れるのが見えて、「とにかく、ここはいいところだ。」と、友人と確認し合ってから、また来ようということになった。
今来たところではあるが、そう約束するほど、すっかりお気に入りの場所に出会えたことが、うれしかった。

食事も、言うことなく美味しかった。
言うことなくという言葉もまた、しっくりとくる美味しさだった。

しばらくして、私達の席の隣に、お若いママと赤ちゃんが席に着き、追いかけるようにして、友人が席に着いた。

私たちが食事を終え、食後の珈琲を飲みはじめた時だった。

突然、赤ちゃんが泣きはじめた。
その声は、驚くほど大きく、思わず友人と二人で、赤ちゃんの方を向くと、赤ちゃんは顔を真赤にして、さらに声を大きくして泣いた。

その声の大きさに、思わず私は、「どうしたん…」と言って赤ちゃんに問いかけてしまった。するとママが、「すみません…」という。

「いえいえ、大丈夫ですよ」と言って、赤ちゃんを見ると、明らかに、怒っているように見えて、この時、私は大変なことになったと感じた。


谷川俊太郎さんの詩の中にある、
大事件が起こってしまったと感じたのだ。


「なくぞ 」  谷川俊太郎

なくぞ
ぼくなくぞ
いまはわらってたって
いやなことがあったらすぐなくぞ
ぼくがなけば
かみなりなんかきこえなくなる
ぼくがなけば
にほんなんかなみだでしずむ
ぼくがなけば
かみさまだってなきだしちゃう
なくぞ
いますぐなくぞ
ないてうちゅうをぶっとばす


赤ちゃんは、怒っている。
宇宙をぶっとばす程に…。
一大事とは、こういうことをいうのだ。

家に帰り着いた私は、あの赤ちゃんのことが、少しだけ気になっていた。

気にしたところで、なにかしらの答えを見つけることは無理だけど、世界は今、日本は今、大変なことになっていることには違いない。


ぼくがなけば

にほんなんかかなしみでしずむ

日本なんか沈むのだから…。


それから、私は歳時記を開き、今日が日記の日だということを知った。

今から70年程前、オランダで一人の少女が日記を書きはじめた。
日付は、6月12日にはじまり、2年間の月日が記されることになる。

その少女の名は、アンネ・フランク。
そして彼女の日記は、「アンネの日記」。
世界的ベストセラーであり、2009年ユネスコの会議で、世界の記憶遺産に登録された日記だ。


平和を求めるための戦いを繰り返す人類に、
赤ちゃんはいつも、その危うさを伝えて泣いてきた。いつの世も、赤ちゃんは泣くのをやめなかった。


「どうしたん?」

そんな軽い言葉なんていらない!
そう赤ちゃんは怒っていたのだろうか…。

「なんとかしろ!」
こんな感じで、顔を真っ赤にして、

「いますぐ、なんとかしろ!」。

そんな風に泣いていたに違いない。


6月12日は、日記の日。

私は、日記の日の涙を、これからも、
忘れることはない…。



#創作大賞2025 #エッセイ部門

#谷川俊太郎

#言の葉Days


なくぞ

いやなことがあったら
すぐなくぞ


なくぞ

いますぐなくぞ
ないてうちゅうをぶっとばす






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八七 凪 お読みいただきまして、 ありがとうございます。 あたたかなお心遣いに、 感謝申し上げます☘