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<A-14>妖怪「髪切虫」現る?

〜天牛名義考「名義史放浪編(なまえのれきしほうろうへん)」〜


はじめに

天牛名義考「名義史放浪編」は先稿<A-13>から随分と日が経ちました. 

字書・辞書類に限れば, 昆虫としてのカミキリムシを「髪切虫」と表記した最初は, 寺島良安『和漢三才図会』(1712) らしい. けれども, それより半世紀以上も前に, 林羅山という儒学者が「髪切蟲」と題する詩をしたためていたことがわかりました. 
羅山の「髪切蟲」に絡んで, 寺島良安の動きが怪しすぎる, というところまでが<A-13>でした. *1


1.林羅山の「髪切蟲」


昆虫としてのカミキリムシを源順『和名類聚抄』 が「齧髪虫」と表記. 承平年間 (931 - 938) のことである. 爾来, 字書・辞書類に限れば, これを「髪切虫」に書き換えた最初は寺島良安『和漢三才図会』(1712) だ. たぶん.
 
ところが, 『和漢三才図会』以前に「髪切蟲」と題して漢詩が詠まれていた. 作者は儒(朱子)学者, 林羅山(はやしらざん). 作年は1649年から1651年の間と推定される(<A-13>参照).

さて, 先稿でも触れたように, 羅山は「髪切蟲」の詩に先立って辞書を編纂している. 『多識編』(1631) である. ただしそこに「髪切虫(蟲)」の表記はない. 
『多識編』は, 中国は明の本草学者, 李時珍の『本草綱目』(1596 )の見出し語を "万葉仮名" で翻訳したような辞書. カミキリムシに相当する見出し語「天牛」は 「加美岐里牟志, 豆乃牟志」という次第である. ここに「髪切虫(蟲)」のような新語記載の余地はないようだ. 

当時の知識人たちは古典と中国が好きだからね.

それにしても, というか, それなら, 羅山先生, いったいどのようにして「髪切虫(蟲)」なる表記と出会ったのか. これが気になってきた. 
羅山 (1583-1657) の時代, 「髪切虫(蟲)」はすでに普及していたのだろうか.



2. 『日本国語大辞典』 再見


探索の範囲を字書・辞書以外に拡げるにあたり, 頼りになるのは皮肉にも『日本国語大辞典』である.*2
この日本最大の国語辞典は, 見出し語の語釈に対応した用例とその出典を掲載している. だから, 万全とまでは言わないまでも, 過去の用例探索の手がかりとなるのであった.

ただ, この『日本国語大辞典』については苦い経験がある. 

それは, 『大辞典』で見出し語「天牛」を引いたときのこと. 
同書は「天牛」の語釈を 「昆虫『かみきりむし(天牛)』の漢名」とし, 出典を藤原行成の日記『権記』と記していた. わたしは小躍りした. 平安貴族が日記でカミキリムシのことを書いているのか! 日本では昔から親しまれていたんだなあ, この虫は. ワハハ…と.

それでも確証が欲しい. 念のため, 『権記』を見た. 『権記』の原本はないにしても, ネットで古い写本にアクセスできる. 調べると, 確かに権大納言, 藤原行成の日記『権記』には「天牛」の表記が3箇所に登場している!

だが, しかし. 
『権記』の「天牛」は, どれも牛車牽引用の高級牛 "アメウシ" と判明した. ふつうなら, アメウシは黄牛と表記されるはず. それなのに, 行成は日記で天(アメ)牛の当て字を使用していたのである(<A-2>). 
『権記』の「天牛」はカミキリムシなどではなかった.

つあっ.*3

"帝銀事件" ならぬ "天牛事件". 爾来, なんとなく『日本国語大辞典』は縁遠くなっていた. 

だが, ここに来てふと, この『大辞典』で「かみきりむし」を引いていない, ということに気づいた. これはしたり. さっそく, というよりだいぶ遅ればせながら, しかし恐る々々「第三巻 (かつま-くるん)」を開いた. 

そこに, 見出し語「かみきり-むし」があった.*4 


『大辞典』によれば, 「かみきり-むし」の語釈は2通り. それらは①②として区分され, それぞれ出典が示されている(下記). *5

①「カミキリムシ科に属する昆虫の総称」
新撰字鏡, 十巻本和名抄, 俳諧・崑山集, 大和本草, 重訂本草綱目啓蒙
 
②「(浮気の客の髪を散切(ざんぎり)にすることがあるところから) 女郎の異称」
俳諧・宝蔵, 雑俳・柳多留

知りたいのは, 『和漢三才図会』以前. とくに林羅山の時代に, 字書・辞書以外で「髪切虫」の表記があるか否か, である. ということで, 探索対象は次に絞られた. *6

すなわち,
① では,『崑山集』, ②では,『宝蔵』.
② は語釈から考えて昆虫の「かみきりむし」ではなさそうだが, 『大辞典』を鵜呑みにはできない(泣).

次節以降でこの2件の調べを進めてみよう.


3. 『崑山集』と「髪切虫」


近世初頭に松永貞徳(1571-1654)という人が俳諧の一流派(貞門派)を立て, 京都俳壇をリードした.
貞徳は, その高弟の一人, 鶏冠井令徳(かえでい りょうとく, 1589-1679) に一門の俳諧の発句集の編集を託す. それが『崑山集』(こんざんしゅう)である. 慶安四(1651)年の刊. 
ちなみに令徳と並ぶ高弟が北村季吟(1624-1705). 季吟の門人が近世俳諧の変革者, 松尾芭蕉(1644-1694)だ.

さて,『大辞典』が掲げた用例は『崑山集』巻七 秋部「秋柳」所収. 
別途『崑山集』にアクセスしてそれを確認. そのほか巻九にも「髪きりむし」が見つかった.*7

まず, 巻七から.

巻七・秋 「秋柳」
秋の風は髪切虫かうばやなき <玄茂>
( 秋の風は 髪切虫か 姥柳 )

「髪切虫」に食害された柳の老木の凄惨な姿を詠んだものだろうか.  いや, 食害などと, そんな解釈は現代的すぎるかな.  より確からしい解釈は後日に・・・.

次に巻九.

巻九・秋「虫」
秋やうき髪きりむしとかたるなり <光平>
( 秋や憂き 髪きりむしと語るなり)

戯れに捕えた「髪きりむし」を眺めている物憂いひとときを詠んだものか.

ここで2つの句の "季" は秋. 旧暦7,8,9月が秋に区分される. だから, 季とカミキリムシの出現時期との関係に問題はない. つまり, 句中の「髪切虫」も「髪きりむし」も昆虫としてのカミキリムシだろう. とくに, 「秋やうき」は類題目「虫」の中の一句だから, 疑う余地はない.

それはともかく, これらの発句は, 『崑山集』(1651)編纂に先立つ句会で披露されたはずである. つまり, 詠まれた時期は『崑山集』以前. となると, 羅山の詩「髪切蟲」の作年(1649-1651) に冠るか, さらに早い, ということになる. ここで, 貞門俳壇と林羅山との間に交流があった, ということになると面白いのだが・・・・. まあ, この検討は後の稿で.

そうして, 昆虫としての「髪切虫」の流布は, それを辞書類として初めて掲載した『和漢三才図会』(1712) よりたっぷり60-70年は早い, ということになる. 

ところで. 妖怪研究分野では『崑山集』巻七の「髪切虫」を妖怪と見做す向きもある. それについてはすぐにでも検討したいが, 話が長くなりそうなのだ. これまた後の稿に持ち越しとしたい.


4. 『宝蔵』の髪切虫


次に,『大辞典』の語釈②の出典『宝蔵』(たからぐら)をみる. 『大辞典』はジャンルを俳諧としているけれども, 内容は俳文である. 
俳文とは, 対句や縁語などの古典的修辞技法を用いながら, 内容に滑稽味(俳味)を含ませたエッセイらしい. 『宝蔵』は寛文十一(1671)年の刊. 俳文の嚆矢とされる.

著者は京都に住んだ俳人, また国学者, 山岡元隣(やまおかげんりん, 1631-1672). 俳人としては北村季吟に師事したから松尾芭蕉とは同門だ. 貞門派の一員である. 
『大辞典』は元隣の次の一文を用例に引く.
 
 巻四・煎瓦:髪切虫(カミキリムシ)といへる妖孽(えうげつ)有といひふらせて, 誰こそ一定きられたりといへる人はあらねど
(※ 読み仮名の挿入は『大辞典』のママ)
 
ここで, 妖孽(えうげつ=ようげつ)とは妖しい災いや凶兆のこと. どうやらこの「髪切虫」は昆虫にあらず. 不意に髪を切り取る妖怪だ. しかも, “一定(いちじょう = 確かに) 切られたという人はいない” というのだから, 一種の都市伝説である.

上の用例の前後も見たい. 川平敏文氏の注釈書に元隣の文章が掲載されているので, それをもとにざっと意訳してみよう.*8 
なお, 寛永十四, 五年とは1637, 8 年である.
 
寛永十四五年頃かという. ・・・身分を問わず, 女達が自分の黒髪が切られるかもしれないと慄く声が聞こえてくる・・・神風を詠じた歌を門口などに貼り, 簪に付ける呪(まじない)も不安を沈めるに至らず,「髪切虫は剃刀の牙, 鋏の手足を持ち, 煎瓦(茶などを煎るための陶製の平鍋)の下に隠れている」との風説も出て・・・
 
『宝蔵』の「髪切虫」は, “剃刀のような牙” こそ昆虫と通じるが, 手足が鋏になっていて平鍋の下にいるときている. こんな奴はカミキリムシから発想されたのではあるまい.*9 

著者元隣は妖怪「髪切虫」にかかるこのエピソードを1637, 8 年の出来事としている. あくまで伝聞として書き出しているから, 時期的な真偽は不明. 事実なら, 元隣幼少期の出来事だ. それなら, 妖怪「髪切虫」は『崑山集』の昆虫「髪切虫」より十数年早いことになる.

が, 『宝蔵』は元隣晩年の俳文集だ. もしかするとエピソード自体がかれの創作か, 何らかの原話の翻案かもしれない. この検討についても後の稿にて.

さて, ここまでで, 確からしいのは, 少なくとも『宝蔵』の刊行時期には「髪切虫」という表記があった, ということだ. 
1671年. 昆虫・妖怪の別は置くけれども, これは『崑山集』の20年後, 『和漢三才図会』より40年ほど早い.

ちなみに『日本国語大辞典』の語釈②「女郎の異称」はこの「髪切虫」と整合しない. 
「天牛」に続いてまたしても誤釈か !? 『日本国語大辞典』, しっかり!


つづく.

**********************************

「髪切虫」の出典としての 『崑山集』と『宝蔵』. この2つは貞門の俳壇で繋がっていました. そうして,『崑山集』の「髪切虫」はどうも昆虫らしい. いっぽう, 『宝蔵』の「髪切虫」はどうやら妖怪のようです. 

しかしながら, 俳壇で繋がっているためか,「姥柳」の句のせいか,『崑山集』の「髪切虫」すら, 『宝蔵』同様, 妖怪とみる向きがあるようです.
こうして, 17c の俳壇に登場する「髪切虫」は昆虫か妖怪か, これを精確に見極める必要が生じたのです.

次稿<A-15>では, やむなく, いや, どちらかといえば嬉々として, 妖怪研究の世界に足を踏み入れてみます.




*1
<A-13>に書いたのであまり詳しくは繰り返さないが, 『羅山林先生詩集』によれば詩題は「髪切蟲」だ. 寺島良安は『和漢三才図会』の「天牛」の解説でその詩を引用. が, かれはなぜかその詩題「髪切蟲」は伏せた上で, 詩をわざわざ「天牛蟲ノ詩」と銘打って紹介. そのいっぽうで見出し語「天牛」については, 同義語 カミキリムシの漢字表記として「髪切虫」を挙げている. これって・・・.

*2
日本大辞典刊行会編, 1972-1976, 小学館刊, 全20巻.
縮刷版刊行, 1979, 全10巻.

*3
たとえば, 英国 MI(エムアイ)6 vs 中国情報部+旧ソ連KGBとの激烈なスパイ抗争を描き切った, いしかわじゅん『うえぽん』では, 意表を突かれた主人公(暗号名:うえぽん)がこの奇声を発して転倒している. 
「シバラク」:『うえぽん』第1巻/花とゆめCOMICS, 白泉社, 1985, pp.67. (初出は, 別冊ララ9月号, 1984)


*4『日本国語大辞典』は「かみきり-むし」の漢字表記を【天牛・髪切虫・紙切虫】としている. 紙切虫の表記は, 毛髪から離れていて興味深い. が, この辞典はその用例は載せていない. なぜなんだ?

*5
ここに示されている「俳諧」「雑俳」などのジャンル分けは『大辞典』記載のまま.

*6
○ 新撰字鏡:字書. 昌住(昌泰年間), 「蠰, 齧桑, 加弥支利虫」既出<A-9>
○ 和名抄:辞書. 源順(承平年間), 「齧髪蟲, 蠰, 加美木里無之」既出<A-1>
○ 大和本草:辞書. 貝原益軒(1709) 「天牛/カミキリムシ」既出<A-9>
○ 重訂本草綱目啓蒙:辞書. 小野蘭山(1847). ( 本草綱目啓蒙 1803 既出<A-9> の重訂版)
○ 柳多留:川柳句集. 呉陵軒可有(ごりょうけんあるべし)編, 初編 1765

*7
『崑山集』/明暦二(1656)年再販本, 早稲田大学中央図書館蔵

*8
川平敏文「山岡元隣『宝蔵』箋註(八):巻四(九)〜(十五)」, 『雅俗』, pp.114-125, 2019 / 九州大学学術情報リポジトリ. 
原文(部分)は次のとおり:寛永十四五年の比とかよ. ・・・かしこの後達, こゝの腰もと下女にいたるまで,「かゝれとてしか, うば玉のわが黒髪を切られなんか」とをそるゝ声, 洋々乎として耳にみてり・・・(中略)・・・いづくともなくまじなひ事に,「異国より悪魔の風のふき来るにそこふきもどせ伊勢の神風」といへる和歌をうつし来りて, 門戸にはり簪にまとへり. しかあれども此事猶云やまざりけるに, 又いづくともなく「髪切虫は剃刀の牙, はさみの手足, いりがはらのしたにかくれり」と云ふらせる風説に・・・

*9
「剃刀の牙, はさみの手足」という記述は, 後世の『化物づくし』の「髪切り」,『百怪図巻』の「かみきり」,『諸国妖怪図巻』の「鳶鬼・髪切」など, 近世妖怪絵に影響を与えた可能性がある.


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