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<B-12> ゴマダラカミキリ異聞(その3)

付 学名談義

〜天牛名義考「種名考察編(しゅのなまえのことなど)」 〜


はじめに

和名の漢字表記。 カミキリムシの写真整理にあたって思いついた試みでしたが, ゴマダラカミキリで頓挫しました。 そもそもゴマダラの意味がはっきりしないので, 漢字に置き換えられないのです。

それでも, 前稿<B-11>でどうにか, ゴマダラはゴマ + ダラケであって, 後に ”ケ” が省略されてできた和名である, という解釈に行き着きました。 和名命名の事実関係は知る由もないので, どう転んでも仮説の域を出ないのですが, 他の仮説に比べてそれほど荒唐無稽(デタラメ)とも思えません(笑)。

それでいよいよ, ゴマダラ(= ゴマ + ダラケ)の漢字表記を, と意気込むと, これがまた, すんなりとはいかないのでした。


1. 国語改竄の壁

困ったことに「だらけ」に当たる漢字はない.  擬態語 "ダラダラ" 起源ゆえなのか.
似た表現に「まみれ」があって, これには「塗れ」を当てるらしい. 「だらけ」と「まみれ」はどちらも, ものの表面が液状, もしくは粉状, あるいは粒状の物質が付着した状態を示す表現である.  

そこで, この ”塗” を「だらけ」の代用にすれば, ゴマダラカミキリは胡麻塗天牛となる. ゴマダラが胡麻塗なら, ゴマフカミキリは晴れて胡麻斑天牛と表記できる. なかなかよいぞ.

だが, これは, “胡麻塗” の訓みを "ごまだら" にする, いわゆる一つの国語改竄だ. 
もちろん, 個人で楽しむ分には問題あるまい. が, それでも, フォルダ名 “胡麻塗天牛” を見た知人に「なんて読むの?」と尋ねられる場面を想像するに, その不承知顔が目に浮かんで面白くない.


2. 和名変更の壁

「塗れ」は本来「まみれ」なのだから, ともかくも, 胡麻塗は ゴマ+マミレ = ゴママミレとみるのが基本だ. ただ, ゴママミレでは "マ" が重複するから一つ抜く. つまり重音脱落で, 胡麻塗は"ごまみれ" と訓ませる. またもや「ま」抜け(き)か. だが, これが国語としては筋だろう. 
胡麻塗天牛=ゴマミレカミキリ. 

さて, ゴマダラカミキリ改めゴマミレカミキリ. その漢字表記は "胡麻塗天牛". 理屈としてはよろしい. 
だが, 今度は和名の変更問題にぶつかる. しかも, この問題は重い. ゴマダラカミキリの名はすでに社会に浸透している. 天牛界きっての著名虫はまさにこの呼称によって著名虫たり得ている. そんな中で「今後はこれをゴマミレカミキリと呼ぶこととする」と宣言したところで誰にも相手にされまい. 

変更の理由にしても, フォルダ名の漢字表記という個人的な都合によるものだから説得性に乏しい. それに, "胡麻塗天牛" は "ごまみれかみきり" と訓む人より, "ごまぬりかみきり" と訓む人のほうが多いように思える. これも面白くない.


3. 撤退

国語改竄か, それとも和名変更か. 迷った挙句, 和名の漢字表記そのものから撤退することにした. 漢字表記をやめさえすればよいことに思い至ったのである.

かりに, ゴマダラの語源が ゴマ + ダラ(ケ) だとしても, これを漢字表記しようと思わなければ国語改竄も和名変更も不要だ. ただし, 「だらけ」も「まみれ」同様, "汚れ" のニュアンスで用いられる場合が多い. 相応の事情がない限り名前には向かない語だ. ゴマ + ダラ(ケ) だと, すんでのところで回避したゴマ + ダラ = "胡麻下肥天牛" が脳裏を過(よ)ぎる(<B-9>参照). 似ているのだ.

結局, ゴマ+マダラまで遡ることになるのか. 

前々稿<B-10>で確認したのは, 斑(まだら)の本来の意味だった. それは, 「種々の色が入りまじっていること. 濃いものと淡いものとがまじっていること」. *1 このうちの前者の意味で, マダラが正しく用いられているのはマツノマダラカミキリだろう〔下図〕.

マツノマダラカミキリ♂ 16.Ⅵ.2012
ほぼ、 辞書の語釈どおりの斑(まだら) を冠した和名.
国語教育上の優等生だ. が, 重要な林業害虫でもある.
マツの生木に取り付いて樹皮を齧る.
その時,マツ類を枯らすマツノザイセンチュウを媒介するという.


いっぽう, ゴマダラカミキリのように, 黒地に明瞭な白点を散らした状況を ”マダラ” と表現するのは厳密には正しくない. ここから前稿<B-11>で他の解釈を模索し出したのだった. だが, 命名者が日本語をつねに正しく運用するとは限らない. *2
実際, 蝶類にはマダラ名が少なくない. いちいち挙げないが, タテハチョウ科のゴマダラチョウは黒褐色地に小白紋を散らす. 南西諸島の巨大種オオゴマダラは白地に小黒紋を散らして, いずれもコントラストは明確だ. *3

これほどの用例がある以上, ゴマ+マダラ の斑は辞書的に正しくないと主張し続けるのも空しい. そうして, 漢字表記から撤退した以上, "ゴマダラ=胡麻斑"と"ゴマフ=胡麻斑" の競合問題に苦悶する必要もないのである.

ところで, 中国では古くは本種・本属の名こそが "天牛" そのものだった. *4
そんな本種を現代では「星天牛」というらしい. *5
「星天牛」. なんと詩的な名付けであろうか!


4.学名談義 — Anoplophora malasiaca の謎

ゴマダラカミキリの漢字表記問題で相当に体力が奪われてしまった.
しかしながら, 学名 Anoplophora malasiaca に全く触れずにゴマダラカミキリの稿を終えるのも後味が悪い. とはいえ, わざわざ採り上げてもその語源はすっきりしない. 謎なのだ.

(1) 種小名 malasiaca
種小名で地名(国名)は, 当該種の基準標本(=種(しゅ)の学会登録時に提出・保管される個体標本)の産地を指す場合が多い. malasiaca は本種のそれがマレーシア産なることを意味する. 

ちなみに, malasiaca は形容詞仕立て("マレーシアの")で女性形. 被修飾語たる属名が女性名詞であることを示唆する.

さて, ところが, である. 
某図鑑によれば「基準標本の特徴に該当する個体は日本と朝鮮半島からしか採集されておらず」, 国際的には「本種の分布からマレーシアが外されている」というのだ. *6

命名者はスウェーデンの昆虫学者 Carl Gustaf Thomson (1824-1899) らしい.  はて, Thomson 君, これはどういうことかな?

(2) 属名 Anoplophora
学名の語源を記載する某図鑑はこの属名を「武装しないものの意」としている. *7
いよいよ不可解だが, その解釈は誤りとは言えないようだ.

属名はギリシア語由来が多いということから, そのつもりで辛抱しながらギリシア語(Greek-English)辞典を繰ってみた. すると, ανοπλος (ラテン文字表記: anoplos)という語があって, この辞書はこれを unarmed (非武装の)に英訳している. *8

いっぽう, φορα (同上: phora)は女性名詞で, 同辞典は a carrying, bringing と英訳している. 運搬(する人?)というほどの意味かと思われる. ちなみに英語では carry arms は「武器を携帯する」だ. *9

つまり, 属名は, 接続母音 -o- を介した前分 anoplos と後分 phora の複合語で, anopl(os) -o- phora かな. 直訳すれば, "非武器を携帯する(もの)" . 意訳すれば "武器を携帯しない(もの)" となる. なんだか回りくどいな.

なお, phora は女性名詞だから, この複合語は女性名詞として扱われる. よって, 種小名が malasiacus (: m)でも malasiacum (: n)でもなく, malasiaca (: f, 女性形)になっているわけだ.

(3) 謎また謎
だが, 本当の謎はこの先にある. Anoplophora が本属のどんな特徴を反映しているのか, である. 属名自体の意味が判明しても, 当のカミキリムシとの関係が判明しないことには致し方ない.

ゴマダラカミキリ属はヒゲナガカミキリ族の1グループとされる. そのヒゲナガカミキリ族の面々は, どれも前胸背板側縁に左右1対の棘状突起を有している. ゴマダラカミキリも例外ではない〔下図〕. これで "非武装" だと涼しい顔をしているなら, 時事問題っぽいではないか.

ゴマダラカミキリ ♂ 26.Ⅶ.2011
前胸背板側縁, 左右一対の鋭い棘城突起がある.
これで "非武装" なのか.
ちなみに, ヒゲナガカミキリ族の他属でも突起は同様.


それなら, ゴマダラカミキリは, ヒゲナガカミキリ族の他属に比べて "比較的非武装" に見えるのだろうか. 
比較してわかるのは, ゴマダラカミキリのみがツヤツヤと光沢を放っている, ということぐらいだ. え? ツヤツヤしていれば "比較的非武装" なのか. 

属名の語源が "非武装" という解釈はどうにも合点がいかないぞ. *10

ヒゲナガカミキリ族の面々 下から反時計回りに,
ゴマダラ(ゴマダラカミキリ属)
マツノマダラ, ヒゲナガ, シラフヒゲナガ(以上, ヒゲナガカミキリ属)
キボシ(キボシカミキリ属)
センノキ, ビロード(以上, ビロードカミキリ属)


そこで, あらためてギリシア語(Greek-English)辞典をじっくり読みなおすことにした.
すると, ανοπλος (ラテン文字表記: anoplos)の語釈には, "一般に非武装の(generally, unarmed)" という総括の前に重要な記載があった. すなわち, "古代ギリシアの重装歩兵(the hoplite)に顕著な大きい楯(the large shield)無しの〜", というのである〔下図〕.

ανοπλος
/A LEXICON Abridged from Liddell and Scott's Greek-English Lexicon,
OXFORD AT THE CLARENDON PRESS, 1871
(2015 Martino Publishing 再版)より転載.


そうすると, anopl(os) -o- phora は, 単に "非武装の" + "帯びるもの" というわけではなさそうだ.  ポイントは楯(the large shield)だろう.  
"古代ギリシアの重装歩兵が帯びていた大きな楯を持たぬもの" ということ. つまり, ゴマダラカミキリのツヤツヤした鞘翅がそれ自体として金属の楯のようだから, "楯の携帯を要しないもの", と名付けたということではあるまいか.

命名者は Frederick William Hope (1797-1862). 英国昆虫学界の重鎮だという. Hope先生, 命名の真相はいかに?

   **************************

次回投稿は, 天牛名義考「名義史放浪編(なまえのれきしほうろうへん)」に戻って<A-11>から始める予定です.

<A-10>で予告しましたとおり, 話題は, カミキリムシの呼称について源順が始めた「齧髪」の周辺です. カミキリムシを「髪」と関連づけなかった人,源順の「齧髪」に "?" を付けた人, 「齧髪虫」ならぬ「髪切虫」と表記した人・・・に注目します.





*1
日本大辞典刊行会編:『日本国語大辞典(縮刷版)』小学館, 第七巻, 1980.

*2
ついうっかり, 「正しい」という表現をしてしまった. しかし, ここで言う「正しい」とは, あくまで辞書の語釈に忠実というだけのことである. そして, その語釈は, 言葉の過去の用例を根拠としている.

斑(まだら)の語釈が「種々の色が入りまじっていること. 濃いものと淡いものとがまじっていること」ということは, それまでの日本語の用例がそうだったということを示しているに過ぎない.
そもそも, 「種々の色が入りまじっていること」と「濃いものと淡いものとがまじっていること」とはニュアンスが異なる. それらが併記されているのは, 斑(まだら)の使い方が変化した(幅を広げた)からだろう. 

言葉の意味は時代とともに変化する. 辞書編集者は, 用例採集によってその変化を追跡しているようだ. 
とすれば, 斑(まだら)の語釈に, 今後「色彩のントラストが明瞭な紋様が入り乱れていること」が加わる可能性もある. 「特に, 白黒で紋様が細かい場合は, ごまだら(ごま+まだら)と呼ぶことがある」なんてね.

*3
ただ, キマダラを冠する蝶のうちキマダラヒカゲ, キマダラセセリなどは, 地色が茶褐色, 紋が黄褐色だから「濃いものと淡いものとがまじっていること」とみなせるかもしれない. 

*4
天牛名義考「名義史放浪編(なまえのれきしほうろうへん)」<A-6>参照.

*5
王效岳『認識台灣的昆蟲 11 天牛科』淑馨出版社, 1995, p.28.

*6
大林延夫, 新里達也:『日本産カミキリムシ』, 東海大学出版会, 2007, p.583.

*7
小島圭三, 林 匡夫:『原色日本昆虫生態図鑑Ⅰカミキリ編』保育社, 1969, p.120.

*8
οπλον(ラテン語表記:oplon) は armed (武器を持った). 
αν-(同, an-) は母音の前に付ける接頭語で欠乏や否定を表す(古代ギリシア語由来で, 欠性辞というらしい). 英語の un- に近い.

*9
学名では "〜を帯びるもの" という意味で, phorus(: m), phorum(: n)と性を適宜変えながら, しばしば属名の後分に用いられているらしい.  
たとえば, "美を帯びるもの" で Calliphora(クロバエ類), "電気を帯びるもの" で Electrophorus(シビレウナギ)など/平嶋義宏: 『生物学名命名法辞典』, 平凡社, 1994, p.74.

*10
苦し紛れに, 本当に苦し紛れに anoplophora を Google 翻訳にかけてみた. すると, 実に驚くべき結果になった. anoplophora は, マダカスカルの公用語(= マラガシ)で「無毛症」という意味ですと〔下図〕.

anoplo を入力すると, 非武装@ギリシア語
それに phoraを追加すると, 無毛症@マラガシ(語)となる.


だが, 仮にそうなら, "ゴマダラカミキリのみが光沢を放っている" という事情とはよく整合する. 他属に光沢がないのは背面が微毛に覆われているからである. それに対し,「症」なる表現が適切かどうか疑問ながら, ゴマダラカミキリの背面は, 小盾板などごく一部を除いて無毛である〔前掲図参照〕.

ちなみに, 原語はマラガシであっても学名となればラテン語風に扱うから, -phora によって属名は女性名詞とみなされよう.

あくまでも, Google 翻訳が正しいという前提の上に過ぎないが, この属名は, ギリシア語起源の複合語としても, また, マダガスカル語(マラガシ)としても読める, ということになる. あたかも二重暗号のようではないか. 

しかしながら, Note でマダガスカル語にかかる記事を連載しておられたクリエーターさんに "anoplophora = 無毛症" の 妥当性についてご教示を乞い, 親切なご回答をいただきました. 
結論は, 「見た感じマダガスカル語っぽい単語ではないと思います. マダガスカル語にはan-で始まる単語が多いこと、oとaの母音が多用されることからAIがマダガスカル語と判断したのではないかと推測します」とのこと. ざ, 残念!






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