【副部長日記】はたらくじどうしゃ博物館との出会い ― 重機ファンの世界が一気に開いた日
重機ファンダムのはじまりは、ほんの小さな疑問からでした。
──「重機ファンって、いるのだろうか?」
社内のビジネスコンテスト応募をきっかけに、この問いを探し続けた結果、私たちは思いがけない“扉”を開くことになります。
そしてその扉の先には、熱量の渦の中心に立つひとりの人物、「𡈽田館長」がいました。
第6話では、重機ファンダムが本格的に動き出す転換点となった“出会いの物語”をお届けします。
1|ビジネスコンテストから始まった小さな疑問
重機ファンダムの旅は、社内で初めて開催されたビジネスコンテストがきっかけでした。
「重機ファンのコミュニティ」というテーマで応募し、2023年2月に書類審査を通過したものの、当時の私たちは、“重機ファン”という存在をまったく知りませんでした。
新規事業に必要なのは「対象者へのインタビュー」。
その対象者が果たして“本当にいるのか”すら分からず、まずは社内で聞いてみるところから始まりました。
「重機ファンの人…いますか?」
これがすべてのスタートでした。
2|社内で見つけた「3人のコアファン」
声をかけると、ポツリ、ポツリと、
社内に「3人のコアな重機ファン」がいると分かりました。
インタビューをお願いすると、
喜んで対応してくれるということで、いそがしい業務の合間をぬってもらい、どきどきしながらインタビュー。
そして、返ってきたのはほとんど「ミニチュア」の話。
昔はスケールが統一されていなかった
最近は1/50スケールが主流
3D CADからそのままミニチュアにすると“何か”が違うんだよね
さらに、小さい頃から代理店や展示会に通い、
カタログやノベルティを集め続けてきた“ライフワーク”の話まで——。
そんな中、社内の「3人のコアな重機ファン」に共通して出てきた名前がありました。
「𡈽田館長という方がいて…」
この人はいったい、どんな方なのだろう?
「𡈽田さんは、長野県伊那市で建設業を営むかたわら、はたらくじどうしゃ博物館という私設博物館を設立して、その館長もしておられ ます。」
いったいどんな博物館なのだろう、、?
私たちは、「はたらくじどうしゃ博物館の𡈽田館長」という言葉が、頭から離れなくなっていました。
3|つながるつながる、広がる重機ファンの輪
社内の重機ファンに紹介してもらい、さらに仲間の重機ファンへ。
気づけば社内外10名ほどのファンにインタビューすることができました。
驚いたのは、誰もが口にする言葉。
「𡈽田館長にお世話になっている」
「𡈽田館長に育てられました」
そんな中、2023年7月に本審査会のプレゼンテーションに臨みました。
私たちは審査員にこう伝えました。
「実際に複数の重機ファンに直接話を聞きました。」
結果は、なんと審査員特別賞。
審査員からは、「初めて重機ファンの存在を知った」という声までいただきました。
そして社内では、業務時間の20%をこの活動の検討に充ててよいと認められたのです。
4|長野県伊那市の「はたらくじどうしゃ博物館」へ
20%活動が始まって間もなく、社内の重機ファンから教えられました。
「9月に、長野で、𡈽田館長のはたらくじどうしゃ博物館の周年祭がありますよ」
“𡈽田館長”の噂が頭に残っていた私たちは、思い切って現地へ向かいました。
不安と期待を抱きながら、たどり着いたその場所には——
満面の笑顔を浮かべた𡈽田館長と、100名以上の重機ファンの姿がありました。

5|100人のファンと、圧巻のコレクション
博物館の外では、建設機械グッズやカタログのチャリティオークション。
子どもも大人も一緒になって、満面の笑顔で楽しんでいる。
外には見たことのない建設機械が並び、
人々がその上に乗って、思い思いに写真を撮っていました。
館内に入ると、そこは“宝の山”。
メーカー別・種類別に並ぶミニチュア
ノベルティや昔のおもちゃ
貴重すぎて値段がつけられない一品もの



なお、翌年訪れたときには、地下の一室が“カタログだけで埋まっていた”のを見せてもらいました。
国・年代・編番違いまで揃った圧巻のコレクションでした。
6|初めて見た“改造ミニチュア”の衝撃
会場は博物館だけではありませんでした。
バスに乗って移動したコミュニティセンターでは、
有志による「はたらじミーティング」が開催され、
ファンが自作したコレクションを展示していました。
そこで私は言葉を失いました。
「これはフロントを改造して、解体仕様にしてます」
「段ボールでパーツを作りました」
「本物のタキシー(オレンジ塗装)のスプレーを使ってます」
精巧すぎて、ダイキャスト市販品と見分けがつかない。
むしろ、市販品では再現されていない配管やロゴまで再現されている。
“重機ファンの沼”の深さを知った瞬間でした。



7|そしてついに——𡈽田館長との出会い
再びバスで博物館に戻ったところ、
なんと𡈽田館長と対面することが叶いました。
名刺を差し出して言いました。
「実は、日立建機の者です。」
𡈽田館長の周りには20名ほどの、彼を慕う“重機ファン”たちが集まり、
その中心で館長は熱く語りました。
建設機械に育てられたこと
重機オペレーターとしての誇り
ミニチュアへの尽きない情熱
そして「未来のこどもたちを大切にしたい」という信念
𡈽田館長を慕う重機ファンたちは皆、深くうなずき、
彼の想いに強く共感していると語りました。
その中には、
現役のクレーンや油圧ショベルのオペレーター
建設機械メーカーで働く大人
になった人たちもいました。
そして、𡈽田館長の情熱と人柄に惹かれて、コアな重機ファンだけでなく業界関係者や一般の親子連れまでが集まっているのです。
8|「建設機械に育てられた」人たちの言葉
あの日、はたらくじどうしゃ博物館で見た光景は今でも忘れられません。
重機ファンは“趣味の集まり”ではなく、
人生を形づくるほどの原体験になっている。
そして、𡈽田館長はまさに“文化の担い手”。
ファンは皆、その背中を追うように成長し、
次の世代へと重機の魅力をつないでいました。
ここから、私たちの“重機ファンダム”は本格的に動き出しました。
9|建設機械の日「KENKIドリームDAY」で𡈽田館長によるトークショー
以前お伝えしたように、
私たちは1枚のパワーポイントから実際に建設機械の日(11月19日)の制定に向けて動き出しました。
そして晴れて実現した記念日。
鉄道が、鉄道の日に鉄道フェスティバルを全国の鉄道会社合同で開催しているように、
建設機械の日に、建機メーカーが一堂に会し、11月23日渋谷キャストでイベントを行います。
そしてゲストトークのおひとりとして、はたらくじどうしゃ博物館𡈽田館長が登場!!
15:00-15:30に𡈽田館長によるスペシャルトークショーが行われます!
是非、遊びに来てください♪
おわりに
このnoteを読んで
「重機ファンダムって面白いかも」と思ってくださった方、
ぜひ私たちの活動をのぞいてみてください。
あなたの“好き”が、誰かの誇りや勇気になるかもしれません。
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