月星座の働きを意識する
振り返ると10代は自分の悩みばかりに囚われていた。自分の悩みを誰かに聞いてもらう存在がなく、加藤諦三先生の本を読むことで心の居場所を見つけて、何とか正気を保っていた気がする。家庭の中でも私は孤立し、自分の深い感情などはとても理解してもらえないと察知し貝のように自分で心の蓋を閉めていた。
その頃から心理学、哲学、精神世界に惹かれ、最寄りの図書館のその関連の本を読み尽くしていた。インドのあるマントラヨガ系統の瞑想をはじめたのもその頃である。グルからマントラを授かり、1日2回30分程度、このマントラを意識すして瞑想することで、意識状態が繊細になるのは実感できた。その頃は、自分自身の悩みや対人関係でエネルギーが消耗し、将来への不安などにより強いストレスを抱えた日々であった。穏やかな精神状態になれる瞑想を大切な日常の杖として毎日積み重ねていった。そのうちにふと瞑想中は、繊細で安らいだ状態だが瞑想後の現実世界は粗い波動のままで、そのギャップに戸惑っている自分に気がついた。このギャップを吸収する自分になりたい、そのためには単に瞑想を積み重ねているだけでは難しいのではという疑問がふつふつと生まれた。
月星座の働きや西洋占星術を学ぶ中で、私自身の苦しみがどのように生まれていたのか、そして自分の思考、行動パターンを生んできたのか私自身の生まれた時(ネイタル)のホロスコープチャート(以下、ネイタルチャート)に釘づけとなった。ネイタルチャートは、10の惑星からのエネルギーが12サイン(星座)のフィルターを通り、12ハウスという自分、対人関係、結婚、家庭、健康、仕事、学習、コミュニケーション等に関連する現実世界に降り注いでいる。
私たち一人ひとりは唯一無二の存在であることや意識は集合意識としてつながっていることは多くの本でも目にするが、そのことが単に知識ではなくだく自身のネイタルチャートに刻まれ、自身の過去の経験した事実と重ねていくことで、これは月星座により自己嫌悪を繰り返していたんだとか、水星の働きで心の居場所を本や俳句という領域に見出していたんだと過去の事実と重ねて自分の中の知恵となっていく。
その中でも月星座は日常の中で無意識領域に忍び寄ってくるので、単に理論を学んだだけでは、意識することが難しい。私の月星座は乙女座(我分析す)。整理整頓も含めた分析ができない、それが7歳の子のレベルでしかできない。分析はかなり広い概念の言葉であるが、日常的には試験の結果、仕事の出来栄えも含めて他者の評価を過剰に神経を使い、自己嫌悪、葛藤を生みやすい。
二十歳の頃に出合った瞑想は私は現実世界からの避難所という感じであり、本質的な問題解決にはなっていなかった。私は、現実の粗い波動と向き合う手立て、知恵を身につけたかったのだ。
愛先生の月理論の学びは単に知識だけではなく、それをひとりひとりが生きていくための知恵として身につけていけるように他者と学び合っていく。 自分と同じ月星座のメンバーの思考や行動パターンが鏡になることで自身の無意識領域を意識化していけるのである。この事実は、私たちひとりひとりの意識、意識から生まれてくる思考、行動が普遍性のある10の惑星、12のサイン(星座)というフィルターを通して伝わってきているということの裏返しでもあるといえる。
ちょうど昨夜の愛先生の動画が人間のロボット化というテーマで、月星座に関する話であった。私たちが幼少の頃の振り返ったときの何とも言えない胸が締め付けられるような感覚は、生まれもったときに輝いていた太陽が周りからの働きかけ(月によるもの)で失われていったことの悲しみの感情であったのである。
水澄むや背伸びしなくてよい人と
