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釣りだけが私の居場所だった。

「なぜ、そこまでサカナにこだわるんですか?」

そう聞かれるたび、私の脳裏には、海の香りと父の広い背中、そして孤独だった幼少期の景色が浮かびます。

私は6人兄弟の5男として生まれました。 家の中は、いつも複雑で、どこか刺々しい空気が流れていました。 両親は離婚し、いわゆるネグレクトという環境。
家には兄たちの父親が居候し、私の実父は隣町に住んでいる。

子供ながらに、普通ではない家の中に自分の居場所を見つけることができませんでした。

「自分はここにいていいのか」
「誰かに必要とされているのか」
「何故、こんな環境で生きなければならないのか」
毎日そんなことを考えていたと思います。

母は常に不在、いつも飲み歩いて帰ってこないどころか、小学生の私と弟がいるにも関わらず、家にはご飯もない。
兄弟たちのカンパで、支え合いながら生き延びる。
見兼ねた、近所の方々が残ったおかずを分けてくれる。
滞納なんて当たり前、電気水道が止まるのは日常茶飯事。

平成とは思えないような環境で、育ちました。

そんな答えのない不安を抱えていた私にとって、唯一の救いだったのが「釣り」でした。

隣町に住む父が、時折私を釣りに連れ出してくれる。

その時間だけが、私にとって何物にも代えがたい、世界で一番大切な時間でした。
親父が大好きだったので、毎日逃げるように親父の家に自転車を漕いて行ってた。

おい!弟は?

と思うかもしれませんが、不思議と弟一人になると母は帰ってくるんですね。
いっそのこと私は家にいないほうが良かったのかもしれませんね笑

水辺に糸を垂らす時間は、家の複雑な事情も、心にこびりついた孤独も、すべてが洗い流してくれました。 不器用な父と、言葉少なに向き合うサカナたち。 針の結び方を教わり、浮きが沈むのをじっと待つ。 そのひとときだけは、私は誰でもない一人の「息子」として、父の隣にいることが許されている気がしたのです。

だから、釣ったサカナは私にとって、単なる食材ではありませんでした。 父と私を繋いでくれる、唯一の、そして確かな「命」の証。

中学2年の頃。ここで大きな事件が起きます。


釣りの途中に、父が飲酒事故を起こし、その場で生き別れになります。
気がつけば、警察署の中で一人兄たちの迎えを待っていました。

それから父の行く末は、私が18歳になるまで知る由もありません。

突然の生き別れ。

本当にどうなったかわからない。
事故の相手は生きている。その事実だけを突きつけられました。

時はすぎ、中学校を卒業するタイミング。

自力でお金を稼ぎ、偏差値36というほぼ最底辺の学校へ入学。
ここでは「バスケットボール」に助けられます。

入学手続き、進路相談など、すべて「親」が必要なんですね。
先にも書いたような母でしたから、そんなこと知る由もありません。
母にとってはそんなことどうでもいいのです。

見兼ねた、バスケの監督 夏原先生が口利きをしてくれてなんとか高校に入学できました。
毎日、バスケとマクドナルドのアルバイトの繰り返し。
当時は高校無償化でもなかったので、自力で学費を払い、
将来に為に、苦悩の日々を過ごしてたと思います。

高校を卒業する頃、「自分は何になりたいのか?」

悩み、釣具の会社に就職することにします。


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