マリアの祈り
幼い頃から、祖母は毎週日曜日に私を教会へ連れて行った。
両親が共働きで日曜日も出勤することが多かったので、寂しい想いをさせないように、また日曜日に退屈しないように、という祖母の想いもあったのかもしれない。
教会に通い慣れていたせいで、真ん中に掲げられた十字架も、響き渡る讃美歌も、実に身近なものになった。祖母が天に帰り、大人になった今でも、イースターやクリスマスなど、大きな祝祭の時には出来るだけ教会に顔を出すようにしている。
そして今日、真夏の陽射しに照らされながら、私はこの坂道を歩いている。
靴を履きたくなかったり、快晴の日に長靴を履きたがったりする2歳になった照真にとっては、初めての教会だ。
きっと教会の人々は、変わらず私を歓迎してくれ、照真のことも可愛がってくれるはずという信頼があることに気づく。そのせいで、一人で照真を連れてくることに躊躇いはなかった。
8月の暑さと、照真の横顔に、祖母の面影を見る。
この長い坂道を、毎週祖母と歩いたんだっけ。
大正生まれの祖母は、激動の4世代を生きた。それは、めまぐるしい移り変わりだったことだろう。
便利になったのか、生きにくくなったのかを遂に聞くことはできなかった。そのことに特別な後悔を抱いたことはなかったけれど、子どもが生まれ、母親になった今、私は大きな後悔をしている。
祖母に先の戦争の話を聞いておけば良かった、と。
政治に対する想いとか、祖母自身の思想とか、そんな話ではない。どんな想いで生き切ったのか。一言で語れないはずのことを、もっと聞いておけば良かった。きちんと受け継いで、次の世代に渡すべきものだった気がしてならない。
そんなことを考えていたら、照真の声がした。
「ママ、抱っこ」
坂道に疲れたのか、私の手を引く。
イヤイヤ期真っ只中の最近では、抱っこさえ嫌がられることも増えたので、つい嬉しくなって、甘んじて抱っこしてしまう。
2歳なりの自己主張と、新生児だったとは想像も付かないずっしりとした体に、あと何回こんな風に抱っこできるのだろう、なんて考える。
教会からは、讃美歌の前奏が流れていた。やっぱり変わらずオルガンの音色が美しい。初めての光景に、照真は驚いたように興味津々だ。
この子が生きていく世の中もまた、時に争いも起こることだろう。けれど、その中には多くの人の祈りがあり、前の世代の苦悩のあとに生きていることを忘れずにいて欲しい。そして何より、誰かの喜びのために、祈りを捧げられる人になって欲しい。
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