この後悔を、きっとあなたたちは知らない~子育ての後悔~
永遠だと思っていたわけじゃない。
25時間苦しんで、気が狂ったかと思って。
ベッドを壊したら、損害賠償しなきゃならないんだろうかとか、「麻酔なしで耐えろ」なんて今の医学が発達した世の中で信じられないとか、もうろうとした頭でいっそ気を失えば楽になると思っていたら、「はい、ヒッヒッ、フー!」とか。
ぜったいに自分は、難産だと思った。
けれども、母子手帳に書かれた「出産に要した時間」は、たったの10時間。
「順調」「安産」…。
いや、私ほんとうにベッドを壊すかと思ったんですよ。
幸い、病院のベッドのパイプでできたヘッドボードは、頑丈でしたけど。
ずっと頭の中にあったセリフは、飲み込んだままだ。
初めて対面したあなたは真っ赤な小ザルみたいで、秤に乗せられてワアワアと泣いていたけど、枕元に抱えさせてもらえて「泣いてるの? ママでしゅよ」と話しかけたら、ピタッと泣きやんで私の顔を見たのですよ。
あの時のまだやっと見開いたばかりの、赤く腫れぼったいまぶたとそこからわずかにのぞく黒い瞳を、忘れることはできません。
そこから始まったあなたとの生活。
育児初心者の母は、いつだって不安だらけで緊張してて。
早く、朝まで続けて眠れるようになってほしい。
早く、首が据わってほしい。
早く、B型のベビーカーに乗れるといいな。
早く、ひとりで歩いてくれるといいな。
早く、オムツが取れるといいんだけど。
早く、ことばを話せるようになってくれるといいな。
いつだって、早く早くと、成長をこころに願い。
促成栽培じゃあるまいし。
二人目が生まれた後は、きっとお兄ちゃんなりの寂しさやプレッシャーを感じていたのでは。
でも、それまでは両親と両祖父母の愛をひとり占めしていたのですよ。
母の育休が生後11ヵ月で終わってからは…
乳児保育園
保育園
小学校
中学校
高校
大学
大学院
いつだって、口には出さなくても心のどこかには
早く、保育園の送り迎え生活が終わればいいな
早く、運動会が終わればいいな
早く、お弁当づくりが終わればいいな
早く、受験が終わればいいな
早く、仕送りが終わればいいな
でも、大学に入って離れて暮らしていると、LINEになかなか返信をくれなくて、既読すら付かないので「生きてるのか」心配になったこともたびたびあって。
見ていないはずなのに、「返事よこさないなら、仕送り止めるよ」と送ったら、即レスが返ってきて。何なんだ。
そんな「この仕送りが目に入らぬか~~~!」と水戸黄門さまの印籠よろしく仕送りを振りかざすのも、卒業して仕送りが不要になったらもうできなくなってしまった。
あなたが仕上がっても、まだもう一人仕上がってないのがいたので、もう少しの間は二人目に対して、仕送りを人質にできていた。
でも。
まさか、こんなに早いものだとは思っていなかった。
早く早くと、いつも人生を急いでいたから
子育ても早送りになってしまった?
…もっと、ああすれば良かった!!!
その1
あなたが本屋さんで目を輝かせて欲しがった、カラフルな生き物図鑑。
とても色彩が綺麗で、掲載されている生き物たちは、今にもハサミや触覚をピクピクと動き出しそうにしている。
けれど私は、「いや、こっちの図鑑がいいでしょ」と白黒の物を手に取って見せた。
なんのことはない。
カラーのは、高かったのだ。
カラーのが、4,500円ほど。
白黒のは、1,500円ほど。
注)現在の価格に換算すると、カラーの図鑑がおよそ6,800円ほど。白黒の図鑑がおよそ2,300円ほど、という価格帯である。
あの時。
二人目が生まれて少し経った頃。
育休から仕事に復帰できるものなのか、果たして復帰すべきなのか、この子たちと家にいるべきではないのか、皆目見当がつかなくなっていた。
ていうか。
仕事、辞めよう、って思っていた。
これまでのような、共働きだから支出もダブルでオッケー!とは行かなくなる。これから、教育費がいくらかかるのか分からないってのに。
私の中では、地味な節約モードがしめやかにロウソクを灯していた。
「いや~だ~! こっちがいい~~~!!!」
おおっきな瞳に涙をたたえて、精一杯の抵抗と要求をしていたのに、「ほら、こっちの方がいっぱい説明が載ってるでしょ」と言い訳がましく話しながら、白黒の図鑑をレジに持って行った。
家に帰って図鑑をわたしても、そのあと何日たっても結局白黒の図鑑は読まれることなく、本棚のすみにそっと立てかけられて、ひっそりと生涯を終えた。
カラーの図鑑を買ってあげれば良かった…!!!
子どもが自分で選んで読みたいと泣いて訴えた、色鮮やかな図鑑。
涙を流しながら求めてきたあの時の黒く大きな瞳。
しばらくして「本は、子どもが欲しい読みたいと言ったものを買ってあげないとダメだ」と気づいた。
その後、同じようなことがあれば迷わず買ってあげようと思っていた。
が、何年経っても、同じシチュエーションは現れなかった。
約3倍の値段を出せば手に入れられた、ただその色鮮やかな図鑑を買ってあげれば良かったということが、子どもが大学を卒業したあとになっても悔やまれる。
もしかすると、あの時カラーの図鑑を買っていれば生物学者になっていたかもしれないね。
ないかな。
あの時、ああすれば良かった、どうなっただろうと思ってみても、そっちの道は、二度と機会は巡ってこないし比べることもできないのだ。
あの頃の自分に、言ってあげたい。
大丈夫だよ!!!
そんなに節約ばっかしなくても、親子で飢え死にするわけじゃない。
教育費だって、何とかなるよ!
結局、仕事辞めずに突っ走ったけど、きっと…何とかなったよ。
本の差額より、もっと大きい大事なものがあるから!
そんなに、一人で重りを背負わないで!
ママ!
その2~下の子
あれは、ちびっこ野球チームに入った1年目の秋。
シーズン最後の日に、チーム全員が親子そろって「打ち上げ」と称して焼肉を食べに行った日。
帰りのバスの中。
後ろの席には、ほかのお母さんたちが楽しそうにキャアキャアと笑い合っていた。
何だか、ずいぶん楽しそうだな…。
ママ友軍団がみんな仲よく盛り上がっていると、自分も入りたい、入らなきゃ、って思った。
隣りには、ピトッとひっついている下の子がいたけど。
左腕に貼りついている小さな手の平を、そおーっとはがして…。
立ち上がり、後ろの席に移動しようとした。
みるみる下の子は、哀しそうな瞳になって
「ママー!! ママは、ここー!!!」と引きとめて、私を座らせようとした。
なのに。
「ちょっと、お母さんたちがいる方に行くね」と言って、下の子を席に一人置いて、その場を離れた。
後ろの席、他のお母さんたちが数人並んでいる席に移動すると、あるお母さんは私を見て
「あら! ふつう小学1年生だったらお母さんとひっついていたがるのに、そうでもないんだねー。大人っぽいんだね」と驚くように言った。
「あ、ああ。そうね」
返事しながら、うろたえた。
盛り上がっていたお母さんたちの子どもは、もう学年が大きい子ばかりなんだった。
失敗した…!!!
母親と一緒にいたがっていたのに。
あんなに哀しそうな顔をしていたのに。
来年は、バスの中でもう一人きりにしないようにしよう。
そう心に誓った。
けれども、1年後。
小学2年生になった下の子は、チームの中でいっぱしの仲間を何人も作っていて、仲間たちとバスで一緒にわいわい騒いでいた。
小学1年生のあの日は、たった一度きりだった。
後にも先にも。
あの頃の自分に、言ってあげたい。
子どもが小っちゃい時は、いっぱいひっついてあげなさい。
忙しいとか、まとわりつかれて…なんて思わないで。
いっぱいいっぱい、抱っこしてあげなさい。
それはね、子どものために「してあげる」っていうことだけじゃない。
あっという間に大きくなった子どもに、親がひっつけなくなるその時に。
子どもの身体のあったかい温もりを、あなた自身がいつでも思い出せるように。柔らかな肌の感触が、あなたの心をあっためることができるように。
子育てが、永遠だと思っていたわけじゃない。
でも、子どもを愛おしんだあの日々が、いつまでもあなたのこの先の道を照らしてくれる灯りになりますように。
いつまでも。
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