cancan girlの行末。
小学生の頃、「宝物」を缶に入れていた。もとはクッキーが入っていた缶で、黒と金の色使いが大人っぽくて好きだった。
しまっていたのは、チョコレートのおまけについてきた妖精のイラストのカード。星型の大きなスパンコール。折り紙みたいにかわいらしく折られた手紙…、などなど。
今はもう、あの中身がなぜ大切だったのかよくわからないが、小学生の私にとっては胸が躍るアイテムだった。
缶を手に取り、パカッと音をさせて蓋を開ける。宝箱から一つひとつ丁寧に取り出しては、うっとりと眺める。飽きずに、何度も繰り返したものだ。
大人になってからも、缶を見ると何か大事な物を入れたくなって、捨てられない。家族や同僚も私の缶好きを知っていて、缶入りのお菓子をよく贈ってくれた。結果、家の納戸には缶がたんまりあって、棚一段をほぼ占拠している。
先日ふと思い立ち、紙の箱にしまっていたイヤリングを、缶に移してみた。数年前のホワイトデーの限定品で、ムーミンが描かれている。とっておきの缶にお気に入りのアクセサリーが入っているのだから、ときめかないはずがない。毎朝缶を手にとるのが、ささやかな楽しみになった。
「これを機に、他の缶も活用を…」と意気込んだのだが、中に入れる物が思い浮かばない。
蓋を取る時の、あのワクワク感に見合う物がいい。ハンカチでは実用的すぎるし、メイク用品では収まりが悪い。
空のままになっている缶を小学生の私が見たら「大きくなった自分には『宝物』がないのか」と悲しい顔をするかもしれない。しかし、私は、不敵な笑みを浮かべて彼女に伝えたい。
「大丈夫。今の私には、缶には入らない大切な物がたくさんあるんだよ」。小さい花束みたいな、あの言葉とか。穏やかに光るコットンパールみたいな、この想いとかね。
