世界中で4,300万枚も売れたセックスの教科書 ~ クラッカージャックのおまけにクーペ・ド・ヴィルは入っていない
2022年にミート・ローフが新型コロナで亡くなったというニュースが流れたとき、そのショックは非常に大きなものでしたが、日本では意外とそこまで大きなニュースにはならなかったように思います。
実際の枚数は集計した団体(RAII、IFPI)により異なり、正確な数字が公表されているわけではありませんが、概ね2023年時点の ChatGPT の情報では以下の通りとなっています。

ロック史上もっとも売れたアルバムとして知られる『Back in Black』や『The Dark Side of The Moon』に続いて、Meat Loaf の『Bat Out of Hell』(邦題:地獄のロックライダー)がランクされています。全世界で4,300万枚という数字です。
本作は、アルバムジャケットからプログレやメタル的な要素を想像する人も多いかもしれませんが、実際は典型的なロック・オペラ作品です。オペラというと、The Who の『Tommy』(推定2,000万枚)や、Pink Floyd の『The Wall』(推定3,000万枚)を思い浮かべる方もいると思います。どちらも名盤ですが、それらよりも『Bat Out of Hell』の方がはるかに売れているのです。
アルバムの解説
アルバムや楽曲の解説はあまり行わない主義ですが、日本での知名度が高くないためか、これだけ売れたアルバムにもかかわらず、その情報を入手しづらい状況にあります。
ただ、レコードのライナーノーツを評論家の会田裕之氏が執筆されており、その内容が非常に素晴らしいです。当時どれだけ正確な情報が入手できたかはわかりませんが、少なくとも現在の英語版Wikipediaに書かれている情報の多くが、すでに当時のライナーノーツで語られており、本稿を執筆する上でも大いに参考にさせていただきました。
ジム・スタインマン
このアルバムは一般的にMeat Loafのアルバムとして知られていますが、全曲がJim Steinmanによって作曲されており、事実上彼のアルバムとも言える作品です。
ジム・スタインマンといえば、ミート・ローフとの共作以外にも、日本ではいくつかの楽曲が知られています。全米1位を獲得したボニー・タイラーの『Total Eclipse of the Heart』はもちろん、日本ではおそらく『スクール☆ウォーズ』の主題歌「ヒーロー」の原曲である『Holding Out for a Hero』や、『ヤヌスの鏡』で使用された「今夜はANGEL」の原曲『Tonight Is What It Means to Be Young』(Fire Inc.)が有名ではないでしょうか。
いずれも映画のサウンドトラックにも使用されており、ミュージカルのような盛り上がりのある展開は、『Bat Out of Hell』とも共通した響きを持っています。
ロック・オペラ構想
実際、『Bat Out of Hell』の元となった構想は、スタインマンが当時構想していたロック・オペラ『Neverland(ネバーランド)』にあります。これはピーター・パンをダークで暴力的に再解釈したもので、10代の若者たちの愛と死を描く内容でした。その中の楽曲が肉体を得て飛び出し、Meat Loafの圧倒的な歌唱力を借りてロックアルバムという形になったのです。そのため、本作には“アルバムというより舞台を聴いている”という感覚が宿っています。
『Bat Out of Hell』の舞台化
この「未完のロック・オペラ」構想は、後年ついにブロードウェイで蘇ることになります。2017年、ロンドンのコロシアムで『Bat Out of Hell: The Musical』が上演され、その後ブロードウェイや世界各地で再演されました。
演出はまさにゴシック×ロック×オペラ。舞台上でバイクが爆走し、スクリーンには爆発する心臓が映し出され、Meat Loafの世界観が現代的な演出で再構築されています。
物語は『ネバーランド』の流れを汲みつつ、近未来の退廃都市「Obsidian(オブシディアン)」を舞台に、年を取らない若者たち「The Lost(ザ・ロスト)」と、彼らを支配する体制との対立、そして禁断の愛が描かれています。
ジム・スタインマンの音楽は時に過剰で、時に美しすぎて笑ってしまうような演出をも受け入れる懐の深さがあります。あのドラマチックな楽曲たちが舞台に立った瞬間、それぞれが新しい物語を紡ぎ出すのです。
印象的な楽曲と歌詞の補足
Bat Out of Hell
アルバムのオープニングを飾るこの楽曲は、冒頭からピアノとドラムによる小気味よいサウンドが印象的です。Bruce Springsteen の『Thunder Road』や『Born to Run』からの影響が強く感じられますが、それもそのはず、スプリングスティーンのバンドメンバーである Max Weinberg(ドラム)と Roy Bittan(ピアノ)が本作に参加しているのです。
一度聴いたら忘れられないメロディと、聴き手に勇気を与えるような展開が特徴です。ピアノの伴奏からメロディアスなロックに展開し、派手なギターソロを挟み、静寂の後にクライマックスとして美しいコーラスが畳みかけてくるという、まさに豪華なロック・オペラに仕上がっています。
もともとは、スタインマンが当時構想していたミュージカル『ネバーランド』のために作られた楽曲であり、ティーンエイジャーが夜明けにバイク事故を起こすというイメージが描かれています。
You Tool The Word Right out Of My Mouth (Hot Summer Night)
この曲は、The Who の『Baba O'Riley』のコード進行を下敷きにしているといわれています。実際、『Baba O'Riley』の演奏中にこの曲へ繋げても違和感がないほどの親和性があります。
サビに向けて曲のタイトルを大声で連呼し、そこから手拍子のアカペラへ移り変わる展開はとてもポップで、「これは売れるだろう」と納得せざるを得ません。
Two out of Theee Ain't Bad
この曲はイーグルスをイメージして作られたとされており、冒頭のピアノ部分は『Please Come Home for Christmas』と非常によく似ています。
まず注目したいのは歌詞の内容です。「Two out of three(3つのうち2つ)」の意味について、公式邦題では「66%の誘惑」とされています。日本語訳では「3人のうち2人が出ていくのは悪くないさ」と解釈されることがありますが、実際には人数の話ではありません。
ここでの「three」は "I want you"、"I need you"、"I love you" の3つの感情を指しており、語り手は「愛しているとは言えないが、欲しているし、必要としている」と述べています。つまり、3つのうち2つが本心であるという意味であり、それで十分だろうと語っているのです。
失恋を描いた男性視点の歌であり、特に印象的なのがサビ後に登場するブリッジの歌詞です:
You’ll never find your gold on a sandy beach
You’ll never drill for oil on a city street
I know you’re looking for a ruby in a mountain of rocks
But there ain’t no Coupe de Ville hiding at the bottom of a Cracker Jack box.
これは、夢見がちな期待に対して現実を突きつけるような内容です。
「砂浜に金塊がない」ように、簡単な場所に価値あるものは存在せず、「都会の道路に石油を掘る」こともできない。「石の山からルビーを探す」ような奇跡も起こらない。そして、何よりも「クラッカージャックのおまけにクーペ・ド・ヴィル(キャデラックの高級車)は入っていない」という、甘い夢に対する辛辣な警告を投げかけています。
ちなみに、「I want you, I need you」という表現は、エルヴィス・プレスリーの楽曲からのインスピレーションとも言われています。
Paradise By the Dashboard Light
この曲は、セックスをテーマにした楽曲として世界的に有名です。内容はやや過激ですが、アメリカでは10代の若者たちにとって「性教育的」な意味合いを持つ一曲ともなっています。そのため、家族や親しい異性の前で再生するのは避けた方が良いとされる楽曲でもあります。
特に印象的なのが、楽曲内に挿入されている「野球中継」に見立てたセクシャル・メタファーの部分です。以下に、野球の各プレーが指す意味について説明します。
一塁打:キス(特にフレンチキス)
二塁打:胸の接触、服越しの愛撫など
三塁打:性器への接触(挿入は含まない)
本塁打:性交
三振:性交やペッティングの失敗
ピッチング:男性がアナルセックスをすること
キャッチング:男性がアナルセックスを受けること
スイッチバッター:バイセクシュアル
他のチームと試合する:ゲイやレズビアン
両チームと試合する:バイセクシュアル
こうした内容はさておき、楽曲はロックをベースにした三部構成となっており、ブロードウェイの女優でもあるエレン・フォーリーとの掛け合いが非常に印象的であり、アルバムの中でも最高潮に達する一曲です。
アルバムカバー
印象的なアルバムジャケットのイラストは、リチャード・コーベン氏によるものです。墓地の地面から飛び出すように現れる長髪の男性が乗ったバイクが描かれており、その背後には他の墓石よりも高くそびえる霊廟があり、その上に巨大なコウモリが羽を広げて止まっています。
このビジュアルは、音楽と同様に圧倒的なパワーと演劇的世界観を象徴しており、まさに「ロック・オペラ」というジャンルを体現する一枚といえるでしょう。

