公文書を保存するという意識のない国
1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件の記録が、神戸家裁によって全て廃棄されていたことが明らかになった。行われたのは2011年のことだという。同件は、14歳の少年が犯人だったことに加え、殺人の猟奇性や奇怪な声明文もあり当時日本全体を巻き込む騒ぎとなった歴史的な事件である。少年法改正の契機にもなった。そんな大事件の記録があっさり廃棄されていたことも驚きだが、それが10年以上気づかれていなかったことも衝撃である。
少年事件の記録は一般に少年が26歳に達するまでの保存と定められている。しかし他方で、史料的価値があるものは「特別保存」とするとも定められている。神戸の事件が特別保存に値するのは明らかで、神戸家裁も不適切だったことを認めている。少年審判は非公開で行われるのが通例なので、記録が廃棄されてしまえば、後から検証することは不可能だ。
新たに、地下鉄サリン事件などの凶悪事件を起こしたオウム真理教に対する解散命令請求の関連記録が廃棄されていたことが判った。現在進行中の旧統一教会の解散請求を巡って議論が沸騰している現在、必要な先行事例が闇に葬られていたことが判ったのだ。
生活保護をめぐって憲法の生存権が問われた「朝日訴訟」。海外に暮らす日本人に選挙権の行使を認めた「在外選挙権訴訟」。どちらも高校の教科書にも掲載されていて、生活保護の充実や投票制度の整備につながった、歴史的な訴訟だ。ほかにも、法廷で傍聴人がメモを取る権利が認められるきっかけをなった「レペタ訴訟」、日本における在留外国人の政治活動の自由に関する「マクリーン事件」訴訟、そしてバブル後に破綻した金融機関をめぐる裁判など、数々の歴史的な記録が、軒並み廃棄されていた。廃棄の件数はよく判らないという。
旧満州、現在の中国東北部に開拓団として渡り、長く帰国できなかった3人の女性が、2001年に国を訴えた裁判があった。「中国残留婦人訴訟」と呼ばれている。その中には、原告など20人あまりの女性が、戦争体験や戦後の苦労をまとめ、裁判所に出した陳述書、そして法廷での証言が含まれている。多くの女性はすでに亡くなり、今では新たな証言を得ることはできない。この記録も捨てられた。
弁護団を務めた石井小夜子弁護士は「歴史的な記録であり、社会的にも貴重なものだった。捨てられたことに怒りを禁じえない」と話している。
廃棄によって、裁判所に残すべきだった歴史証言を失ったことになり、あまりにも残念だ。
17年には自衛隊南スーダン派遣部隊日報の隠蔽(いんぺい)が、18年には森友学園への土地払い下げに関する財務省決裁文書の改竄(かいざん)が問題となった。昨年末には国土交通省の基幹統計が8年にわたり不正に書き換えられていたことが判明した。物事を正確に記録し保存するということに対して、この国は根本的に鈍感なのではないか。
第二次安倍政権でのいわゆる「モリカケ」事件では、首相官邸を訪問する人たちの名簿が長期に亘って廃棄されたり、公文書が改ざんされたりした。
この国では、権力にとって記録は可能な限り知らせずに自分だけが知ることによって力になるという古来の考えそのままの状態で、公然と残すべきものとは思われていないのだ。
日本の国立公文書館の貧弱なことは国際的に見ても恥ずかしい限りなのだ。
公文書の所蔵量は書架の長さで比較する。日本の場合、69㎞、米国は約1500㎞、ドイツやフランスで400㎞台。公文書を管理する職員数、米国約2750人、欧州諸国は500~600人台、日本は約200人だ。歴史の古さ・長さを誇る日本だが、保存すべき記録の乏しい中身のない国だったのだろうか。
この国では、あらゆる事件がネタとして消費され、急速に忘れ去られていく。2月半前にあれほど騒いだ国葬も、いまではほぼ話題にならない。私たちはそんな健忘症から抜け出す必要がある。
