韓国ドラマ『応答せよ』について語りたい!
韓国ドラマデビューはコロナ禍の少し前『太陽の末裔』を年末一挙放送で観たときだ。『冬のソナタ』『ホテリアー』も第1次韓流ブームの折におもしろく観たが、当時はそれ以上には発展しなかった。今やブームの波も第4次らしい。
今回も前回同様、DVDを買って1作で足を洗おうと思っていたが、韓流の先輩(実際は後輩)から「卒業の前に、これだけ!これだけ観てください!」と次々に作品を紹介され、『トッケビ』ではまだ引き返せそうだったが『王になった男』で演技力、ストーリー性、時代絵巻にすっかり引き込まれる。さらに『コーヒープリンス』でコン・ユに痺れ『100日の郎君様』のド・ギョンスに息子の将来を重ね(?)はや5年が経つ。
最初は一人でこっそり観ていたものが(隠れる必要もないが)今や堂々とリビングで観ている。そこで最新の推薦作が『応答せよ』シリーズである。
手始めに『応答せよ1997』を視聴。次に『応答せよ1994』。ヒロインのコ・アラの一途さが良かった。お転婆というか本能のままに振る舞うわがまま娘のようで、実は繊細さと優しさを持っている。彼女の演技を見て、初めてこういうタイプの女の子の魅力がわかった。あからさまに不機嫌な態度を取ったり、反抗的な対応をする人とはあまり付き合ってこなかったし、むしろ感じが悪いと思っていたのだが、実はこういう内面をしているのかもしれないと思ったのだ。そして、今回は観終えたばかりで感動が溢れ出して止まらない『応答せよ1988』について語りたい。まず、はじめに『応答せよ』シリーズの概略を説明しておくと・・・
シン・ウォンホ監督✖️イ・ウジョン脚本による三部作。
1997年、1994年、1988年にスポットを当てて描きながら、ときおり現在の様子が映し出される。(1988では2016年)
それはマンションの一室であったり、同窓会の店であったりする。
現在はヒロインや周囲の友人たちも結婚しており、ヒロインの結婚相手が誰なのか?は最後まで明かされない。現在のお喋りのなかで結婚式の様子が映し出されたり匂わせるカットが何度も挟まれ、結婚相手は大本命の相手なのか、それとも….というシーソーゲームが展開され、観る者の興味をそらさない。
しかし本編を観ている間はその時代のドラマにがっちり心を掴まれ、泣いたり笑ったりキュンとしたりと感情のジェットコースターを味わえる。
そして、本稿では脚本の巧みさ、構成力などにはあえて言及せず、登場人物たちの心情と自分の思いにフォーカスして思いの丈を語りたい。よってネタバレ全開となることをお許しいただきたい。
恋のスケッチ〜応答せよ1988〜
<登場人物・家族構成>
ドクソン(ヘリ):ヒロイン
(父ソン・ドンイル、母イ・イルファ、姉、弟)
ジョンファン(リュ・ジョンヨル):電気店社長の次男
(母ラ・ミラン、 父キム・ソンギュン、兄)
ソヌ(コ・ギョンピョ)
( 中学生のとき父を亡くしている、母キム・ソニョン、幼い妹)
ドンリョン(イ・ドンフィ):3人が通う高校教師の次男
(父ユ・ジェミョン、母、兄)
テク(パク・ボゴム):プロ棋士
(幼いころ母を亡くしている、父チェ・ムソン)
まず、3作に共通しているのが、ヒロインの両親が同じということ。
お父さんがソン・ドンイル、お母さんがイ・イルファなのだ。1988では銀行員、1994、1997では野球チームのコーチ、監督と職業も舞台もバラバラで、一部キャストの邂逅を除いてシリーズの関連性はない。その他の親もメインキャストについては役名を設けず、俳優の名前がドラマ内でそのまま使われている。
1997、1994では親たちの姿は主役の両親以外はそれほど出てこないが、1988では親たちも子どもたちと同等かそれ以上のインパクトをもって登場する。
その点に一瞬とまどうものの、観ているうちにどんどん彼らの住む双門洞通りに吸い込まれてゆく。
5人は幼馴染。紅一点のドクソンはヘリが演じているが、知らずに観ていて、普段のヘリの写真を見てびっくりしてしまった。当然のことではあるが、流行のメイクとファッションだったからだ。ドクソンとは真逆。1988年当時として見ればそんなものだろうけど、正直ドクソンの風貌はダサい。そして、踊りがヘタクソという設定で歌謡曲を聴きながらめちゃくちゃなダンスをして皆を笑わせるというシーンが本当に突き抜けていて面白い。
日本だと女優さんが鼻水を流しているだけで体当たり演技と言われるのを聞いたことがあるから、やっぱり凄いと思わせられる。余談だが、これからの時代にはあり得ないかもしれないが、昔の韓国ドラマを観ているとトイレのシーンなども日本では考えられないような演出が度々登場する。この辺は排泄に関する認識の違いなのだろう。最初こそ驚いたものの今は慣れてしまった。
3つの恋
1. ソヌの場合
女子校と男子校が並んで建ち、修学旅行も行き先が同じ。こんな状況なので同級生同士も自然と顔を合わせる機会がある。学級委員長のソヌはそつがなく、気配りの人。軽食屋で居合わせた女子校の友人たちがソヌはドクソンに気があるとそそのかすとその気になるドクソン。しかし、この恋は悲しい勘違い。初雪のなか自分に告白してくれると思い込むドクソンが泣きながら八つ当たりする姿もいじらしい。
それを部屋の窓から見ていたのがジョンファンだった。
2. ジョンファンの場合
当初ドクソンはジョンファンのことは眼中になかったが、これまた悪友たちが軽食屋でドクソンにささやく。今度こそ本当だと。揺れる満員のバスの中で他の乗客に対する盾になってくれたこと、登校前に家の前でしばしば出くわすこと、クリスマスの急な呼び出しに応じたこと、欲しがっていたピンクの手袋をプレゼントしてくれたこと。そんなことを思い出し、ドクソンはジョンファンの誕生日にピンクのYシャツをプレゼントする。しかし、ジョンファンは着てくれない。
それはジョンファンがテクの気持ちを知ってしまったから。
3. テクの場合
テクは中学卒業後、進学せずにプロ棋士の世界へ飛び込んだ。大人しいテクを幼い頃は勝気なドクソンが率先して面倒をみてきた。言わばマンネ(末っ子)的立場。今ではテクの部屋は溜まり場と化し、みんなでテクを応援し気遣っている。テクの部屋に集まって誰かがラーメンを作ると一つの鍋をみんなで囲み、囲碁の対局で優勝したらテクが皆にピザを振る舞うというのが恒例行事だ。
奥手なテクだが芯は強く、まっすぐにドクソンをみつめている。
ネタバレ全開とは言うものの、観た方ならこの後の展開はわかると思うのでやはり結末は書かずにおこうと思う。私の場合、全42話の41話ぐらいまでドクソンが誰と結ばれるのか確信が持てなかった。それは個人的な希望を捨てきれなかったせいで、いくつものヒントに目を瞑っていたことも関係している。明らかにそちらへ向かっているのに認めようとしなかった感は否めない。しかし、結末には納得している。
高校時代が一番、観ていて楽しかったしドクソンも可愛かった。卒業後は駆け足で物語は進み、それもまた、体感と一致しているのかもしれない。学生時代は本当に時間だけはたっぷりあったものだ。
大人たちの連帯
そして、このドラマの最大の魅力は大人たちの苦境や悲哀と連帯を余すところなく描いているところ。1997、1994と観てきて、当然恋愛ドラマだろうと思って見始めてみたらオジサン、オバサンの世界が繰り広げられて???正直肩透かしを喰らった。
私は韓国ドラマを観始めるまで、映画はともかく、ドラマでは恋愛もの学園ものからは、あまりにも遠い世界すぎて遠のいていたし、友人知人にキュンとする、と言われても、前世の記憶ぐらいの感覚だったのだ。それが、韓国ドラマを観てその感覚が蘇ったのである。それは衝撃だった。20代の俳優にときめく友人が心底理解できなかったのだが、私もはじめは40代くらいの俳優さんに、うん、なかなかいいかも、と思い始め、そのうち年齢は関係なくなっていった。
そういう訳で、中盤辺りから子どもたちの恋愛模様が描き出される一方で大人たちの世界も同時進行で語られてゆく。考えてみればそれも当たり前のことである。
人生は恋愛のみで構成されているわけではない、デートからウキウキと帰って来たら、誰かが怪我や病気で入院する事態になっていた、なんてことは普通に起こることなのだ。
それが、家族単位でなく、隣近所総動員で行われるのだから、いつも何かしら事件が起こっているような塩梅なのだ。
優等生のボラが学生運動に参加し警察に追われたり、ドンイルがリストラされたり、何より1988年はソウルオリンピックが開催された年。このように時代を最大限に反映し物語は展開される。
だれ視点で観ているのか、もはや自分でもわからないのだが、本作に関しては変幻自在、高校時代から中年期まで自由自在に時空を飛び回った。
ということで、年齢も性別も超えて私がとくに共感を覚えたポイントについて紹介したい。
お気に入りポイント
<キム社長とドクソンのお決まりの挨拶>
顔を合わせたとき、お互いに右手を挙げ
キム社長〜!ソン社長〜!と呼び合い
コサックダンスのような振り付けで屈伸を繰り返し
パンガオヨ、パンガオヨ(会えてうれしい)と言い合う
ちなみにこのキム社長(キム・ソンギュン)1994ではなんと学生役なのだ!
ジョンファン
ドクソンに対する一途な思いもいいんだけど、家族に対する優しさが沁みた。
無愛想で不器用だけど、いつも陽気な父・キム社長が自分の存在価値に揺らぎを感じて塞ぎ込んでいたとき、父に対してこの挨拶をするところが最高だった。
後ろからキム社長〜!と声をかけるとドクソンだと思って振り返りながらソン社長・・・と言いかけるとジョンファンがいる。泣けた・・・!
(ちなみにこの行動のきっかけを与えたのはドンリョン。普段はおふざけ担当だが、要所要所で重要なヒントをくれる皆のアドバイザーなのだ。)
キム社長(父)
いっつも永遠にくだらない冗談を言い続けてミランさんに睨まれているんだけど、ミランさんが更年期で眠れずに膝を抱えていた深夜、散歩に誘うところ。
なかなかこれはできない。この優しさがあるなら寒いギャグにも耐えられそう。
ここ一番というときに一番ほしい言葉をくれる人に弱い。
ジョンボン(兄)
ゆるキャラのようで憎めない。幼い頃に心臓病がみつかったことで両親は厳しくできない。遊んでばかりいるが素直で優しい。優秀な弟に夢を託すが、弟が自分のために無理をしているのではと気付くと、ジョンファンに自分のやりたいことをやって欲しいと声をかける。
ラ・ミラン(母)
姉御肌でイケイケなんだけど、のど自慢大会でガタガタ震えているところが可愛かった。宝くじでいきなり資産家になったが昔は貧乏だったので困っている人の気持ちがわかる。修学旅行の代金をイルファに貸すとき「貸してほしい」と言い出せない気持ちを察して、お裾分けのカゴにかけた布巾の下に忍ばせる。
〜こうして挙げてみると、キム家が一番すきだったかもしれない。
ドクソン
ヒロインだからどうしたって贔屓目に見てしまうけど、本当に可愛かった〜!
卒業後の髪型と化粧方法より、高校時代のボブスタイルの方が好み。
はっちゃけて踊るシーン、自分は姉のお下がりばかり・・・と泣くシーン、中国のホテルのフロントで身振り手振りでクレームを言うシーン、キム家でミランさんに「朝ごはん食べていきなさい」と言われて人差し指を立てて「いいですね!」と言ったり「ごはん食べた?」と聞かれて「食べたけど、まだ食べれます」と言ったり。ドクソンがいるだけで笑いが生まれる。
ボラ(姉)
この人は怒鳴ってばっかりで前半、全然良さがわからなかったけど、終盤、愛されキャラのドクソンに内心では劣等感を感じていたり、長子として我慢している部分を弟妹には見せなかったり、目標のためには歯を食いしばっても達成する努力を惜しまないところがカッコよかった。結婚式のシーンがドクソンでなくボラだったのも良かった。
ドンイル(父)
いい人なんだけど、一緒にいると苦労させられそう。友人の借金を肩代わりさせられたり、物売りの人からいらない物(胎教音楽のテープとか)を毎回買ってきてしまう。すぐ大きい声を出すところが正直苦手だったんだけど、ボラの結婚式でボラが買ってくれた靴が本当はブカブカなのに、ぴったりだと言い張るところに親心を感じた。イルファの病気をすごく心配しながらも、本人の前では豪快に笑って見せるところも良かった。
イルファ(母)
影となり日向となり家族を支えるが、自分の病気が見つかったとき、不安な気持ちを隠さずドンイルや周りの人に弱音を吐くところが素直で良かった。
そして現在(いま)ー
最終話には私の韓国ドラマですきなポイントが詰まっていた。
最後に双門洞の朽ち果てた姿を映し出すのだ。それは思い出をむやみに美化せず、現実を直視するやり方だ。ナレーションも素晴らしい。
ここを入れずに終わる方法は十分に成立したと思う。
大団円を迎え、懐かしさと青春の甘酸っぱさで物語を締めくくることはできるはずなのだ。しかし、あえて昔と違った町並みを映す。しかも、それは新しい家族が賑やかに過ごす風景ではなく、蜘蛛の巣が張り、主を失った寂れた風景なのだ。
それは、どんなに昔が懐かしく輝かしかったとしても人は過去に生きることはできない、現在(今)を生きるのだ、生き抜くのだと言っているように私には思えた。
終盤は本当によく泣いた。おかずの持ち寄り合戦はもはや各家庭のテーブルに同じおかずが並んでいるのではと思うほど行き交い、二家族三家族で囲むテーブルは賑やかで楽しそうだった。
母親同士、大量にふかした芋をザルに盛って食べるシーンでは芋にキムチを載せる食べ方に驚いたりもした。
時には気兼ねや気疲れもあるだろうし、そうしょっちゅうはしんどいだろうと思うけれど、今まで観た韓国ドラマの中でも最大級の密度。同じ土地に引っ越そうとしていたから、もう家族なんだろう。
観ていたこちらもそんな気分になってきて、もうあの家族に会えないのかと思うと胸にぽっかり穴があいたようだけど、現在の姿が登場することで、彼らも今を生きていると思えてふんぎりがついたのだった。(了)


