佳き日に。
肩に力が入っていた冬を乗り越えたはずなのに、私だけ視界の悪い霧の中に取り残されている。
「ご入学おめでとう」
陽子おばさんが家にやってきた。
「美紀ちゃん、もう制服は作ったの?」
おばさんはコートをぬぎながら、私に話しかける。
「制服は今から取りに行くんですよ。ね、美紀」
私は下を向いたまま一生懸命に読書をするふりをした。国語力をアップするためにママが買った本だ。
「ごめんなさいね。この子ったらすっかり本を読むのが好きになっちゃって」
「美紀ちゃんは勉強が好きなのね」
「でもさ、姉さん。受験は結構落ちちゃってさ。ヒヤヒヤだったんだ。な、美紀」パパが笑う。
私は小説を読み進めようとするけど、雨の日のコーティングされたガラスのように字面が弾かれる。ストーリーが頭に入らない。
「もし上位合格してたら授業料免除だったのに」
ママの言葉に思わず顔を上げた。
発表の日に怒り狂うママ、金切り声からスッと姿を消したパパ。
「……でも、合格したのは、美紀ちゃんが一番努力したからだよね」
「私たちも塾代をかなり出したから。でも美紀にはもっと頑張ってもらわなくっちゃね」
「そうだな。美紀にはまだ充分伸びしろがある」
「……私、おいとましますね」
おばさん、もう帰るんだ。私は本にしおりを挿してソファから立ち上がった。
「お祝い、ありがとうございます……」
「美紀ちゃん、中学生活が楽しみだね」
楽しみ……パパやママの期待、お金、叱責。この感情にはどんな言葉が合うのだろう。
「別に……」やっと絞り出した声は変にしゃがれていた。
「美紀ちゃん」
おばさんは、私の手を強く握ってくれた。
「きっと制服似合うよ。大丈夫よ、美紀ちゃん」おばさんの強いまなざし――人と目を合わせたのも久しぶりだった。
「じ、じゃあ、制服を着た写真、送ってもいい?喜んでくれる?」
桜のつぼみが春の陽気にほころんで、四月を待たず満開になる。私は制服を受け取る日が少し楽しみになった。
了
