人を笑う人へ 笑われた人へ
2つの質問をします。
あなたは、おかしな人を笑ったことがありますか?
私はあります。
では、もう一つ。
あなたは、正しい道というのが見えていますか?
私は見えていません。
なぜこのようなことを御聞きするのか。
人は恥をかきたくありません。だから、恥をかかないように生きたいと願うものです。しかし、もし、仮に、一本の正しい道があるとしましょう。仮にですよ?その一本の正しい道を通過するために、必ず恥をかかなければならない道があるのだとすれば、どうしますか?そして、多くの人々は、その道を通った人間を見て、笑うでしょう。
その時、笑った人たちは、その正しい道をちゃんととらえた上で笑っているのでしょうか。答えはノーです。その人がどこからきて、何をしてきて、そしてこれからどうなっていくのか、何を成すのか、そんなことは全くわかっていません。
彼らは、その時、その場所、眼に見えるその一瞬の状態だけを見て、げらげらと笑っているわけです。笑う人は、笑われる人よりもまともな人間に見えます。笑われた人は、さも間違った道を歩んでしまったかのようです。
笑う人たちは、人に笑われない道が正しい道だとでも思っているのかもしれません。それは、常識というものに守られた世界です。ですが、皮肉なことに、常識とは常に間違っている状態です。でも、誰からも笑われることがない。そういう世界です。
一方、笑われる人というのは、どこか非常識な所があることはやむをえません。
私は、そういう人たちを見て、笑うなと言いたいのではありません。確かにそれは、おかしくて、つい笑ってしまうような行動だったり、発言だったりするかもしれません。しかし、心のどこか片隅に、その人は、ひょっとすると、私たちが想像もしていないような、正しい道を通っているのかもしれない。そう考える余裕を、持っていてほしいのです。
笑われた人へ
ということは、笑われたからといって、自分が誤った道を歩んでしまったとは限らないと思ってほしい。そして、その道を通ってしまったのであれば、その道を通ってしまったなりの答えを探すことに、時間を使ってほしい。
