競争とは何か
皆さん。競争心ってお持ちですか?
自分が負けたくない!って思う人、いますか?
誰だって、競争心を持っています。人生の中で、1度くらい、この人には負けたくない…って思う人に出会ったことがあると思います。
しかし、競争心が過ぎると、相手をコケさせたり、相手の失敗を喜ぶ等、何やらあまり良くない心持ちを抱いてしまうようになるのも事実です。
一方、競争心が無きゃダメだという人がいます。会社などでは、競争心がない人は、やる気がないんじゃないかと思われることだってあるわけです。
そうはいっても、会社内でお互いに競い合い、ライバル潰しをすると、全体的に会社が良くない状態になってしまう、ということはあり得ますよね。
で、話を広げてしまうと、日本国内で争ってたら、却って日本がやばい、ということも、あり得る話です。日本の明治維新は、国内の争いを止めさせることを通して行われました。
最近は、新しい大学が乱立しています。これは、大学同士を競い合わせているからです。生き残れるところが、いい大学。そういう価値観なのです。しかし、本当にきれいな競争ばかりが行われているのかというと、十中八九そうじゃないのではないか・・・。そう思うのです。
競争と戦争の違い
競争は、お互いの領域を尊重し合ったうえで、自分の能力を高めていきます。例えば、短距離の陸上ランナーを考えてみてください。彼らは、自分に与えられたレーンを真っ直ぐと走るだけです。お互いのレーンに足を踏み入れたりはしません。
もし、相手の領域に足を踏み入れ、競争相手をコケさせたりするなどの妨害行為に出た場合、これは競争ではありません。相手を潰しにかかって、相手の領域へ侵入しているわけですから、戦争です。
受験戦争という言葉がありますよね。受験競争という言葉ではない。つまり、受験時代は、戦争なのです。相手の領域に踏み入ってでも、相手を潰しに来る奴がいます。というかこれが普通です。教育環境が悪いと、戦争で潰される生徒はそれなりに多く存在しています。
競争関係というのは、結局個人が自分の力を高め、自分の領域で、自分の最高のパフォーマンスを発揮するところに見られる現象です。そして、そういうことをしている人たちが、大会とか、試験とか、そういった会場にやってきて、行動をしているにしかすぎません。ですから、結局は個人の領域で行われる、個人の行動なのです。
私たちは、競争と聞くと、お互いが競い合っているから、お互いに何らかの干渉をし合っているんだと思ってしまいますが、よくよく見ると、そんなことは全くしていませんよね?
柔道やボクシング、フェンシングは格闘技の部類だし、バスケットやバレーボールなんていうのは、球技ですが、これは競争とは言われませんよね。こちらの方は、どちらかというと、戦争の色合いが濃いですね。特に格闘技は、相手との決闘がスポーツになったタイプのものなので、元は戦争です。相手の領域を侵し、相手をコケさせるわけですからね。それに対して対抗し、相手を負かし返すかどうか、というところ。これが格闘技です。
バスケットボールやバレーボールというのは、競争というより、元々は遊びが高じてスポーツになったものだと私は考えています。蒼天航路という漫画で、曹操が「遊興と戦争との間に差などあるのか?」みたいな台詞を言います。そう。戦争と遊興との間には、実はたいした差なんてない。どういうことかというと、三国志の時代は、戦争でした。しかし、その戦争があったおかげで、今はテレビゲームやドラマ、漫画になっているわけです。戦争は遊びなのです。頭の中で、どちらがどう攻め、どう守るかを考えるゲームなのです。逆に、遊ぶのがうまい人は、戦争もうまかったりする・・・ということはあるかもしれません。球技は、玉を扱うことこそ当然の用に出来なければなりませんが、格闘技や陸上の競争よりも、おそらくはかなり高度な戦略を要求されるのではないか。そう思います。もちろん、格闘技や陸上も戦略は重要ですが、戦略よりは個の力に比重が置かれているように思います。
井上尚也選手なんて、あのパンチ力があり、一発当たれば相手は悶絶ですから、戦略とか叩き潰されるくらいのレベルになっていると思いませんか?
で、話を元に戻しますが、ここで何がいいたいのかというと、競争は、相手の領域に入ることなく、自身の個の力を高める。相手と競いあっていると思っているのは、実際は周りから見ている私たちであって、彼ら個人は自分の力を発揮していればそれでいいのです。実際には、メンタル的な面で、周りを意識してしまっているというのが普通なのでしょうけれども。私たちも、本来であれば自分の力だけを発揮していればいいはずの環境にいながらも、周りがどれくらいの力を持っているのかがわからない・・・。相手が自分よりもすごい人だったらどうしよう。そうして、周りの力におびえてしまう。だから、周りを常に意識して、自分の行動をしている。だから、周りを意識している、周りの状況と比べ合っている。そうした心理が存在していることを、競争だと思い込んでいるのです。その心理が無きゃ、競争じゃないとさえ思っているのです。
でも、そうじゃない。最初の話に戻りますけれども、会社の中で個人同士が競争するというのは、相手に勝つことが目的なのではなくて、自分の力をただ高めていけばいいというだけの話です。もし心の中で誰かを意識していたとしても、それは自分が上を目指すための刺激として存在しているのであって、決して相手を潰しにかかったり、相手の没落を喜んだりするわけではない。逆に、会社組織として、協力することだって絶対にあるわけですから。同じグループに入って、お互い潰し合っていたら仕事になりませんよね。
競争と聞くと、周りには負けないように、自分が勝つように、そうして行動することだと考える人は非常に多いのですが、それはメインの目的なのかというと決してそうではないと私は考えるのです。
自分を高める、相手は関係ない、この意識がなくなってしまうと、競争は却って、ヤバイ関係になります。競争意識を持っている人間は、競争相手と自分を比べることで、今の自分の立ち位置、レベルを把握します。その時、自分が全然大したことがないと感じてしまう場合、どうなるでしょう。途端に自信を無くし、その競争関係から抜け出したくなるのではないでしょうか。
勝者がいれば、必ず敗者が出ます。それが競争です。そして、敗者にはなりたくないというのが人間の性です。すると、人によっては、自分が絶対に負けなくても済むような、安全な環境を組織内に作り上げ、そこに寄生虫のように居座り、却って組織全体をむしばむ存在へと変化する可能性もあります。実力ではなく、様々な権謀術数を駆使して、せっかくのやる気があり、実力もある社員を抹殺してしまうことだってあります。競争で敗北することを恐れる人間は、大抵不正を働きます。
本当の競争相手
とにかく自分を高めることに意識を使う人間は、自分自身が競争相手です。目指すのは前の自分よりも上の自分です。これは一般論になるまでよく言われている話ですから、私自身が特別に考え出した考えでもなんでもありません。
それにもかかわらず、人間の多くは、自分よりも他者に目を向けてしまいます。他者がどうであるかによって自分が定まる。他者によって自分が決められてしまう。自信のない人間ほど、他者がどうであるかによって自分自身が揺さぶられてしまう。だから、自信のない人ほど、悪い意味での競争心がやたらと強く、しかも、相手の領域を侵害しやすいのです。
これは、戦争です。自分という国があるとすれば、自分という国は、他国がどうであるかによって幸せにもなれば不幸にもなり得る。自分の国ではなく、他の国がどうであるかによって、自分の国が定まってしまう、自信のない国なのです。ロシアがウクライナを攻めるのも、イスラエルがガザを攻めるのも、自分の国に自信がないからです。周りの国が変化すると、自分の国も変化してしまう。そうです。国は自信がないのです。
戦争が発生してしまうのも、実は自信のなさがきっかけであることが一つの大きな理由です。いじめも、相手の領域に侵害してくるわけですから、戦争の一つです。もし一方的な戦力を持っていれば、相手国への侵略はいじめになります。自信のない人が寄ってたかって、一人の人間を攻撃する、というのは、自信がないからなのです。上に立って安心したい。弱いものをいじめることもあれば、能力の高い人をいじめることもある。どうすれば自信のなさからくる不安を解消できるか・・・。それは競争相手の没落です。それを彼らは目的としているのです。
競争の悪い面はとてつもなく多いのに、競争をさせてくるのは、競争をさせようとする存在がいるからです。そして、競争をさせてくる人たちは、自分達がどうやって育てたらいいのかわかっていないのです。政治家さんたちが、大学の運営ができるかというと、できません。教育ができるかというと、できません。彼らは私たちが学ぶことなんて、よくわかっていません。手取り足取り教えるなんて、とてもめんどくさくてできません。そもそもそんな能力もありません。
1人の人間を立派に育てるにはどうすればいいかというと、知りません。でも、競争させておけば、勝手に頑張る。勝手に育っていく。非常に楽なのです。だから、さっさと育ってほしいから、競争心をあおる。楽で楽で仕方ありません。結局頑張っているのは、競争している個々人なのに、例えば学校でいい大学に合格した人がいたりすると、自分達の学校から出た!(自分達の教育のたまものだ!)みたいな顔をするわけです。日本から偉大な人物でも出れば、国が育てたみたいな扱いになります。いや、あんたらの教育がいいんなら、あんたらの学校の生徒みんなそこら辺のレベルの大学いってるし・・・。能力ももつはずだし・・・。国がすごいなら、国民全員そうなってるだろw
というわけで、競争というのは、私たちが考えているよりもはるかに個人的な領域であり、自分の努力が大切なのです。競争関係にあるように見えるのは、外側から彼らを俯瞰したときに、競い合ってるように見えるだけなのであって、本当は、自分の力さえ自分の領域で発揮していれば、周りは全く関係がないのです。
でも、競争をそうだと思えてこなかったのは、競争と言われている環境に自分達が身を置いた時の、あの他者の力を気にする時のあの感情。あの感情があることが、私たちの脳裏に強く焼き付いているからです。多くの人は、そこから逃れることもできないまま、相手を常に意識してしまうのです。
競争は孤高な戦いであり、自分との勝負です。戦争は、相手の領域を脅かすことであり、他者との勝負です。戦争はいい結果にはなりませんね・・・。
