世界を変えるには自分を変えることだ

 自分を変えるのではなく、人を動かそうとする。


 今もその名残があるように思います。私はこのノートで自分の思想をつらつらと語り、ものによっては気分を害するような内容を書いてしまうこともあります。

 そして、思想を語る理由は、自分の思想に影響を受けて、ちょっとでも人の意識が変わればいいかなと思ったから。だけど、見方を変えれば、これは今までの記事で書いた、洗脳の一つなのです。

 人は自由ですから、あなたの言うことが正しく思えても、別に従いたくはないです。というのもやっぱり自由です。その自由を選択して、仮に痛い目にあっても、いい目にあっても、それは全てあなたに帰属するもの。

 さて、私が思想を語るのは、世界を少しでもよくしたいから、変えたいから、ということがあるわけですが、押せば別のところが出っ張る、というこの世界ですから、一筋縄では行きません。

 また、強制的に相手を動かそうとすると、それがどれだけ正しいことでも、相手はその通りに動くどころか、逆に反抗して、暴走する、という事態になることだってあります。

 そして、どれだけ自分が一生懸命でも、真面目な人は揶揄いたくなる・・・。という人が中にはいて、結局は弄ばれるだけ、ということもある。さらに、テレビなどで仮に有名になっても、表向きふんふんと聞いてくれる人がいるだけで、目的は視聴率、地位の保全、お金だったり、その場の雰囲気を楽しんでいるだけで、本気度は、聞き手によって全く違うわけです。

 他人を変えようとしても、まず変わりません。強制的に言うことを聞かせても、無理やりいうことを聞かせた不満が内部に燻っていて、それは人間の身体・精神に悪影響を及ぼします。結局、いいことにはなりません。また、他人は自分の眼を離れると、やっぱり好き勝手に動き回ります。全ての人間たちがしっかりと動けば、世の中はよくなるはず。こう考えてしまうのは、気持ちはとてもわかるのですが、実はとんでもない落とし穴です。

 他人は自分の傍にずっといるわけでもなく、常に思い通りに動いているとは限りません。と、こんなことを書くと、支配欲つえーな。と思われるかもしれませんが、権力者というのはこうした精神を持っています。つまり、他者の動向、意思を常に意識している存在達です。自分の思い通りに動いてほしいと考える人たちは、その対象をうまく操作するわけですね。私は思想家で、この世界がよくなってほしいと考えた時、やっぱり世の中に生きる人たちが変わらなければいけないんじゃないかな、とか、そういった尊大な態度で物事を見てしまうことがあるのです。では、どうすれば人を動かせるか、動かした時でも、その人たちはずっと思い通りに動いてくれるか、というと、残念ながらそうはいきません。例え理論的に優れていても、無理は無理。私自身、そうなのだし。

 でも、常に自分と一緒にいる存在はいます。一生離れないで生きていく存在は、自分自身です。自分を変えることで、世界は変わります。まずは自分が変わること。これしかありません。

 1日5kmの道を走れば、1日5km走った後の世界が広がっている。1日3時間勉強すれば、1日3時間勉強した後の世界が広がっている。規模小さいな~・・・って思いますか?私は、これこそが重要だと思っているのです。

 今まで大きな世界を変えてきた物事は、全て小さな努力の積み重ねから産まれてきました。その小さな努力は、何度もその努力家の世界を変えてきたはずです。その人の世界は、努力をし続けた後の世界へと、絶え間なく変化していきました。そうして、結局、世界全体を大きく変える世界へと変えていったのです。

 一方、権力者は、最初から他人を動かそうとします。自分は椅子に座り、命令だけをして、人を動かすことばかりに頭が向いています。自分以外の他人がしっかりと動かないから、物事はうまくいかないのだ!という考えなのです。とてつもなく表面的で、とてつもなく短絡的で、とてつもなく陥りやすい考えです。

 権力者になる可能性は、全ての人にあります。どうして権力者は何時の時代も変わらないのか。それは、皆権力者としての資質を持っているからです。自分が変わろうとせず、他人を変えようとするポジションです。トランプ、習近平、金正恩、プーチン、フラインなどなど、悪名高い政治家のみならず、普通の政治家も、その職業柄、自分ではなく、他人を変えるというのが仕事の中核になってしまっているのですから。

 私も、自分を変えずに、人を動かそうとしてしまうところがありました。ですが、これは大きな間違いだったのです。


 

 

 

いいなと思ったら応援しよう!