よくわかる法律入門 #5 憲法第11条について

5~

基本的人権の享有 憲法第11条
 
先生「憲法10条の国籍についてのお話が終わったので、次は憲法11条を見てみましょう。」
 
憲法第11条『国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。』
 
先生「これはいいですね。基本的人権=自然権です。全て自然権の享有を妨げられない。侵すことのできない永久の権利。これも当然ですね。ルールを作って制限はできますが、奪うことはできません。殺人をすれば、殺人罪で処罰される。そのことによって間接的に殺人の権利を行使させないように心理的な壁を設けているのですが、殺人の権利自体を奪うことはできません。
 
学生B「はい。わかります。」
 
先生「憲法11条は、前著{素人のための法律入門}でお話した内容を理解していただければ、当然わかるはずです。このこと自体についてはいいですよね?」
 
学生A「はい。」
 
先生「はい。つまり、憲法第11条についてだけを言えば、新しく学ぶことはありません。しかし、一つ大きな問題が浮上してきます。
 先ほどの国籍の話に関連したことを言います。『国民』というのは、国籍法で規定された通りに定められていました。とすれば、『国民の権利と義務』、で定められているこの憲法11条の規定は、『国民』のための規定であって、外国人には及ばないのではないか?という疑問が持ち上がります。
 それもそのはず、外国人は、日本に信託を寄せていません。憲法が定められたのは、あくまでも国の自然権と、国民の自然権の間です。だから、外国人に対しては、原則として、国はなんでもやっていいんですよ。逆に言えば、外国人も、日本に対してはなんでもやっていい、という状態が、理論的には成り立つのです。
 
学生A「あ、そっか。前著で学びましたけど、自然権の信託はあくまでも、国とその国民に対してのものであって、他国は関係がない…と言っていましたよね。」
 
先生「はい。ですから、外国人は、この基本的人権を享有できる主体となるのだろうか?ということが、一応論点になるのですが、どう思いますか?」
 
学生B「そりゃ・・・。外国人も自然人なのですから、自然権は認められている。だから、基本的人権を享有できる主体となりうるはずです。」
 
先生「はい。その通りです。しかし、その自然権が憲法上保障されたものであるかどうか?がここでは問題になっているのです。」
 
学生B「はい?憲法上保障されていても、されていなくても、自然権は自然権でしょ?」
 
先生「そうです。憲法上保障されている、ということの意味が、最初はよくわからないでしょうね。自然人には自然権が十全に認められると、何でもやってよい状態に。一方で、自然人がその自然権を国に信託した場合、国にその自然権を与えたことになります。とすれば、国民側には自然権が全くない状態。国側に自然権が全て集まった状態になるはずです。」
 
学生B「はい。そうですね。」
 
先生「でも、それだと全体主義になっちゃいますし、国民は何もできません。結局、実際に国を動かしているのは国民なのですから、国民の自然権を全て取り上げてしまうと、国は機能しない。それに、日本は自由主義です。出来る限り国民の自然権を認めていく、という方向で話をします。じゃ、裏を返せば、認められないものは認められない、という話になる。じゃ、認めるところと認めないところの境界線はどこにあるのか、というと、憲法に書いてある。そういう話になります。」
 
学生B「なるほど・・・。憲法は、国と国民の間にある権利と義務の調整弁だからですね。」
 
先生「その通りです。で、外国人については、国民の権利と義務の内容が、憲法上保障されるかどうか、が今問題となっています。」
 
学生B「仮に全く認められないとすればどういうことになりますか?」
 
先生「う~ん。全く認められない、ということは、考えなくてもいいです。」
 
学生A「どうしてですか?」
 
先生「国が国民の自然権を制限できるのは、あくまでも信託に基づくのです。だから、国民の自然権が制限されるのですよ。一方、外国人は、日本に自然権を信託したわけではありません。ですから、外国人は、日本ではやりたい放題、というのが原則です。一方、日本側も、日本として自然権を持ちますから、外国人に対しては、やりたい放題できる、ということになります。」
 
学生B「そうして元の話に戻るわけですね。」
 
先生「そうですね。ぐるっと迂回して結果として同じ問題になるわけです。」
 
先生「でも、それだと外国人は困りますね。入国した瞬間射殺されても文句言えないんですから。」
 
学生B「つまり、ここはある意味、法律の穴なんじゃないんですか?」
 
先生「そうです。だからこそ、ここでもめごとがよく起きます。法律を作ったときにはそんなの想定してなかったよ~って感じなんですよね。ですけどね、外国人が日本に入国したからと言って、即座に射殺したりなんて、まずありえません。外国人だって、日本に来たからと言って、好き勝手動きまくる、ということも、ほとんどありません。そこら辺は、ある程度人間としての常識がうまく働いているのです。(まぁ、富士山にゴミ捨てたりするオーバーツーリズムに関わる問題はありますけどね。)」
 
学生A「ややこしくなってきたなぁ。」
 
先生「そうですか。でも、この手の本や話は何回か読み返さないとなかなか理解が難しいです。一応、専門書系の話ですからね。」
 
学生B「どういう筋道をつけるんですか?」
 
先生「私の考えはね、結局ここは、慣習なんだなって思いますよ。」
 
学生B「慣習?前聞いた、闇市とか、NHKの料金不払いの時にできた、国民の心の中にある法ですか。」
 
先生「はい。私はそれだけだなって思ってます。日本人が外国人に優しくするのも、別にそうしろと言われているわけでもなく、外国人が日本に来て、ただ普通に旅行するのも、一つの慣習です。」
 
学生A「え~そうなんですか。」
 
先生「だって、憲法に根拠が全くないんだもの。仮に見付けるとすれば、憲法前文とかね。『われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。』と書いてあります。これも、『信ずる』と書いてあるだけです。そしてここで、『政治道徳』というのを持ち出している。ここは国会議員の定めた『法律』ではなく、私たちが教養として持っている『道徳』に基づいているのです。」
 
学生B「う~ん。そうか。」
 
先生「というわけで、外国人については、憲法的な保障はありません。」
 
学生A「でも、それだと現実的に困るんじゃないですか?」
先生「そうですね。いろいろとごちゃごちゃとしていますが、結局は単純化すればこれだけです。日本国にとって損害のある外国人についてはNO.日本国にとって利益のある外国人はOK.
 
学生A「は?何それ?すっごい現金。」
 
先生「例えば、テニスプレーヤーの大阪なおみさんは、日本国籍を取るか、アメリカ国籍を取るか、といった話題がありました。彼女は黒人です。黒人差別の強いアメリカでも、彼女がアメリカ国籍になることを望みました。理由は、オリンピック金メダル候補だったり、テニスの4大大会で優勝する力を持っているからです。」

学生A「国も個人も大して変わらないなぁ~。」
 
先生「そうですね。明確に、『私はあなたの国に対してメリットがあります。』という人に対しては、差別なんてどうでもよくなります。結局はこんだけなんです。黒い肌を差別するんだけど、自分達にメリットをもたらしてくれるんだったらOK。そっちの方が優先。まぁ、差別されてる人たちも、あまり気にしなくっていいよってことでもあるんですけどね。そもそもの差別の根底が、私たちにとってマイナスな奴らだ!というのが根底にあるわけですからね。」
 
学生B「・・・。」
 
先生「外国人が日本に来る理由は、旅行目的、仕事目的がほとんどでしょう。旅行をすればお金を落としてくれます。仕事をする場合は安い労働力になってくれます。だから受け入れるのです。逆に、不法入国はもちろんダメ。麻薬の密輸とか、犯罪行為を目的とする場合は絶対ダメです。」
 
学生A「結局は金って感じですね。」
 
先生「まぁ・・・。そうですね。憲法よりも、お金が大事なのが現状です。とはいえ、こういう行動をしていても、憲法違反というわけでもないですからね。大まかに言えば、『国益』になるかどうか、がその外国人に対する態度の違いです。」
 
学生B「そうですか。」
 
先生「はい。だって、メリットのある人は受け入れて、デメリットのある人は受け入れない。これはそのまま国民の意思ですから。みんなそうでしょ?むざむざデメリットのある人を受け入れる国は基本的にはないのです。」
 
学生A「た…確かに。でも、イスラム国が中東で暴れてた時に、ドイツに移動した難民の人たちが大量にいて、ドイツは受け入れていたって言いますけど。」
 
先生「そうですね。これはドイツにとってデメリットが大きかったです。もちろん、これを行ったドイツは国際的に大きな評価を受けました。しかし、やっぱりやっぱり、「ドイツのための選択肢」という右翼政党が勢力を伸ばすきっかけにもなりましたね。また、受け入れたのはドイツだけではありません。そして、海外の戦争に対してもお金を割く話にもなってきました。彼らが入ってきたおかげで、ドイツ人たちの職が奪われるとか、税金が彼らに使われてしまうとかで、邪魔者扱いする人が多いことが窺えます。さて、ちょっと話が脱線してきましたから、元の話に戻りましょう。」
 
学生A「何の話だったっけ?」
 
先生「外国人についての規定は憲法にはない。ということです。だから、基本的に慣習法こそが、外国人に対する取り扱いになっている。私の考えはここにある、ということですね。」
 
学生B「ああ、そうでした。で、国益になるかならないかが重要な基準になっている、ということですね。」
 
先生「そうです。憲法第11条は、『国民は、』と言っていますが、自然人である外国人にも、人権享有主体性は認められます。これは当然です。しかし、日本国が、憲法上それを保障しているとはどうしても読み取れません。今の立場は、権利の性質上適用可能な人権規定は適用される、という判断のようです。これはすごい曖昧な言葉です。私個人の意見を言わせていただくと、何も言ってないのと一緒です。結局は慣習で決め、裁判官の胸三寸の気持ちできめちゃいま~す。と宣言しているにしか過ぎません。」
 
学生B「いかにも、すごいこと言っているかのように聞こえますけど、蓋をあけるとそれだけなんですか。」
 
先生「そうですね。私もこれを聞いた時は、馬鹿真面目に、むむ~。そうか!とか思っていましたが、よく考えてみると、結局何も言っていないのと同じことでした。狸親父に化かされた感じでしたね。司法試験にこの手の問題が出た時に、わけもわからずこのまま書く人は、非常に多いとおもいますけどね・・・。で、実際に外国人がいることで、色々と問題が起こることがあります。これは、彼らが犯罪者だというわけじゃないんですけどね。やっぱり相手が外国人だから、日本もちょっと特別なことしたくなるじゃないですか。そういうことをすると、外国人の人も、面白くない。例えば、指紋の押捺をしろとかね。これは、外国人が国内で犯罪を犯した場合に、本人を特定できるためにするわけですが、これを拒否ったりすることがあるんですよね。」
 
学生A「なるほど。そこでもめるんですね。国としては、自然権を行使して、外国人に何でもやっていいから、指紋の押捺もさせようとするし、そうしてもいい。逆に、外国人は、自分の自然権を行使して、それを拒んでもいい。自然権と自然権がぶつかり合うんですね。しかも、その自然権と自然権のぶつかり合いを調整する法律がない。」
 
先生「エクセレント!その通りです。例え法律があったとしても、それは、日本の憲法を根拠として作られた法律です。つまり、基本的に国と国民を拘束する法律であり、外国人についてはその法律は効果が及ばないというのが基本なんです。でも、外国人が、例えば日本で殺人事件を起こした場合、裁判官が刑法に基づいて殺人罪の適用をする。あんた、外国人だから、刑法無関係ね。死刑で、絞首刑じゃなく、市中引き回しの上打ち首獄門である。ということもありえるわけですね。実際そんなことはないですけど。でもね、本当は裁判をして犯罪者にすることも、理論上はできないはずなんです。実際はしていますけどね。だから、出入国管理法で、日本国から強制退去ってことになります。つまり、あんたはデメリットだから出て行け。ってことです。この出入国管理法は、何を根拠にできているのかというと、私は憲法というよりも、慣習法が根拠だなって思うんですよね。事実として、こういう外国人は、出て行ってもらわないと困るじゃないですか?
 
学生B「だから、権利の性質上うんたらかんたらで人権が認められる。となっていて、殺人罪の場合は、日本人がしたのと同じようになる、ということですか。で、犯罪者だと認められたら、国外退去?
 
先生「そうです。結局、日本人がしたのと同じように考えることができるよね。っていうくらいの理由ですね。例えば、アメリカ人がよく沖縄で未成年の少女を暴行する、という事件が起きていますが、彼らをしょっ引けないのも、米軍基地は治外法権だから・・・という理由を言う人がいます。しかし、治外法権も何も、外国人については、そもそも日本の法律が適用されない、というのが大原則なんです。
 
学生A「じゃ、じゃあ、本当にやりたい放題じゃないですか。」
 
先生「いえ、もちろん、刑事手続きには服しますよ?逮捕、拘留、裁判手続き、有罪確定、その後は禁固か懲役か?って、日本人だったらなるんでしょう。けど、そこはちょっと違うようで、外国人の場合は、国外強制退去になるんですね。その外国人の自然権をどうこうできるのは、その外国人が信託を寄せている国ですから。ですから、その国と条約を締結する。これが辛うじてできることになるのです。それ以外は全て慣習法だなぁって思います。」
 
学生B「なるほど・・・。条約。」
 
先生「犯罪人引渡条約。日本で犯罪を犯した外国人を、一定の条件下で相互に引き渡すことを義務付ける条約です。日本はアメリカ合衆国と大韓民国との間で締結しています。こんなの当然じゃん…と思うようなことでも、条約で決めておかないといけないんですよ。」
 
学生A「めんどくさ~い。ということは、アメリカと韓国以外では、こういうのに応じる必要はないっていうことですね。あれ?ってことは、さっきの沖縄米軍基地の兵隊も、引き渡さないといけないんじゃ?」
 
先生「ですね。それが、ちょっと調べてみたんですけどね。読んでてわっかりにくいルールだなぁ~って思うんですよ。もっとわかりやすく書けないものでしょうか。読み間違えが発生しますね。こんなルールだと。しかし、第五条に驚きの条文が。『被請求国は、自国民を引き渡す義務を負わない。請求国は、その裁量により自国民を引き渡すことができる。』都会てあるんです。」
 
学生A「ということはつまり?」
 
先生「被請求国は、この場合、アメリカですからね。アメリカは、自国民を引き渡す義務を負わないと書いてあるのですよ。」
 
学生A「うっそ・・・さいてー。」
 
先生「はい。だから、沖縄に来て少女を暴行して、基地に逃げれば勝ち、というアメリカ兵が多くいるわけです。」
 
学生B「そ・・・そんな条約結ぶ意味あるんですか?」
 
先生「無いわけではない。日本人が日本で犯罪を犯し、アメリカに逃げた場合は、日本人を引き渡せと言えば、応じるわけですから。」

学生B「・・・。」
 
先生「言ったでしょう。ルールなんて線引きにしか過ぎないと。そして、線引きは結局、立場の強い者に押し込まれるのです。正しいか正しくないかではないのですよ。そして、その正しさが何かさえも、線引きを強要できる存在が押し込める。勝てば官軍、負ければ賊軍です。これが世界を腐らせる理ですが、国は基本的に赤ん坊であり、性欲次第で意思を変化させる動物なので、これがまかり通るわけです。
 実際、アメリカに日本軍基地なんていうのがあれば、日本人がアメリカで同じことをすると、アメリカめっちゃ切れると思うんですよね。ですが、在米日本軍なんて聞いたことがない。恐らくは無いでしょう。かろうじて日本大使館に逃げ込む・・・という感じですかね。事実上の片務条約なんですよ。事実状態が対等になっている状態で結ばれなければ、対等な条約が結ばれる事なんてないんです。法律の内容だけが対等になっている中身がスカスカな典型的なザル条約のいい例になっています。この条約は。だから、在米日本軍基地を置き、日本人が基地外で犯罪侵して基地に逃げても引き渡しに応じませんよ。っていう状態になってから、この条約が結ばれないと、全く対等とは言えないんですよ。この点のみにフォーカスするならばね。」
 
学生B「うん。そうだと思う。でも、犯罪はダメですけどね。」

先生「今、中東の方でパレスチナのハマスとイスラエルが戦争を起こしています。そして、その戦火はレバノン、イエメンや、イランにまで飛び火しています。イスラエルの後ろ盾にいるのがアメリカです。おそらく、アメリカはイスラエルから多額の金やら、何らかの大きな便益を受け取っている可能性が高いですね。国は性欲で動く。なぜなら自然権国家が正体だからです。利益のない者には基本的に加担しません。」
 
学生B「今最も注目されていますね。ウクライナより目立っちゃった。」
 
先生「そうですね。暴力が世界を支配し、暴力が行われた後に、平和な顔した国民が立っているわけです。世界平和を望む人は多いでしょうし、パッと見て、そういうことを主張する人は素晴らしい人のように見えますが、日本だって、結局は相次ぐ戦争の果てに1つにまとまったようなところがあるわけです。
 私たちは犠牲者の上にたっています。きれいごとはいくらでも言えますが、ああいう戦火の中で、言葉を並べても空しく響き渡るだけでしょう。
 アメリカも、元々はインディアンを大量に虐殺した後にできた国です。そして、オーストラリアも、アボリジニを大量に虐殺した後にできた国です。ハワイもそうです。英雄は血みどろの歴史を経て栄光を手にする。そしてみんなその惨禍を忘れ、自分達の周りにあるものは、最初から当然ある。そういう状態になってしまう。国を一人の個人と見立てた場合、生きるためにお互いがずるい知恵を出し合い、生き残りをかけてバトルを繰り返し、利益になるところとは融合し、敵対するところとは分離し、そうして相手に死を与えようとする。生き残った人間たちは、さも当たり前のような顔をして立っている。人間の歴史はこれの繰り返しでした。私たちも例外ではありませんよ。」
 
学生B「そうですね。」
 
先生「ハマスや、イスラム圏の人たちがアメリカを目の敵にするのも、そうした既成事実を打ち立てようとする根性が気に入らないという思いなのだと私は考えています。私の考えはそうです。そして、イスラエルも同じです。アメリカと同じ、既成事実主義に見えますね。ロシアとか中国とかもそうです。どちらが先に既成事実を作ってしまうか。真実を塗り替えられるか。その闘争です。国は国民の主観を塗り替えれば許される存在です。だから、それこそが国の目標になる。実体はどうでもいい。国民から見た時に、自分達の都合のいい事実を見せることができれば、それでOKなのです。それで許されるのです。それが、犯罪を犯罪ではなくさせる自然権の行使なのです。」
 
学生B「なんちゅーことだ・・・。」
 
先生「この世界は残酷です。おっと。また話が脱線してしまいましたね。
まとめに入ります。」 
 
この章のまとめ
 
 基本的人権は、『国民の権利及び義務』という第三章で規定されている。『国民』とは、日本に自然権を信託した人であり、それは国籍によって判断される。ということは、国民ではない外国人には、憲法第11条の人権の享有が認められないのではないだろうか・・・。
 
 外国人も人間である以上、人権は当然ある。自然権がある。よって、人権享有主体性はある。しかし、外国人は日本に自分の自然権を信託したわけではない。だから、外国人は基本的に好き勝手できる。
 
 日本も、外国人から信託を受けているわけではない。だけど、日本国民の自然権を信託されて成り立っている。そして、自然権はなんでもやっていい権利だから、外国人が入ってくるなり射殺してもOK.
 
 しかし、それは日本にとってデメリットしかない。外国を怒らせるわけだし、死体の処理にも金と時間がかかるし、外国人が怖くて来てくれなくなる。だから、お金を払ってくれなくなる。国際的な援助もなくなるし、貿易も止められるかもしれない。

 国は結局、自分達の利益になる者は外国人であろうが、普通は差別される対象であろうが、受け入れる。逆に、自分達に損害をもたらすと思うものは、受け入れない。すなわち、結局は性欲が外国人に対する扱いの基準となる。
 
 外国人は日本で消費をしてくれるし、安い労働力を提供してくれるし、有名な選手であれば、何かの大会で優勝してくれるかもしれない。そういう時は快く受け入れる。

 学者や裁判所の判例では、権利の性質上適用可能な人権規定は適用していく、と偉そうな調子でいわれているが、結局は曖昧であり、何も言っていないのと一緒だと私は考える。
 
 それよりも、闇市やNHKの受信料不払い問題のように、国民の慣習によって、外国人の扱いが定められていると考えてよい。
 
 つまり、外国人については、憲法上の保障は及ばないのが大原則。
 
 アメリカ軍の兵が沖縄で好き勝手やって基地にトンズラするのは、その恰好の例。犯罪者引き渡し条約は、事実上の片務条約。
 
 じゃあ、外国人が普通に何かやった場合はどうすればいいの?となった場合、結局日本人の場合と同じだとみなせる場合には其れで対処し、そうじゃなかったらもうちょっと考える・・・。そうなっているのが実情。だから、人権の性質が~とか言ってるけど、結局はそういうこと。

 で、犯罪者と認定されたら、禁固か懲役か、死刑か?ってなるわけだけど、ここは国外退去になることが多いようだ。日本にとってデメリットな奴は、日本から出て行け、ということである。

 この一連の過程も、日本人の慣習が成り立たせていると考えてよいと、私は考える。
 
 


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