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感謝の気持ちとは

感謝とは何でしょうか。感謝しなさい、ありがたく思いなさい、そうした言葉をよく聞きます。

また、恩着せがましく、打算的な行動の後で、「感謝しなさい」という人もいると言えばいますし、言葉に出さなくても期待している人も多いものだと思います。

素直に、私たちの一種の感情として感謝の気持ちをとらえてみましょう。今までの人生経験から、どれだけ人に感謝の気持ちを持っていても、それは波のように押し寄せ、すぐに消えていきます。感謝の気持ちを持つことは一瞬は可能ですけれども、その気持ちが常に続くことはありません。

でも、私たちはその感情を「感謝の気持ち」だと考えているように思います。そして、感謝の言葉や、礼儀などで、その人に感謝の気持ちを表現します。

これが間違いだとは言いませんが、私はいささか疑問を持っています。
なぜならば、私たちが意識していない多くの人たちによって、私たちは支えられているからです。もし感謝の気持ちが上記のような心持を指しているのであるとすれば、私たちが意識していないそれらの人たちには、私たちは上記のような感謝の気持ちを持っていないといえるのではないでしょうか。

目の前に現れて、具体的に自分にとってのいいことをしてくれた人に感謝したくなる気持ちもわかるのですが、私たちの目に見えない、無数の人たちのほうが、よっぽど自分に対していろいろなことをしてくれているのだと思うのです。

そうであるにも関わらず、そうした人たちに感謝の気持ちを持てないのはどうしてでしょうか。そして、そう考えていくと、それは人だけではなく、周りの自然全体、地球全体、宇宙全体にまで広がっていくはずです。

私は感謝の気持ちというのをこのようにとらえています。

私自身は、決して私のみの力によって、成り立っているのではない。

感情はいりません。ただこのことを知っているだけで、人は謙虚な気持ちになれるし、誰に対しても、何に対しても、この事を思い起こせば、自分の力におごり高ぶることもないのではないか、そのように思うのです。

これが感謝の気持ちではないかと私は考えています。

人間を含む過去の無数の自然現象によって、私は今奇跡的にこの場所にいるのだ・・・。自分の力なんてちっぽけなもので、自分以外の力によるものがほとんどだ。

逆に、この定義から考えれば、この事を知らないこと。それに伴い、今自分があるのは全て自分の力だ。自分の能力によるものだと考えている人を、感謝の気持ちのない人だと考えることになります。

しばしばこのような気持ちになってしまう、メカニズムがあります。
例えば、学校教育で、クラスで自分が一番だったり、それなりに自分が努力をして何かを達成すると、人はそれを自分の力で到達できたと思うものですね。なぜならば、クラスの他の人間たちも、自分と同一条件であったにもかかわらず、自分だけがそこまでのことを達成できたからです。

そう考えると、あなたがすごいのだな、と言う人もいるかもしれませんし、自分がすごいと思う人が出てくるのもうなずけます。実際にドイツ人は、日本よりもこうした傾向が強く、周りの人たちは、「お前がすごい!」と言って褒めてくれるのだそうです。日本でも、~君すご~い!~さんすご~い!と具体的に自分を褒めてくれることもあります。

理屈を通せばそのような考えに至ることもある、というのは、私でもわかるのです。

同一条件下(全くおなじというわけではないが、違いの少ない条件の中)で競争なりなんなりを行わせたとき、その中で上位に入ったものは、どこか傲慢で、自分の能力を誇らしく思うことが多いものです。感謝の気持ちを大切にする日本でも、そういう人は割と多くいると感じています。

私はその原因をこのように考えています。それは、実際には感謝とは何なのかよくわかっていない人が多いということ、そして、誰かに何かをしてもらったときに生じるうれしさを、感謝の気持ちと思ってしまっている人が多いのではないかと。それは、感謝の気持ちの表現や、一時的な高ぶりではあるのかもしれませんが、感謝の気持ちそのものではないのではないかと。

だから、人から何かいいことをしてもらったときに自分はその人に感謝した、だから自分は感謝の気持ちを持っている。一方で、自分の努力でいい場所までこぎつけた。これは私の力によるものだ!といった分離が生じてしまうのであろうと考えます。

しかし、感謝の気持ちとは、あなたが自分で行った努力によるあらゆる結果全てを含めて、全て自分以外の存在による力がとてつもなく大きいということを知ることではないか、と思うのです。

私はちっぽけな存在であり、生意気な一人の人間です。そして、人に怒りや恨みなどの不快感を持ったりすることもある人間です。しかし、一方で、感謝の気持ちも持っている、このことは間違いないなと思えるようになったのです。皆さんありがとうございます!とははっきりとはいいません。しかし、私がこの世界にいられるのも、どこかにいる誰かであるあなたたちのおかげなのである、それは間違いがないと考えます。そこには感情の高ぶりはなく、単なる知識の片りんです。でも私はそれを思うことが、感謝の気持ちではないか、そう思うのです。


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