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なぜ転売はむかつくのか

転売ヤ―はなぜ糾弾できない?

私が何気なくインターネットを閲覧していて、転売にイラっと来た!という事件の記事を読んだことがあります。

AKB48だったかどのアイドルグループだったか知りませんが、販売したCDが即座にインターネットで転売されたということにメンバーの一人が激怒。

Amazonをはじめ、メルカリなど、自分で物品を販売できるような仕組みが整っているネット上では売れ筋商品を買い占め、高い価格で販売しなおす転売ヤ―が問題視されています。

転売はどうして取り締まりを受けないのかというと、民法上、自分がどんな意図で購入をしたとしても、売買契約に基づき金銭を支払いさえすれば、所有権が自分に移るからです。

所有権は絶対的なもので、自分がそれをどう処分しようとかまいません。法律的には全く問題がないのです。

実際、資本主義を支えている流通市場ですが、ある意味転売だらけです。
銀行も他人から預かったお金をすぐに他の企業などに貸し出すわけですから、ある意味資金を転売しているようなものですね。厳密にいうと、お金を販売しているわけではありません。お金の使用料を徴収しているわけです。ですが似たようなものですね。

卸した魚を販売する。これも一種の転売だし、転売ができなければ流通も成り立たないのです。

だから、農協とか漁協とかがこの仕組みの上に乗っかって、利益を吸収すると言うことが問題視され、今では直売りを基本とした仕組みへシフトすることで、却って成功を収めているところもあるようです。

流通市場に乗せてしまうと、顧客のところへ品物が届くときは、かなり高額になっているからです。

本題

で、なのですが、自分が作った作品を購入し、転売されるとどうしてむかつくのでしょうか。

私が今までの記事で語ったことと関係があるのですが、例えばCDを自分で出して販売した。これは、表現の自由が認められているからこそできることです。

そして、人は自分自身が作り出したものに対して、その物自体に価値を見出してほしいと期待しています。つまり、そのCDを聞いて、ああ~いい曲だな~って感じてほしいわけですね。お金が欲しいのはもちろんなのですが、販売をするのは、そこに基本的な思いをもっていることに間違いありません。

しかし、この期待に反して、転売ヤ―はどこに目を付けているのかというと、これ、いくらで転売すれば儲かるかな?というお金の部分であり、その作品自体には、全く価値を見出していないということです。少なくとも、転売された側には、そのように受け止められるのです。

つまり、浮かんだお金にだけ興味があり、あんたのCDの内容なんてほんとどうでもいいですよ。お金>あんたの作品、こういうノリなわけですね。

ということは、ここで自分達が一生懸命作り上げてきた作品に対する思いが否定される。期待が裏切られる。そういう感覚を覚えるのです。

よく、本当に欲しいと思う人に適正な値段で届かない。という理由を耳にします。これは確かにその通りです。だけど、買ってくれれば一応それはそれでいいし、後はどう処分されようが相手の自由なわけです。だって、それ以上の値段で売れると言うならば、なおさら自分達の作品にそれだけの価値を感じてくれているという証拠にもなるわけですから。私としては、その理由でムカッと来ているわけではなく、やぱり、その作品自体には、全く価値を見出していない、お金>あんたの作品=0円という態度が見て取れるからだと思います。もう一つは、こうした狡い稼ぎ方をしている人に対して、自分達は苦労してここまでしているのに、一体何なんだろうというやるせなさを感じることもあるでしょう。

もちろん、その作品が欲しかった人にとって、より高い値段で買わされるのは普通にむかつくことですね。

いずれにせよ、発売日以後1年間は転売禁止など、何らかの制限をかける必要はあるかもしれませんが、それくらいだったら粘って待ちそうな気がしますね。初回販売価格よりも高い金額で転売することは禁止!くらいの強い制約が必要になりそうですが、それだと何でも鑑定団などで骨董品に高値が付くなど、そうした世界も成り立たなくなります。何よりも、所有権の絶対性が脅かされてしまうことになります。

悩ましいところですね。

最初はお金をちゃんと払って購入する分、泥棒とは違うのですが、相手の価値をそのまま自分のものとして販売しているところが、泥棒と被っています。

いずれにせよ、転売ヤーのこうした行動は、相手の表現を0まで否定しているのと同じ意味を持っているのではないか。だから転売をされると非常に嫌な気持ちになるということではないでしょうか。

ただ、場合によりけりで、価値が認められているからこそ、転売ヤ―の眼にとまる、ということも言えるのですが、この場合はやっぱり売れ筋かどうか、というところに眼が付いているのであって、やっぱり目線は泥棒のそれと同じです。その物自体に価値があるというよりは、その物の「交換価値・利用価値」のみに重点を置いて物を見ているということで、決してその泥棒さんたちと、その内容について語り合い、意見を共有し、共感することなんてできないと思います。

一つだけ思いついたのが、著作権の一つとして、著作物価格決定権というものが読みだせるか・・・ということです!あきらかに転売は著作権者の心理を傷つけている面がある・・・。これを権利保護するには、価格を決定し、それ以降は変更されない権利というものを認める。

ただ、インフレとか、デノミネーションなどの関係で、その時の値段が全く通用しなくなる場合もあるので、とても難しいですね!




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