仕事が大切と言っている人はほぼ100%自分が大切なだけ

ショッキングなタイトルですけど、まぁそうですね。

これは、星の王子様の記事を書いた時にも書いたんで、閲覧注意です。

敗戦後の日本人の社会は、企業戦士の時代でした。24時間働けますか?という有名な言葉に代表されるように、自分達が企業を支えるという精神で動いていました。私の叔父さんは典型的な企業戦士で、朝4時に起きて夜は2時に寝る、なんていう生活を送っていたこともあるそうです。この方は奥さんが病気のため、病院通いもしていました。

自分がいかに仕事を大切にしてきたかが一つの自慢のようでしたし、親戚一同が集まるときも、よく話をしていました。

おじさんをディスるための記事ではありません。仕事がそれだけできる、というのはそれはそれですごいことだと思います。

では、なぜ仕事とはここまで大切にされているのでしょうか?

仕事をすれば生活の糧が得られる。
生活の糧が得られないのは仕事がないからだ。

この二つは対偶と言っていい関係になっている?それぞれの命題は真?

違いますね。仕事をしても糧が得られない場合があります。ノートで稼ごうとしても売れなければだめですし、糧が得られないのは仕事がないからではなく、結局はお金が手に入るような行動をしていないからです。

仕事の起源

私たち人類は、原始時代から仕事をしてきました。原始時代の仕事は、狩猟・採集でした。

仕事は、自分が腹を満たすために行う活動です。

やがて、農耕が始まりました。農業も立派な仕事です。実った作物を収穫し、自分の腹を満たします。

そうして、国が出来上がり、支配層ができあがりました。支配層は、直接食べ物を取得する行動はとりません。

 多くの人間を支配し、秩序や調和を保つ、といった仕事を引き受けたり、食べ物を奪いに来る存在達から、自分達を守る、という防衛の役割を果たすようになりました。つまり、食べ物確保のための、保守活動がメインの仕事なのです。

 こうした流れを機に、被支配層は、支配層に対し、税という形で、自分達の取得物を献上することになりました。

 そこから、富本銭とかをはじめとした、貨幣経済が浸透してきました。お金を貯めれば、様々なものと交換できるようになりました。ということは、お金を獲得することが、食べ物を手に入れるための行動となったのです。そのお金を稼ぐ行為が、仕事とされているわけです。

 そして、この考えには拍車がかかって行きました。商人というのは、まさにここに焦点が当たっている人々でした。
 実際の食べ物(物)と、お金は分離した状態で存在できます。そのため、お金はお金だけを手に入れることができます。お金は動産の代表的なものです。例えば、私があなたからお金をくすねて、バレなければそれまでです。

 そうして、お金をかき集めることに注目が行き、物を生産する、ということには目が行かない人間が大量に登場するようになりました。

 タガが外れた人たちは、人を騙し、奪うようになりました。
 命を奪う戦争はなかなか起きなくなりましたが、お金を奪い合う戦争は、各所で発生するようになりました。

仕事の真実

 私は、素人でもわかる法律入門シリーズで、このようなことを言っています。

 犯罪とは、許されない仕事であり、
 仕事とは、許された犯罪である。

 動物を殺すことは、動物愛護法違反となる場合もあり、一方で、猪を狩ったり、鹿を狩ることは、認められている面もあるわけです。

 植物も、細胞でできている以上生物です。したがって、彼らを狩ることも、実は生き物を殺していることになるわけですね。

 法は人間社会の秩序を保つために作られているわけであり、全ての生き物のために作られているわけではありません。法を正しいと思うのは間違いです。正しいとされているのが法です。そもそも、正しさというのも、結局は人が勝手に決めるものです。

 お金は、生き物の死から生み出されます。なぜならば、食べ物の素は生命だからです。従って、間接的にお金を稼ぐことは、生き物の死を間接的にもたらしていることになるわけです。

 死があるから、生がある。死があるおかげで、今の生は存在する。

 これが原則です。私たちがお金を稼ぎ、生きていけるのであれば、そこには死が横たわっています。

 例えば、郵便の仕事。文書や荷物を配達します。配達する、という行為には、生き物の死は関わりません。だから生死とは無関係のように見えます。ですが、お金を取れば、それでも生死は関係しています。

よく、医者がこのような台詞を言います。

「命を助けてやって、お金を取って何が悪い?」

実は、命を助けて、お金を取ると、別の命がどっかで失われたことになります。(そもそも、命が失われる機会がなければ、病院は経営していけません。)

医は仁術なり、という言葉があるように、理想論を言えば、医は無私無償の行為でなければなりません。それが医は仁術なりの言葉が生まれた背景です。

仕事の対価は、今や常にずれている

米を生産すれば、実った米しか手に入りません。一方、例えば、固定給とか、規則で決まっている給料や手数料などがあるとします。その場合は、仕事の内容と、手に入る対価が、ズレる場合がほとんどです。

総理大臣は、月の給料が1250万円とききます。私はどう考えても、1250万の仕事はしていないと思うんですよ。米が20kgで10000円だとしましょう。1250×20で、25000kgの米を生産するのと、どちらが大変でしょうか。しかも、米が1か月ごとに出来るならばいいですが、1年に1回です。

これを見ても、「仕事の価値が実体と乖離している」、ということがよくわかります。逆に、仕事の価値の方がずっと少ない場合もありますが、多くの場合は、多い場合の方が多いです。

本当は、経済という仕組みをとっても、本来の物と価値は連動していなければなりません。実体経済と名目経済があり、常に名目経済だけが独り歩きするのが普通です。金だけが乱高下します。

つまり、総理大臣も、「利ザヤで生きている」、ということです。

自分達が生産したものを直接取るという仕事から、いつしか、仕事と言われているものに、自分達が独善的に価値を設定してしまうようになりました。利ザヤが無ければ、生きていけません。生産するよりも、より多くの価値を稼いでいるのです。そして、そうであってよい、としているのも、法律の役割なのです。

こうした、利ザヤが多い人は、自分が生きるのに必要以上のものを取っている、ということになります。

肉食動物でさえも、むやみやたらと別の動物を襲ったりはしません。しかし、人間は貨幣経済という仕組みを成り立たせるため、常に他の命を脅かし続けているわけです。生きるのに必要であるかどうかとは無関係です。

仕事はゼロサムゲームである

仕事は大切だ、と言われて久しいですが、今、地球環境の破壊により、深刻な事態になっていますね。世界各地で大規模な山火事が相次いでいます。日本も毎年山火事が起きているようですが、私がテレビで見て認知するほど、大規模になってきました。(それまでは、どちらかというと珍しい災害だと思っており、あんなに多く起きていると思っていませんでした。)

地球環境が破壊されてしまうのも、仕事がもたらしたことです。世の中に、質量保存の法則、というのがあるように、仕事はこの世の中をよくするか、というと、実際はよくしていません。利益を得て喜ぶ側と、利益を取られて悲しむ側に分かれているだけです。足して0です。

仕事が大切、と言って一生懸命頑張っている人は、別にそれはそれでいいんですけど、実際は個人の自慰をしているようなものなのです。

仕事より大切なものがある場合、彼らはそちらに移れるか?

私は、仕事が大切、と言っている人たちに多く出会ってきましたが、仕事よりも大切なものがある、ということに彼らの目は行きません。

また、仕事が大切、と豪語する人にこそ、私は絶対に失敗できない仕事を任せたいと思っています。ですが、彼らはそちらの方に行こうとも思わないようです。

さらに、仕事よりも大切なことがあるとした場合、彼らがそちらの方に身を切り替えてさっと動いてくれるんだろうな~と、子供の時には期待していたこともあります。しかし、彼らはそんなこと何ごとでもないかのように、毎日生活しています。

結局、自分の身を守るために仕事をしている、というのが正体だったわけです。言葉のレトリックです。

 仕事が大切。だから仕事をする。
 
 というのであれば、大切なことであれば、その人は進んでやり遂げるはずです。ですが、大切なことがあっても、そっちの方は蔑ろにしている、という人がよくいます。やばいのは、仕事以外のことは大切ではないかのようにさえなっている人がいるのです。

 総理大臣の給料はなぜ1250万なのか。それは、彼らがそうだと決めたからです。それと同じことです。仕事はなぜ大切なのか。それは、彼らがそうと決めたからです。ですから、彼らが大切だと認知していないことは、大切ではないのです。

 私は、こうした人たちを仕事教徒と呼んでいます。仕事が神になっており、仕事が絶対神です。宗教は、神のおかげで生きていける、神を侮辱するな!と言った典型的な思考パターンがあります。これをそのまま仕事にあてはめると、仕事のおかげで生きていける、仕事を侮辱するな!という、典型的な思考パターンにあてはまります。

日本人にとって、仕事は宗教なのです。日本人は、仕事教の信者がすごい多いと私は考えています。日本人は働きすぎだ!と言われていた時代があり、今もそうかもしれません。でも、そういわれてしまうのは、仕事が宗教になっていたからです。資本主義の精神です。

神は嘘の塊なのですが、いい嘘は、事実とうまく混ざることにより、人々の頭に浸透しやすくなります。

確かに、仕事が無ければ、私たちは生きていけません。だから、仕事は私たちが生きる上では、大切なことです。しかし、私たちが生きることがそれほど大切なことなのでしょうか?自分は生きる価値なんてないのに、お金が入る場所にいて、仕事はできるから、生きることができている、と考えることはないのでしょうか。例えば、軍事基地を提供し、毎月多くの賃料が入るだけで、毎日遊んで暮らしている人とか。

 仕事が大切なら、もし自分よりその仕事ができる人間がいれば、喜んで座を譲るべきだし、他者の仕事上の失敗も絶対に喜んではいけません。むしろ、その仕事がよりよく達成できるように、知識も、知恵も、全て伝達し、自分以上の存在を育て上げるような気がいを持った方がいいでしょう。だって、仕事が大切なんですから。でも、私が生きている上では、そんな発想を持っている人は、そう多くはありません。

 で、人手が足りなくていま困ってるとかいう始末。その仕事がよりよく達成できるように、知識も、知恵も、全て伝達し、自分以上の存在を育て上げるような気がいを持った方がいい といいましたが、少しでも早いうちからこうした気がいをもっていれば、今頃、換えの利く人材も多く存在していたのではないですか?

 自分を守りたいから、塩は送ってこなかったんですよね。

 自分が生きてくために、仕事というものを利用して、自分を守っているだけなのであって、仕事が自分を守ってくれなくなれば、その仕事とはおさらばです。金の切れ目が縁の切れ目です。

 機械が台頭し、無くなった仕事は数多くあります。仕事が大切であるならば、その必要なくなった仕事を今も続けていくべきです。あ、もうこれじゃ、金稼げないんだ、じゃあ君要らな~い。ってなるわけですね。(私ってすごいサディスト?)

 ということは、仕事が大切っていう人は、今の時代も、失われた過去の仕事をし続けなければ、筋が通らないと思うんです。つまり、原始時代の狩猟・採集の生活を行ったり、絶滅した動物を、頭の中で追いかけ続けていなければいけません。仕事が大切なら、もう食っていけないからといって、仕事を捨てるなんてこと、してはいけないからです。

そういうことをするっていうことは、少なくとも、仕事が大切だという言葉通りではありませんよね。自分が大切だから、自分のために仕事やってるんです、と正直言ってくれる方が私はすっきりします。

 で、仕事が大切、と言っている人たちは、例えば子供がゲームをすることを、遊んでばかりいる!といって非難してきましたね。ですが、今やゲームを仕事にしている人がいます。これは、今までは仕事ではなかったものが仕事になった例です。

 彼ら自身、何が仕事で、何が仕事ではないか、実はわかっていないのです。ただ、仕事であると言われていることをやっているだけで、ドラえもんのポケットのように、都合よく、仕事の内容は変化していくのです。何でも入るのです。そんな曖昧で、正体不明なものを、大切だと言っている彼らの頭の中は、私にとっては、すっかり洗脳されて頭がおかしくなった人にしか見えないんです。

 今仕事だと言われていることは、将来は仕事ではなくなる可能性が高いです。逆に、今仕事じゃないと言われているものは、将来仕事になる可能性がある。かれら自身が、何が仕事であるのかを分かっていないわけで、でも仕事は大切だと言っているわけです。彼らが仕事じゃないと言い張るのは、そんなことやってても、自分達が生きていける手段ではないと思っているからなんですね。ということは、やっぱり仕事が大切なんじゃなくて、自分が大切なんです。仕事が大切だというのならば、いつ、どこで、その物事が仕事になるのかわからないこの世の中、いろいろな行動に、価値をおくべきではないですか?

 皆自分を都合よく洗脳しているなって思います。多くの仕事人を敵に回す考えですが、私はこっちの方が正しいと思うんですよね。

 例えば、風俗業は仕事ですか?インターネットテレビを見れば、万を超えるAV産業の作品が見れます。仕事が大切だと言っている人にとって、これも仕事ということになりますか?

 例えば、昔、漫画業は悪書だと言われてきました。漫画を読むと馬鹿になると。馬鹿になるというよりは、漫画ばかりを読んでいると、活字読書をしなくなるので、頭がよくなる機会を逃している可能性はありますよね。そういうわけで、ちょっとずれた非難だったんだろうと思います。

 ですが、漫画業のおかげで、例えばコナン君のおかげで、鳥取は栄えています。漫画も、元々は仕事ではありませんでした。

 何が仕事で、何が仕事ではないかは、結局は勝手な人間の勝手な取り決めにしか過ぎないのです。

 仕事が大切だと言っている人は、少なくとも、仕事が何かをしっかり理解してから言ってもらわないと、無責任な発言ばかりしてしまっている、私からすればイタイ大人にしか見えないです。

 ああ、敵が増えるかな~。

 





 



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