よくわかる法律入門 #10 憲法第15条について

第十五条

公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。
②すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。
③公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。
④すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。

公務員について
 
先生「第15条では、公務員について述べていますね。公務員ってそもそも何でしょうか。」
 
学生B「えっ・・・。国の機関で働く人?」
 
先生「まぁ、そうですね。公務員は、国家公務員と地方公務員がいて、さらに様々な分野に分かれています。文系から理系までね。人事院の白書っていうのがあるんですが、【「公務員」とは、国会議員、大臣、裁判官をはじめ立法、行政、司法の各部に属するすべての職員を含み、かつ、地方公共団体についても、長、議長その他の職員のすべてを含む概念であり、広く国及び地方の公務に従事する者のすべてを指す】とされています。」
 
学生A「そうなんですか・・・。結構曖昧っちゃ曖昧ですね。」
 
先生「はい。大体300万人~400万人くらいいるようですね。日本には。」

学生B「300万ですか・・・。日本国民が1億人だとすると、3%くらいですね。ですが、その人の家族を合わせると、6~8%くらいになるのかな。」
 
先生「はい。福利厚生も充実していて、不況に強い職業なので、大変人気です。幼いころから勉強する人が目的とするのは、公務員になること、親御さんも、公務員になってほしいと考えていることが多いですよ。それはいいとして、どうして第15条に公務員のことがかかれているのでしょうね。人権とどうかかわるのでしょうか。」
 
学生A「わかりません。あ~。親が勉強しろってうるさいのはそのためなのかなぁ。」
 
先生「公務員も自然人であることに変わりはありません。しかし、国の機関に従事して働く、という点が一般の自然人と違うんです。だからね、この点で、公務員と言う自然人については、一般の自然人よりも、国側がその人権をより強く制限することができるんだ、という考えがあるんですよ。」
 
学生A「例えばどんな感じですか?」
 
先生「例えば、国家公務員については、国家公務員法というのがあります。身近な所を言うと、国家公務員って、転勤があるんですよ。そういう意味で、居住・移転の自由が制限されている、ということもできますね。
 他にも、良く論じられるのが、労働基本権の制限です。例えば、警察官、消防員、自衛隊員、海上自衛隊員とかいますよね。」
 
学生B「はい。」
 
「こうした公務員が、ストライキをしたらどうします?」
 
学生A「ストライキ・・・。つまり、職務を止めて、国に対して自分達の処遇の改善を求めるということですか?」
 
先生「そうです。いざ敵が襲ってきたときに、自衛隊員がストライキしてたり(戦争に参加するとすれば・・・)、犯罪者が出たのに、ストライキ中ですから捜査しません、なんてことになると困りますよね。火事なのにストライキしてますからほっときますとか。犯罪や火事が深夜に起きても出動しなきゃですから、深夜の労働もつきものです。」
 
学生B「確かに・・・。」
 
先生「このように、公務員は、ストライキをする権利は制限されると考えるのが一般的です。公務員は全体の奉仕者である、という文言は、そのための1つの根拠になっているんですね。一部の国民のために活動していい、ということになってしまうと、公務員も自然人ですから、公務員という一部の国民のための待遇改善を要求してもよくなりそうですし、特定の人たちには何もしなくてOKとなると、不公平です。」
 
学生A「なるほど。つまり、公務員についての規定がここにあるのは、さっきまで学んでいた人権の、特別な規定だから、ということなのでしょうか。」
 
先生「そう考えることもできますね。しかし、そのことは後でも述べます。そして、国というのはどこにもないということは既に学びました。実際は、内部に少数の人間がいて、ちょこまか動き回っているのが正体なのです。で、国を運営したい、というのが、彼らの満たしたい自然権なのです。ですが、国を運営するためには、そのための自然義務を履行し、その義務の履行に伴う自然責任を背負わなければならない。これが原則でしたね?」
 
学生B「はい。」
 
先生「国というと、いわば巨大企業ですから、それなりの人間が、自然義務と自然責任を分担してもらわなくては、とても運営なんてできないわけです。その自然義務と自然責任の分担された先にいるのが、公務員なのです。」
 
学生B「なるほど。でも、それって義務と責任ばかり押し付けられているように見えますね。」

先生「そうですね。だからこそ、福利厚生が充実し、当然ですが給料もある。不況に強い安定感!と言った魅力的な条件があるっちゃあるんです。その義務と責任の対価として、そうした保障を受けている、と考えることができます。」
 
先生「ですが、企業は普通、利益獲得を権利として行使し、それに伴う義務を果たし、責任を負います。国は、国民全体に奉仕するものだということで、目的が全く違うのです。」
 
学生A「全体に奉仕する・・・。」
 
先生「はい。全体に奉仕する、日本国民全員に、という意味です。ここから『公平に』、と言う意味を読み取ることもできます。あなた気に入らないからあなたのために仕事(奉仕)はしません・・・ということはできないんですね。もちろん、その職務内容も全て公平でなければなりません。このように、中立公平であることが求められます。積極的にも消極的にも、特別扱いはできないんですよ。そういう意味で、先ほどの第14条の法の下の平等が活かされる職業でもあるわけですね。だから、14条のあとにかかれているのかもしれません。」
 
学生B「つまり、公平さを確保するためにも、公務員全体に対して、その個人個人がそれぞれ勝手に自然権を行使する状態を否定されているわけですね。」
 
先生「その通りです。じゃあ、どこまで制限されるのかという問題が、色々と争点になるわけですね。」
 
学生A「何か…段々難しくなってきましたね。」
 
先生「はい。こういうところは、法学部に行けば、より詳しく学ぶことになりますよ。自然権の話は基本的なもの。そこは間違いないのですが、その次元で話ができるのは、最初のうちです。国の要求と、個人の要求、どちらがよりよく満たされるべきか・・・という価値判断が主流になっていきます。その判断を巡っていろいろと言い争いが起きるのですよ。」
 
学生B「簡単に考えれば、その二つの綱引きなんですね。」
 
先生「そうです。国は国にとって都合よく、個人は個人にとって都合よく、物事を考えたいのです。お互いがお互いの自然権の保障範囲を巡って、領土争いをしている、と考えることができますね。」
 
学生A「なるほど・・・。こんなところで戦いが・・・。」
 
先生「でもね、公務員が自然人なら、公務員にも他の自然人と同じ水準の自然権が認められていいはずだ、という考えは、やっぱりあるわけですよ。じゃあ、どうして公務員はそんなに自然権を制限されなければならないのか・・・ということが、論点になるのです。これは、学者さんの話によれば、『公務員の存在と、自律性が、憲法秩序の構成要素として認められている』からだ・・・というんです。」
 
学生A「何ですかそれ?」
 
先生「簡単に言うとね、国というロボットがあって、それが動くためには、みんな型にはまった部品にならなくちゃいけないということです。国に自然権を信託し、憲法というものを作った。国を巨人だと思っていいですよ。私たちの体も、画一的に身体が構成されていないと、どこか病気になってしまいますよね?
 じゃあ、その国が動くためには、もう自然人であるということをやめ、国自体を動かすための、機械部品になることを要求されるわけです。私たちはみんな個性があってね、様々な形をした部品なんだと思ってください。でも、それだとロボットの規格には合わない。尖ったところは削ってしまわないと国というロボットの規格にはあわないんですよ。で、皆同じ型にはめ込んでいかなくちゃいけない。ものの見方もみんなステレオタイプになっていく。個性というものを捨象していく。公務員にはそれが求められるのです。」
 
学生B「あ~。だから、あんな四角四面なイメージなのか。公務員て・・・。」
 
先生「まぁ、そうですね。実際はいろいろな人がいますけど。『公務員の存在』は、憲法15条で認められています。自律性というのは、自分を律する。つまり、ルールで縛り付ける。これはつまり、『自分自身の自然権を自分で制約すること』を意味しています。憲法秩序というのは、憲法自体が安定的に成り立っている状態ですよね。そして、それを行うためには、ルールや仕組みが必要です。そのルール・仕組みが、そのルール・仕組みでなければ、憲法が憲法であるとは言えません。ですから、線引きからはみ出るような人間はいてはならないのです。」
 
学生B「すっごい窮屈なイメージですね。」
 
先生「そうかもしれませんね。例えば警察になった人は、警察官はつまらないという人が多いです。公務員は、人間であることをやめることによって成り立つ職業ですからね。つまり、極端に言えば、逆に自分を機械化していくことで成り立つようなところがあります。憲法や国の部品になるのですから。別の表現でいえば、国という巨人を動かすための、臓器や、酸素を運ぶ血流のような役目と言っていいでしょうか。政府がブレーン、脳ですね。脳は馬鹿で、楽をする方向ばかり考えるとお医者さんお墨付きです。だから、ストッパーの理性として野党や、法律、国民がいる、という建前になっていることになるわけですが、脳のブレーキはなかなかききにくいようですね。
 公務員は、待遇はよく、労働条件も、ブラック企業なんかと比べるとずっといいです。福祉も充実しており、退職金もある。不況にも強い。生きていくにはとてもいい職業です。自衛隊などは、国に襲ってくるvirusを撃退する免疫部隊のような感じですね。」
 
学生B「なんか、先生、嫌味に聞こえます。」

学生A「ほんと・・・公務員は人間じゃないっていう意味に聞こえます・・・。」
 
先生「そうですかね・・・。でも、私はその通りだと思っているし、それ以外なんて言えばいいのかわかりません。公務員は、人間であることを、一部放棄することで出来る仕事なんです。極端なことを言えばね。でもね、会社に入った従業員も似たようなものですよ。これは、ひどいところでは社畜とか言われたり、奴隷と言われることもありますからね。人間じゃなくなってるでしょ?利益のために燃料として扱われているようなものですね。」
 
先生「そして、公務員に至っては、もう国側の人間と考えていいわけですよ。国は公平中立をモットーとしています。ですが、やっぱり国は国に都合のいいように動きたいという気持ちも持っているのです。自分達のなかにある欲求を優先する、ということですね。」
 
学生B「国の都合のいいように?沖縄米軍基地の辺野古移設とかですか?」
 
先生「そうですね。それは今とてもホットな話題です。沖縄県の人々は多くが反対しています。ところが、政府は全く言うことをきかずに工事を継続している。どうしてでしょうか。」
 
学生B「アメリカの言いなりになっているから?」
 
先生「まぁ、そうかもしれません。ただ、一つ根拠を上げるとすれば、本州・四国・北海道・沖縄以外の九州の人間たちにとっては、沖縄米軍基地は、さほど気にならないという無関心な態度があげられます。沖縄県の住民と言えど、日本国民の中ではごくわずかです。国中の人間が反対の意思を示せば、自然権の量が大多数を上回るので、おいそれと国も無視できないのかもしれません。(それでも無視するような気がしていますが。)逆に、沖縄以外に基地を移設できないのかと言われると、どの都道府県も、嫌だというわけです。こういうのを、地域エゴと言うんですよ。」
 
学生A「基地自体を無くすことはできないんでしょうか。」
 
先生「日米安全保障条約という条約がありましてね。『第六条
 日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。』と書かれています。許される…と書いてあるため、日本が許可しなければならないようにも見えますが、認めるという選択肢しか残されていないのが実際ですね。沖縄が基地建設の場所としては最も良いと考えられているのです。安保闘争は、この条約自体に不満があるために起こされたわけです。確かに、お決まりの片務条約ですからね。」
 
学生B「な~るほど!だからあれだけみんな一生懸命だったんですね!で、それが出来上がったうえで、じゃあ基地はどこに作るかと。皆自分のところには作らないでくれと。自然権は擬制にしかすぎませんからね。そして、結局は数の大小で決まってしまう。死刑制度もそうでしたね。ということは、辺野古基地移設をするかどうかも、大多数の国民がそれでいいという態度を示せば、そうなってしまうんですね。」
 
先生「そうでしょうね。内心は反対している国民は多いのかもしれませんが、無関心な人が圧倒的だと思います。喉元過ぎれば熱さ忘れる作戦ですね。前著でこのように言いました。プーチンがウクライナへ戦争をしかけても、ロシア国民全体が許すような気分になってしまえば、プーチンの犯罪行為は許されると。
 これは、政治家の常套手段なんですね。国民が許す気持ちになれば、辺野古移設も結局は許され、みんな気にしなくなっていく。森加計問題について、皆の気持ちが静まってしまったのと同じようにね。裏金問題もまた、熱さを忘れていくことになるはずです。
 私は偉そうに賛成とも反対とも言えませんが、政府の沖縄県民の人たちに対する対応の仕方はどうかなと思いますよ。変な話、沖縄の人たちが全員キレて、日本はもう私たちのことを大切にしてくれない!自分達は中国の属国になります…とか言い始めたら、戦争が起きたりして、さすがに慌てるかもしれませんね。沖縄は経済もやばいらしいですし。」
 
学生B「日本だと自分達の意見を大切にしてもらえない。他の自然人たちも、自分達に嫌なものを押し付けている。ならば、こんな国に自分達の自然権を信託していたくない・・・。そう考え始めるということですかね。」
 
先生「可能性としてはね。ただ、自然人がそれぞれ国籍を離脱する自由はあるかもしれませんが、県ごと別の国へ属させる自由というのは、自然権の権利としてはあったとしても、法律の手続きとしては憲法上保障されてはいませんね。昔、日本の九州でも、梅北国兼と言う人が、独立戦争を起こしたことがありました。こういうのは、内乱罪とされてしまうでしょうね。」
 
学生B「イギリスのスコットランドがイギリスから独立するという話が、一時期出ましたよね。イギリス自体も、EUから離脱するということがありましたし。」
 
先生「まさにそういう感じですね。ただ、あれは投票が行われた民主的な手続きでした。でも、日本では日本から独立したい県が投票を行い、過半数でもあれば認められる、そういう手続きは聞いたことがありません。
 日本としては、沖縄は絶対に手放したくないでしょうね。だけど、沖縄の人たちは、一体どのような思いでいることやら。」
 
学生B「日本に頼りにされている県と言い換えることもできますよ。」
 
先生「頼りにされている・・・というよりは、依存されている感じですね。中国が台湾へ侵攻するのも間近と言われていますから、沖縄が要塞島になっていくのではないかと思われます。」
 
学生B「結局、不公平なところは不公平なままなんですね。」
 
先生「う~ん。例えアメリカがいなかったとしても、地政学上沖縄は基地を作るのに魅力的な場所である、ということは確かでしょうね。
 今の日本は、主権、つまり、国の自然権が、アメリカという別の自然権に押さえつけられています。ですから、自分達の自然権だけで語ることは、もはやできないのですよ。アメリカとしては、世界の秩序を自分達が守る、世界の警察を名乗っているのです。しかし、その警察行為を行うためには、やっぱり自然義務と自然責任を負担してくれる存在が必要になる。その中に、日本という国が従業員として組み込まれているのです。だから、日本は、国として独立しているように見えて、事実上は、アメリカの属国、機械部品のようになっているのですね。アメリカの公務員日本という感じでしょうか。」
 
学生A「なるほど・・・。」
 
学生B「機械になるか・・・。生活は保障されるけど、なんか大切な物を捨てている気もする・・・。」
 
先生「仕方がないんですよ。ちゃんと動いてくれないと、それこそ国が困る。
 例えば、先ほどの肖像権が保証されると言った矢先、また警察官がカメラをバシャバシャと取り始めたらどうします?国としては、全ての警察官がビシッとカメラによる撮影を禁止するようにしてくれなければ、憲法違反になるわけです。賠償請求をされたりもします。公務員は300万人程度、そのうち警察はそのごく一部とはいえ、数十万人はいるでしょう。そういう人間たちを、画一的に処理しなければならないのです。人間一人一人の個性と向き合っていたら、とてもじゃないけど時間がたりないんですよ。」
 
学生A「なるほど・・・。国と個人・・・国で決まったことは、その中で働く全ての人が、全て一枚岩にならないとダメなんですね。大変だなぁ。」
 
先生「でしょ。だから、自然権が認められて、自由に動いていいですよ、なんていうのは、とてもじゃないけど認められません。国という1つの存在になるための、構成部員になるわけです。個性が出てしまうと、そこだけ特別な行動をとることになってしまうのです。それはやめてほしいのですね。また、こうすることが、自然人たちとの間の約束事を果たすことになるのです。
 そこがまた難しいのです。連日放送されるように、自然権を自由に行使してはみ出しちゃう人は毎年必ず出てきます。やっぱりルールとかでは人間は縛り切れないんですね。逆に縛ろうとしたら、ストレスがかかっていき、却って快楽を求めるようになっていく、ということもあるでしょうね。」
 
学生B「公務員の頭が固いのはこんな事情が背景にあったのかぁ~・・・。で、あれだけ真面目な感じなのに、なぜか不祥事もでると・・・。なるほど。やっぱり根は自然人。なかなかうまくいきませんね。」
 
先生「そうですね。AIに裁判をまかせればどうか・・・という話も最近持ち上がっていますし、人間だとやっぱり、機械にはなり切れませんね。」

先生「で、ようやく条文の話になるんですが、公務員を選任すること、罷免することは、国民固有の権利である…と言われていますね。公務員は憲法秩序を維持するための存在でもあるわけですから、どのような人物が公務員になるのかによって、影響が出てくるわけです。つまり、憲法の維持は、公務員の質が大きく関わっているわけですね。従って、憲法の作り手である自然権保持者たる国民は、公務員の選任や罷免の権利も与えられている、ということになります。」

学生B「ええ。よくわかります。」

先生「で、全体の奉仕者である、というのはさっき話しましたね。公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。これは、そのままですね。」

学生A「えっ?これって、政治家さんのことじゃないんですか?」

先生「そうですね。選挙によってえらばれるのは、国会議員とか、地方議会議員とかですね。国会議員や地方議員も、公務員です。」

学生B「他にも公務員っているんじゃないですか?警察官とかも。」

先生「そうですけど、彼らは公務員試験に合格することによってえらばれます。」

学生A「議員は選挙なのに、警察とか裁判官とか、そういう人たちは試験なんですか?」

先生「はい。まぁ、次の質問はわかりますよ。何で?ですよね。」

学生A「はい。」

先生「一つ言えることは、警察とか裁判官とかは、全て法に服する存在だからですね。で、国会議員や地方議会議員は、法律や条例を作るわけです。」

学生B「そうか・・・。つまり、警察官や裁判官とかは、国会議員の作った法律に服するから、その法律が何であるのかによって縛られる存在なので、国民から直に選ばれる必要はないということなんですね。大切なのは、どのような法律を作る存在か・・・ということですね。」

先生「そうですね。他の公務員は、そのルールに基づいて動く機械みたいなものなので。そのルール自体がどうであるか。これが国の運営に直結するわけです。だから、国民がこの国を運営するにあたって、立法機関について、選挙を通して自分達の意思を反映するようになっているわけですね。だけど、裁判所については、最高裁判所の裁判官については、国民審査というのがありますよ。」

学生A「最高裁判所の裁判官だけ?どうして?」

先生「最高裁判所はね、憲法裁判所って言われているんです。つまり、具体的な事件が起きて、裁判所に訴えられて、第一審、第二審、そして、最高裁判所の第三審が行われるんですけどね。第一審、第二審は事実審と言われ、事実に基づいて法律を適用するんです。有罪判決とか、無罪判決とか。で、第三審はちょっと変わっていまして、法律が憲法違反であるかどうかを審査するんですよ。」

学生B「????よくわからない・・・。3回事件をチェックして、厳重に審査する、なんていう風に聞いたことあるんですけど。」

先生「そうですね。私もそう思っていた時があったんですが、最高裁判所はちょっと違うんです。法律が憲法違反であるかどうかなんですよ。例えば、尊属殺人の判決で、1審と2審の場合は、具体的に起きた事件が尊属殺人かどうか、殺人が実際に会ったか、誰によって行われたか、とかそういう【事実】をターゲットにするんですけどね。第3審は、尊属殺人の規定は、憲法に違反するんじゃないかってことが争われるんです。法律自体がどうなんか?ってことで、法律審なんですよ。」

学生B「めんどくさいしややこしい!」

先生「ですよね。でも、もし尊属殺人が憲法に違反していたら、尊属殺人の規定はダメ、ということで、被告人は普通の殺人罪よりも重い刑罰で処罰されることはなくなります。」

学生A「なるほど・・・。事実でだめなら、法律自体を否定してやれば、今までの有罪判決は根拠を失うわけですね。」

先生「その通りです。全ての法律は、憲法を根拠として生まれてきます。だから、法律自体が憲法に違反している、ということは、その憲法からこんな法律が産まれてくるのはそもそもおかしいんじゃないんですか?っていうことなんです。最高裁判所は、それを審査するんですよ。」

学生B「あ~。なるほど・・・。」

先生「で、成年者による普通選挙を保障する。ということですが、これは歴史を勉強していただけたらわかりますかね。成年者に限定しているのは、今まで過去に何度か述べたことがありますけど、皆さんはまだ民主的な手続きを行う舞台に立つのは未熟だと思われています。法律的に、20歳で保障されていましたが、つい最近18歳になりましたね。これは、あなたたちに民主的な手続きに参加する能力があるかどうかではなく、単に選挙に参加する人が減ったから増やそうとした、という意図があるので、おかしいと言うことを、過去記事で話題にしましたね。」

学生A「ありました。ありました。」

先生「選挙なんてメンドクサイし、うざったいと思っている人も、憲法などを学び、どうしてこのような条文が作られ、どうしてこのような仕組みになっているのか、一つ一つ学んでいくと、面白くなってきますし、日本史の勉強を振り返ってみると、1900年に衆議院議員選挙法ができたときや、その後の政治家たちの行動を見てみると、なかなか好き勝手やってて面白いですよ。何でこの政治家の行動に対して、別の政治家がこういう行動を起こしたんだろう!?とかね。日本史を高校で学んだ時、現代史が一番面白いんですけど、大体時間切れで終わるんですよね。あそこが一番面白いのに。でも、高校生の世間知らずさんたちは、あそこが一番ややこしく、難しい漢字も増えて、一番嫌だな~って思うところだと思うんです。あそこ当たりで授業が完全に終わってしまうし、受験勉強も、現代史は比重が重くないきがしますね。何気なく、皆さんが興味をもたないようにしているのかもしれませんよw」

学生B「あまり関心持たれると嫌なんでしょうか。」

先生「かもしれません。選挙カーで何となく頑張っている姿を見せたり、曖昧な言葉で言いくるめられるようになってくれていれば、無知な国民の方が扱いやすいですからね。愚民化政策といいますけどね。政治的無関心は、実はありがたい事象です。私は、なるべくしてなったな、と思っています。」

学生A「なるほど・・・。」

先生「とにかく、選挙自体も、法律があるからこそできるわけですね。国としては、都合のいいひとで固めたい。法律も好き勝手作りたい。それが彼らの自然権を十全に発揮できるための最高の手段です。でもね、法律を好き勝手作られたら困るのは国民でしょ?だから、本当に国民の代表として、国と国民の間の線引きである憲法と、それに基づく法律を作ってくれる人かどうか・・・。それを選ぶわけですね。だから、国民は政治家の発言だけではなく、作成した法案にも関心を持ち、社会の動きを自分達で追っていく必要があるわけです。」

学生B「なるほどぉ。」

先生「で、選挙自体も法律で作る。だから、国民は、国会議員をその法律に基づいて選べるわけです。国民も、自分の都合のいい人を推しまくって、私の推しの人だからぜひ国会議員にさせてください。というか私にはその自然権があるので、できますよね。ってことにはならない。普通選挙法は、そういう意味で、全ての国民の、自分が選びたい代表者を選ぶための手続きを調整してできた法律です。」

学生A「なるほど。国民一人にとって都合のいい議員が立つと、その人だけがいい目を見ます。それもやめてほしいんですね。」

先生「はい。公務員は全体の奉仕者ですからね。だけどね、実際は、政治家って、地盤看板カバンが大切と言われてて、自分の出身地の人たちの間で有名だったり、彼らのために都合よく政治してたら人気でちゃうんです。選挙区っていうのが決まっちゃっているんですよね。だから私は、もうこういう制限は全部やめて、全体の奉仕者なんだから、地盤の影響は全く無くす必要があるんじゃないかなって思いますね。国民の意思を金で買っている、っていうのが実体ですけどね。政治。」

学生B 「先生・・・。」

先生「で、すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。ですが、これはいいですね。誰に投票しましたか~?って聞いても、答える必要はありません。国民一人一人が自分で独立して自分の選択した代表者を選ぶのです。これは、個人主義の、国民は個人として尊重される、という憲法の規定にモ適合します。投票の自由は侵されやすいんです。ある強欲な人間がいて、自分以外の人たちが自分の狙った人に投票するように、自分の権力を利用するなんてことがあってはいけませんからね。もちろん、自然権からすればそれもやってOKなんですけど、それを許さないと言うのがこの規定です。実際はよくあるんですよね。こういうの。」


学生A「なるほどw」

先生「例えば、ある団体に有利な政策を実行しようとしている政治家がいて、団体としてはその人が当選してくれると嬉しいわけです。だから、団体に属している人全員に、その人に当選するようにお願いするわけです。でも、やっぱり中には、いやだよ!って思う人がいるわけです。すると、その人の投票の秘密がばれたら、裏切者扱いみたいになって、職を失うかもしれませんね。そうではなくても、冷遇されるかもしれません。」

学生B「怖いですね・・・。」

先生「ですからね、その投票を行っても、誰かが文句をいうことも許さないとしているわけですね。投票をする権利に付随して、投票所に行って、投票用紙に記入し、箱に入れるっていう義務があるわけです。でも、誰に投票したのか気になるな~っていう人はやっぱりいるんですよ。そういう人にうっかりしゃべる。で、その人の気に入らない人に投票していた。それによって、文句言われる。。という責任が付随してると言えばしているんです。義務とは何か?で語った時、木から落ちるリスクや毛虫に噛まれるリスクがあるといいましたが、投票した人をうっかりしゃべったり、他者から文句を言われるリスクですね。そういうのは、ないですよ、と憲法は言っているわけです」

学生A「でも、実際にはありうると。」

先生「はい・・・。その通り。」













この章のまとめ
 
公務員も自然人であるが、国の機関として働くため、普通の自然人よりもその自然権が国によって制約される。
 
 例えば、労働者としてのストライキの権利。例えば、政治活動を行うなど。
 
 その根拠は、公務員の存在とその自律性が、憲法秩序の構成要素として認められることによる。
 
 つまり、憲法による秩序ある国を作るのであれば、その秩序を維持するのに必要な部品として、一定の自然人が従事する必要がある。そこから外れれば、憲法とは言えないからである。そのために、公務員は他の自然人よりも、自身の自然権が制約される、というのだ。
 
 憲法はただ条文として書かれている文章ではなく、実効性あるものでなければならない。いわば、憲法維持権。憲法実効性発揮権みたいな感じ?その権利を満たすための、自然義務と自然責任が存在している。とすれば、その自然義務と自然責任を負う存在が、必ず必要となる。それを行うのが、公務員である。彼らはその対価として、報酬を得ているのだ。
 
 公務員は全体の奉仕者であるため、憲法にのっとって、法の下の差別を行うことは許されない。また、自らを機械部品のようにし、皆一律となり、型にはまった存在になることが求められる。つまり、憲法の構成要素となる。これを根拠として、個人の自然権が制約されていくことになる。


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