素人のための法学入門 #13

13回目ですよ~!よろしくお願いします。


条文の解釈

 
学生A 「法律が利用手段になるとは乱暴ですね。じゃあ先生、もし社会が変化していっているのに、法律がなかなか変わらない、あるいは、何らかの事情ですぐに変えることができない、という場合はどうすればいいんでしょうか?」
 
先生 「そうですね。残念ながら、変わるまではそれでいくしかないということになります。ですが、法律は杓子定規にただ当てはめるということはありません。法律の趣旨に基づいて、解釈が行われることがあります。」
 
学生A 「え~・・・。訳が分からなくなってきた・・・。」
 
学生B 「趣旨?」
 
先生 「そうです。ルールができた目的とか、理由とか、背景となった考えとか、そういったことです。それに沿っているか沿っていないかが解釈の重要な指針になります。法律は条文が完全に明瞭でわかりやすく、誰にとっても一義的に定まるようには書かれていないことが普通です。ですから、その解釈を巡って論争が盛んに起きています。」
 
学生A 「例えばどういう論争なのでしょうか?」
 
先生 「例えば、憲法9条はホットな話題です。①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」
 
先生「私の考えですが、例えば、正義、秩序、平和、国権、発動、戦争、武力、威嚇、こうした一つ一つの言葉の定義もしっかりと把握しないとだめですね。」
 
学生B 「うわ~。ややこしい。」
 

先生 「とはいえ、ここでは今私たちが常識として利用している言葉の意味で話を進めます。特に、『武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する』と書かれている。その割には自衛隊が存在しているわけで、この自衛隊はいざとなったら使うのではないか、と言われています。例えば、国は侵略をするために自衛隊を用いることはないが、自衛のためならばこれを用いてもよいと解釈しています。人によっては、自衛隊を持つこと自体が第2項の戦力の保持にあたり、違憲だという人もいます。」
 
学生A 「う~ん。やっぱり外国が攻めてきたとき、守ってくれる人が居ないと困るわ。」
 
先生 「そうですね。解釈についてはいろいろあるのです。完全に武力を放棄すると、それこそ他国が攻めてきたときに何もできなくなることは確かでしょうね。ただね、一番やってはいけないことは、こうであってほしいなぁ~というのが下地にあることです。それがあると、解釈がゆがんでしまいますからね。」
 

学生B 「つまり、憲法9条を文字通り読むと、永久にこれを放棄する、と書いてあるわけですよね。しかし、国際紛争を解決する手段としては、という条件が付けられているように見えます。じゃあ、国際紛争を解決する手段としてではなく、それ以外の目的で武力を保持するのはOKってことになるように思いますが。」
 
先生 「そうですね。自衛隊は災害支援を行うことも多いです。自衛隊はそれだけやっておけばいいという人もいますね。自衛隊自体は武力ではあれど、この行動は武力の行使ではないでしょう。」
 
学生A 「武力とは何か、ということも解釈する必要があるのですね。」
 
先生 「条文を正確に読み解くには、武とは何なのか?力とは何なのか?というレベルにまでかみ砕いて考えていく必要があるでしょうね。自分達の国に他国が侵攻してきたとき、これが『国際紛争』にあたり、それを解決する手段として自衛隊を使った場合、それを放棄すると書かれているわけですから、自衛もできない、という解釈も成り立つことになります。また、例え自衛隊が災害支援をしているとしても、銃や戦車等を有して訓練していることは確かですからね。こういうのは『武力』とされるでしょうね。戦争を起こさないという割には、どうして戦争で使う道具を持っているんだ?って言うことになるんですよ。自衛の時に使うんだ、っていうのが今の立場ですけど。」
 
学生B 「そう考えると、法律の条文って不親切ですね。結局、言葉の意味を探ることが非常に重要になってしまうということですね。」
 
先生 「そうなりますね。言葉の意味を自分の希望を勘定に入れずに正確に捉える。これが人文の基礎中の基礎といっていいですね。そして、それが法律を学ぶ人たちだけではなく、言葉を使う者達の重要な素養になります。こういう所を無視して議論を交わすことは危険だと思いますね。よく行われてしまうのが、あらかじめ自分のしたいことが胸の内で決まっており、それを満たせるように理論が肉付けされて行く。これで議論した気になっている。これが多いのです。純粋に理論がこうだからこうなる、とはならないのですよ。今の議会はたいていこんな感じですね。自分の利害と関わらない時にはすごい理論的になりますけど。」
 
学生A 「憲法も自然権の行使次第で変えられてしまうことがあるのですね。」
 
先生 「あります。憲法にも、憲法の改正の条文が明記されています。
 他国から日本への侵害があれば、日本は自衛隊を間違いなく使うでしょう。そして、日本が抵抗すること自体が『国際紛争』に当たるとすれば、憲法上許されないというのが、今の条文からも読み取れます。しかし、自衛隊は作られてしまっているわけですし、国も自衛戦争は合憲という解釈です。いずれにせよ、自衛隊を持つことができると言った内容が直接書かれていないことは確かです。ですから、今の状態を肯定するように、憲法を改正する動きが出ているわけです。」
 
学生B 「ああ・・・。自然権が憲法を変えようとしているってことか。」
 

先生 「そうですね。憲法自体アメリカの連合国軍総司令部が押し付けてきた憲法だ、という押し付け憲法論があります。これによると、この憲法自体、国民の総意に基づくものではないから、9条自体が全く根拠を無くすことになるんですよ。ということはね、『趣旨』という観点から考えると、9条はそもそも成立した背景自体、国民の総意に基づかないから、従う根拠なんて全くないんだということになるのです。」
 
学生A 「なるほど・・・。でも、直ぐに憲法が変更されないのはどうしてなのでしょうか?」
 
先生 「憲法改正には厳格な法律上の手続きが必要だからですよ。そして、憲法の成り立ちは自然権の信託がなされたからこそですから、国民の有効投票の過半数による賛成も必要なのです。日本は法治国家ですから、変えたいからすぐ変更するというどこかの国とは違うのです。」
 

追記)国際紛争を解決するための武力を行使することが禁止されていることは、条文からしても間違いがないことだと思います。とすれば、国内紛争を解決するための武力を保持することは、禁止されていないように見えますね。つまり、もし日本国内で内乱があった場合、自衛隊は国内の内乱に対して武力を行使しても憲法違反にはならないかもしれません。

このことを考えると、少なくとも憲法制定当時、国が恐れていたことは、国内からの反逆や革命にあるのかもしれませんね。

憲法が制定される際は、抵抗権が規定されていないことなどを鑑みると、そうした意図はあるように思えてきます。

そもそも警察が持っているナンブも武力と言えば武力ですからね。
 

この章のまとめ
① 法律の条文は、誰にとっても一義的に決まるようには書かれていない。条文を解釈するには、言葉本来の意味を正確につかむことが重要。(結局言葉本来の意味を巡って争いが起きることもあるが。)
② 条文は曖昧なことが多いので、趣旨によって解釈を絞る。
③ 解釈が分かれて争いが起きる。
④ 解釈を巡って争いが起きていても、その中の一つの解釈に基づく自然権の行使が行われることが多い。

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