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金玉が大きいので病院にいったら即入院即手術になった話(1)

左の金玉だけでかい。

高校生のころにはすでに認識していたし、もしかすると中学生のころからそうだったかもしれない。

厳密にはでかいのは金玉ではなく、金玉は探せば奥のほうに微かに存在する程度だ。
それが玉袋の中で何かに埋もれているのである。

何に埋もれているのかはわからない。
水風船のように玉袋の中が液体で満たされているようにも感じるし、液体ではなくぐちゃぐちゃな固体のようにも思える。

とはいえ場所が場所だけに、それが自分だけのことなのか、それともわりと普通にあることなのかはわからない。
ほかの男の股間なんか見る機会はないのだ。

銭湯なんかではもちろん隠すものだし、隠してない人がいたとしてもそこには視線を向けないのがマナーである。
女性の胸や脚を見ることよりもイケナイことのような気がする。

ともあれ、左の金玉だけ大きいというのは認識はしていたが、特にそれが不都合になることもないので、個性だと思うことにした。

もしかすると子どもが作れない病気か何かかとも思うことはあった。
将来的には子どもが欲しいとずっと思って生きてきているので、そういうのは非常に困る。

もし病院に行って子どもを作れませんという診断をされると立ち直れないくらいショックを受けるだろうし、仮にそういう診断をされたとしても結局は一縷の望みを懸けて子どもを作るための行動はし続けるだろう。
なら、作れるか作れないかなんて、知らなくていいのだ。
僕の取るべき行動は変わらない。

なんて考えもあり、病院にはいかなかった。
ただ金玉が片方でかいだけだし。
...金玉じゃないけど。

そんなもしかしたらな漠然とした不安を抱えながら、特に問題が起きるでもなく、当然誰かに指摘されることもなく、34歳になった。
無職のヒキニートならそろそろ異世界に転生して本気出せそうな年齢である。

彼は現世ではトマトみたいに潰れて死んで転生したが、僕の玉袋には潰れたトマトみたいなものが入っている。
異世界転生もワンチャンあるかもしれない。

なんて次の人生を楽しみにしていたある日。
いや、ある日なんて言うほど明確にそれに気付いたわけではないが、いつの間にか。
左の金玉がパンパンになっていた。

金玉というと語弊があるか。
左の玉袋のぐちゃぐちゃだった何かが、パンパンにその存在を主張していた。

なんかやばい。とは思った。
今までは寒ければシワシワに縮むし暑ければ伸びてぶらんぶらんする、いわゆる普通の玉袋だった。
玉袋が大きいときに、左のぐちゃぐちゃが気になるくらい。

それが、シワシワに縮むこともなく、ぶらんぶらんすることもなく、まるまるとパンパンな状態のままなのである。

体の変化に戸惑いつつも、それでも病院には行かなかった。理由は前述の通り、金玉が大きいことが病院に行く理由にはならなかったのだ。

不都合といえば、トイレに座っておしっこをするときに、おしっこがかからないように玉袋を掴んで横に避難させながら思い切り前傾姿勢になって用を足す必要があるくらいか。

玉袋を後ろに押し込むと尻の穴についてしまい、それがうんこしたあとだったりするとべっちょり玉袋が汚れてしまうので、しっかり掴んで横に避難させるのだ。
これが毎回ちょっと面倒だった。

気付かないうちにおしっこがかかっていたのか玉袋が痒くなった。
また、繊細な部分にも関わらず引っ張り続けていたためか、玉袋の付け根の皮膚が裂け始めてもいた。
行くとしたら皮膚科だろうか。

その状態で何か月か過ごした。
そしてついに、痛みだした。

そのうち自然に治るかもしれないと思っていたが、日に日に痛みが強くなった。
金玉が左の脚の付け根の関節に引っかかっているような感覚で、歩いているときや立ったり座ったりするときに痛い。それが座ったままの状態でも痛くなり、だんだん悪化してきているのを実感する。

しかもちょっと痛むレベルではない。
男性には伝わると思うが、金玉が刺激されたときのあの痛みである。
あの独特な痛みが、常時である。

横になっても痛くなり、寝付くまでに痛くない体勢を模索してごろごろした。
金玉が圧迫されないようにパンツも脱いで全裸で脚をおっぴろげてみたり、脚の付け根の関節付近に存在を感じる金玉が玉袋に戻ってくるように四つん這いでぶらぶらさせたりして、ようやく寝付いても夜中に痛みで目が覚めたりした。

さすがにこれは病院に行くしかない。
金玉でかいは個性だとしても、痛いはおかしい。
自然に治らず日に日に痛くなり、痛みで眠れないのはもうどう考えても病院案件である。

仕事先に相談し翌々日に休みが取れたので速攻で泌尿器科に予約を入れた。
もしそれまでに治ったとしても痛かったことは相談しようと。
結局、当日まで痛みは増し続けうなされ続けたのだが。

もっと早く病院行く判断をしろよと誰もが思うであろう。

ここを掘り下げたところで誰も納得しないだろうし、僕も今ではもっと早く病院に行っていればよかったと思っているのだが、一応僕の考えを説明するだけしてみることにする。

病気も怪我も、基本的には自己治癒派である。
風邪をひいても寝れば治るし、怪我も骨折とかでなければ寝て治すので、病院には行かないのだ。

妻が盲目的病院ジャスティスなのでよく言い合いになる。
何かあればすぐ病院行けと言ってくる。

なんで風邪ひいて弱ってるときにわざわざ無理して病院行く必要があるのか、それで病院で解熱剤もらって、わざわざ薬飲むために飯食って熱下げてどうすんだ、風邪は何も食わずに熱上げて寝て治すんだよ、食欲なくなるのも体温上がるのも眠くなるのも自然な反応なんだよ、解熱剤は熱が上がり過ぎて苦しくて眠れないときに飲むんだよ、寝るの、寝て治すの!だから風邪薬は眠くなるようになってるの、眠れるのにわざわざ病院に行く意味がわからない!!

なんて主張して、また子どもがわがまま言ってるみたいな反応をされるまでがいつも通りのやり取りである。

病院に行くのは、耐え難く痛いとき、眠れないとき、自然治癒が見込めないとき、である。
これらは、どれかひとつでも当てはまれば緊急で対処が必要と言える。病気であれ怪我であれ。

病院は気軽に行く場所ではない、という価値観が当時の僕にはあったのだ。

さて、病院の予約日当日。
実は泌尿器科自体は初めてではない。

もう10年くらい前になるか。
群馬で一人暮らしをしていたころ、かなりトイレが近かった。
当時は貯金暮らしで働かないながらも充実した日々を送っていたのだが、友人と会うたびに誰からも心配されていた。
毎回トイレで何してるの?さすがになんかおかしい、頻尿ってレベルじゃない、何かの病気かもしれない、病院行ったほうがいい、付き添ってもいい、今から一緒に行こうか?とか言われるレベル。

具体的にどのくらいの頻尿だったかというと、まず友人と歩いていてトイレを見掛けたら必ず利用していた。
そして店で酒を飲んでいるときに僕がトイレに行って帰ってきて、入れ違いで友人がトイレに行って帰ってきて、そしてまた入れ違いで僕がトイレに行く、なんてことをしていたほどである。

結局病院には一人で行ったのだが、医者からはぼくより健康ですと言われた。
トイレが近いのも気にしなくていい、もし気になるようならコーヒーの量を少し抑えてみたらどうですか?と。

いやあそうですよね、僕自身は気にしないんですけど、周りの人から病院行けって言われまくったもんで、と言い訳してみると、病院行けって言ってくれるご友人がいるだけでありがたいことですよ、となぜか諭された。

ええ、もちろんありがたいと思ってますよ。
ただこのくらいで病院に来やがって大袈裟だなとか思われるのが嫌で、自分の意思ではないという言い訳をしてしまっただけで。

その後その結果を友人達に報告すると、じゃあコーヒーやめろよと言われた。
それから習慣的に飲んでいたコーヒーをやめ、気に入っていたコーヒーメーカーを起動することもなくなった。

そんな経験もあってか、自分が深刻な病気であるなんてことはないし結局病院は検査するだけで病院が病気を治してくれるわけではない、という先入観がいつの間にかあった。

今回の股間の痛みも、どうせ病院は薬出すだけでしょ、とりあえず痛み止めもらえればいいや、程度に思っていた。
体調不良の治し方なんて結局は自然治癒しかないんだから、と。

痛みは感じながらも歩くことはできるので、病院までの初めて歩く道中で、帰りにここのラーメン食べようかななどと考えながら。


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