「書きたい」と「書けない」で揺れている
書く仕事につく動機は、人それぞれだと思う。
昔から書くことが好きだった人。小説家や作家に憧れていた人。自分の経験や考えを誰かに伝えたくて、書き始めた人。
私の場合、正直なところ、「書きたい」という強い動機からではなかった。
結婚して転勤族となり、会社員ではなくなったときに、場所を選ばずにできてスキルを身につければ、それを価値として報酬をいただける。そんな有難い仕事として出会ったのがライター業だった。
ライターとしてお仕事をいただくようになって、もうすぐ4年になるけれど、私は自分の内側にあるものを書くよりも、インタビュー記事のように、誰かの発言や想いを自分のフィルターを通して書くほうが好きだし、得意だ。
書くことに苦手意識はないけれど、「書きたくてたまらないライター」かといわれると素直に頷けない。
それが、ここ最近、AIで文章を書くことが浸透し、「自分らしい文章とは」「自分だから書けるものを」「エッセイを書きたい」といった言葉が市民権を得るようになってから、ほんの少し肩身の狭さを感じている。
内側から湧き上がるような動機がない人間には、書く権利がないような。もちろん、誰もそんなことを言わないけれど、勝手に居心地の悪さを感じている。書くことと向き合うこと、自分と向き合うことを後回しにしてきたツケなのかもしれない。
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「書くこと」を意識したのは、ずっと昔のことだったと思う。小学3年生のころだった。地元である呉市の小学生が、日常で感じたことをつづる作文コンクール「くらしの文集」で小学3年生の頃に入選したことがきっかけだった。
先々月、実家に帰省したとき、ふとそのときの文章が読みたくなり、本棚で埃まみれになっていた文集を拝借してきた。

そこに書かれていたのは、誰の目も気にしていない、誰からの「いいね」も期待していない文章。広島弁まるだしの、整っていない感じが、清々しくていい。
植木のさんぱつ
わたしは、お父さんと家の庭にあるゆすらうめという木のさんぱつをしました。お父さんがとこやさんです。わたしは切ったかみの毛を川らへ、「えっさほいさ。」と運ぶ、運びやさんです。
お母さんが、げんかんからひょっこり顔を出して、「ありゃまあ。木を切りょうるんね。」と、びっくりしていました。「そうよ、きれいになりょうろう。」と、わたしは、はりきって言いました。
「じつは、この木は夏になると、赤くてビー玉ぐらいのまるいみをつけます。あまずっぱくて梅のみのような味がします。そのみをめあてに近所の子がこっそりとやって来ては、食べて帰ります。」
帰った後は庭の木がおれていたり、みがつぶれていたり、ぐちゃぐちゃになっています。でもお母さんが「たすかったわ。」と言ってくれました。わたしは、もんくも言わずに、後かたづけをしています。おばあちゃんが来ると、みをおみやげにあげます。おばあちゃんもよろこんで帰ります。
その木が、ぼうぼうにのびて、かっこうもわるくなってきているので、きょう、さんぱつする事になりました。まるで、すてきな、木のレストランです。
はじめに、お父さんが、木に登り、下の方からえだをてきぱきと切ります。わたしは、ばらばらに落ちていくえだを、かきあつめてふくろに入れます。ふくろが三つぐらいになったら川らへもって行き、どどっとすてます。かきあつめても、かきあつめても、どんどん上からえだが落ちてくるので、大へんでした。
「早くおわらないかな。」と、だんだん足もいたくなってきました。そこへお母さんが「手伝ってあげよう。」と言ってくれました。川らへ五、六回すてに行くと、ようやくわたしの仕事がおわりました。でも、川らへいくと中の道路に、わたしはたくさんの葉っぱを落としていました。
みんなの道路だから、このままにしてはいけないと思って、落ちた葉っぱをほうきではいて、ちりとりで、きれいに取りました。ついでに、家の庭もはきました。
「ごくろうさん、つかれただろう。」とお父さんが言ってくれました。
「よくがんばったね。きれいになったじゃないの。」と、お母さんが、ポンポンとせ中をたたいて、ほめてくれました。
ゆすらうめの木が、すっきりとスマートにへんしんしました。わたしに、わらってキラッと光ってみせてくれたように見えました。
今日のさんぱつ、大せいこう。
小学6年生になると、入選よりひとつ上の「特選」に選ばれた。けれど、小学3年生のころとはずいぶん違う。明らかに審査員を意識した、どこか作為的で、よそ行きの文章だった。
どう書けば評価されるのか。どう書けば大人に「いい作文だ」と褒めてもらえるのか。幼心にもそんなことを考えながら書いたのだと察する。
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ライティング業に関わるようになって、この4年で「よそ行きの文章」はうまくなったと思う。それは決して悪いことではない。お金をいただいているのだから、むしろそうあるべきだ。
けれど、純粋に書きたいから書いた小学3年生の自分の文章を読むと、なんだか羨ましくなる。
今の私は、小学3年生のときに書いたような文章を書けるだろうか。書きたいと書けないが拮抗している。
