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ハッピーライティングマラソン#14「子どもの頃の最も幸せな瞬間はどんなときでしたか?


私が子どもの頃、最も幸せな瞬間はね……。

5歳の時、ひとつ年上の男の子に恋をしていた。
その子と一緒に児童館に行ったり、お医者さんごっこしたりしたこと。
今でも、その思い出は私の中での「幸せな宝物」である。


その男の子は、足が早くって、賢くて、リーダータイプの優しい子。
私のことを「じゅんこちゃん」と呼んでいて、いつもふたりで色んな話をしながら児童館へ行く。

私は、その子のことが大好きだった。
中学3年生になるまで、ずっとその子に片想いをしていた。


運動会で大活躍して、
生徒会で副会長になって、
明るくって、賢くって、私と正反対のその子。

あっ、その子じゃなくって、先輩か。
本当に大好きだった。



やがて先輩は、男子校へ。
私は共学の高校へと進学して、会うことすらなくなってしまう。



HSPの私は、長年無理してきた学校生活がキツくなってきたのと、
過去のトラウマが悪さをして、精神的に病んで不登校デビュー。


フラッシュ・バックに苦しめられる日々。
生きていくことが辛くて、苦しくって、こんな毎日に意味なんてあるのか、
自分を否定し続けた。


さらに東日本大震災があり、私は完全に精神的に追い詰められた。

精神科へ入退院を繰り返していたある日のこと。
家の片付けをしていると、
あの先輩との写真を見つけた。


二人で笑っている、あの頃の写真。
「元気かな? もう、先輩は結婚してるよね?」
何故か涙が溢れた。


その頃、私には付き合っている彼がいた。
優しいけれど、怒ったら手がつけられなくなる彼。
常に彼のご機嫌を伺って疲れてしまう私。


そんな彼とドライブ中に、彼は事故を起こしてしまう。

「じゅんこさんを家に送ってなければ、起きなかった事故だ!」

今考えれば、その彼は発達障害も抱えていたんだと思う。
その考えは、おかしいじゃん? って感じても、彼には通じないのだ。
そんな彼から暴力を振るわれて、別れることを決意した。


そんな絶望の中で、私は通っていた病院(整形外科)で、あることに気づく。


「Kさん」と呼ばれていた職員さんが、あの先輩に似ているのだ。

でも、まさかね……。
Kさんは独身という話だし、先輩は都会に行ったという話も聞いていたし……。

「でも、やっぱりKさんに似ているかも?」
ある日、そう思った私は、本人に聞いてみることにした。

「Kさんって、どこの中学校でしたか?」
私は何気ない会話の中に、その質問をしてみて、Kさんの答えをドキドキしながら待っていた。

「僕はK中出身です。ってか、じゅんこちゃんだよね?」

「え? Yくん?」

私は驚いた。腰が抜けるかと思った。

初恋の相手、Yくんが目の前にいるのだ。


ああ、こうして話をするのは27年ぶり?
ずっと、ずーっと、逢いたかったんだよ。
あなたのことを、ずーっと想っていたんだよ。
大好きだったんだよ……。
伝えたいことが沢山あり過ぎて言葉にならない。

その後、Yくんに「じゅんこちゃん、連絡先を教えてくれる?」と言われる。そして、すぐに付き合うようになった。

Yくんは、震災で友人を失っていたり、彼なりに悲しいことが沢山あったらしい。

「お互いに、いろいろ大変だったね……。これからは、幸せになろう」


私たちは再会して、1年半くらいで結婚した。
小さなアパートを借りて、大好きなYくんとのふたり暮らしは、本当に夢のようだった。





私が最も幸せだった、5歳のあの頃。
今もとなりには、あの男の子が「オジサン」になって笑っている。
ずっとずっと、となりで笑っていてね。
大好きだよ。






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