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アートや芸術は苦しみの中でしか生まれないのか、という疑問

「芸術って、苦しまないと極められないのかねぇ」


私は夫とのんびりとした会話をしていた。

「さあ、どうなんだろうねぇ」

私たちの会話は爺さんと婆さんみたいである。


「私はアートとか芸術って、苦しまないと極められないと思っていたよ。でもね、イラストレーターのAさんとお会いした時に、すごい衝撃を受けたんだよ」


Aさんとは、私が憧れている超有名なイラストレーター。


すっごい素敵な絵を描く、ああああ、こんな表現ではAさんに失礼だ。
もしもAさんの絵がうどんだったら、もちもちしてコシがあって喉越しが心地いい、みたいな偉大なお方。


とあるイベントでAさんが登場した時、Aさんは歌いながら来た。ルンルン、って感じ。

そしてよしペンの頭を見て「パーマですか、天然ですか?」と聞いた。



それを横で見ていて「さすがAさん、一般人がする質問じゃない」と私はひどく感心してしまった。

よしペンは「天然です」と笑った。

Aさんはその日、みんなで絵を描く紙に
「こんなもの踏んじゃってもいいんですよ〜」なんて言っていた。

「Aさん、なんか楽しそうだ」


それまで私はロダンの「考える人」みたいな人がアーティストだと思っていた。
だが、Aさんはなんだか楽しそうなのだ。
私の中で「芸術家は苦しまないといけない」みたいな概念が揺らいだ。


ここで、「ン? じゃあ、Aさんは苦しんでないのか?」という疑問が生ずる。
「悩んでないわけないよな〜」と勝手に思う。

「楽しみながら苦しんでるのか?」


ンンン、そういえばよしペンが最近「もっともっとゲーム、上手くなりたい!!」と言っていた。

「何事も練習だよ」
「だんだんゲームが嫌になる時もある」
「でも、好きだからやる」

ンンンンンン?

「苦しいから楽しむのか?」


私だって「100%楽しい!!」で漫画やイラストを描いているのではない。

「生みの苦しみ」は絶対にある。

怖い時もある。

「こんなこと描いていいのかな」
「批判されないかな」
「これって自分の意見を言っているだけじゃん」
「家族や親戚が見ているかもしれない。恥ずかしい」
「もう、描けない。描くのが嫌」

こんな負の感情が出てくる時も、もちろんある。

でも、これらを乗り越えて作品を生み出せた時、これまで見たことがない素晴らしい世界が待っているのだ。
それは、お客さまの喜びの言葉だったり、
素敵な笑顔だったり、「ありがとう」だったりする。

そうか、アートや芸術は誰かの笑顔を見るために生まれていて、
芸術家はそのためなら、どんなに苦しんでも幸せなのか。






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