恋文が苦手な代筆屋のウラ事情~心を汲み取る手紙~ 終章(6/6)
終章 クリスマス
(前略)
こうしてぼくは、新田美優という素晴らしい女性と巡り合い、代筆屋という心を救う仕事に邁進しています。
代筆屋は、天職だと自負しています。
ぼくは二十七歳になりました。
夢でいいから出てきてください。お父さんと一緒にお酒が飲みたいです。
また、もっと字が上手くなりたいので、教えてください。
追伸:
お母さんの茶碗蒸しが食べたいです。
氷藤貴之
* * * *
「……なんだ、この手紙は」
「すみません、あまり字は上手くなくて。でも、内容には自信があります!」
「その内容に問題があるんだよ」
貴之はボリュームのある黒髪をかき上げながら、脱力して座席にもたれかかった。
貴之と美優は約束どおり、交換代筆をして両親へ手紙を書いた。
昨日は貴之に緊急の仕事が入ってしまったため、二人は草案を見せ合うことができず、両親の命日である今日、完成した手紙を持参した。
そしてまさに今、貴之の車の中で、お互いに交換した手紙を読んでいた。
美優の丸文字のような角のない字で綴られた、貴之の気持ちを代弁した手紙は、十枚という大作だった。
「長い」
「貴之さんのつもりになって書いたら、ご両親に伝えたいことがたくさんあったんです」
相手の心境になって考えるのは悪いことではないのだが、多く書けばいいというものでもない。
「もっとコンパクトにまとめろよ。それに“新田美優という素晴らしい女性と巡り合い”ってなんだ」
「新田美優という素晴らしく聡明で可愛らしい運命の女性に巡り合い、にしようと思ったんですけど、ちょっと盛りすぎかなと思って」
助手席に座る美優は、はにかんで頬を染めた。
「その情報、丸っといらないから」
「なぜですか! ご両親への超スーパー最重要必須情報ですよ!」
「必殺技みたいだな」
まさか、美優にこんなに文才がないとは思わなかった。「お母さんの茶碗蒸しが食べたいです」って、小学生の作文か。
先日、公園で両親について話している時に嫌な予感がしたのだが、見事に的中してしまった。観察眼や洞察力と文章力の間には、相関関係はないらしい。
「あと、手紙にシールを貼るな」
「キラキラしていて、可愛くないですか?」
「可愛くしなくていいんだよ」
「そう言う貴之さんが書いた手紙は、ちょっと硬いですよ。わたしが両親に宛てた手紙の想定なんですから、思い切りデコってよかったのに」
「……ああ、悪かった」
これ以上美優と話していると脱力しすぎて、空気の抜けた風船のようにシワシワになりそうなので、話を切り上げることにする。
貴之は厚みのある便箋を、封筒が破けないようにしまうと、手紙をセンターコンソールボックスに入れてエンジンを切り、ドアを開けた。
「行くぞ」
空は今にも雨が降りそうな灰色の雲に覆われており、コートを着ていてもさすがに空風は冷たい。たまらず後部座席に置いていたマフラーを取り出して首に巻いた。
二人は都内の霊園に来ていた。小高い位置にあり、自然豊かで景観がいい。
整理された区画をしばらく歩き、目的地に着いた。
墓石には「新田家之墓」と書かれている。既に墓には新鮮な花が供えられていた。
「きっと伯父夫婦です。わたしは法要があるときしか来ませんでしたから。未だに両親のお墓を見るのがつらくて……。冷たい娘ですよね」
「俺も同じようなもんだ。まめに墓参りをしていたら親孝行ということにもならないだろう。墓掃除を省略させてもらえたな」
美優は用意していた花と水を追加で供えた。蠟燭を立てて、お酒や和菓子、そして貴之が書いた手紙を一番目立つ中央に置く。
「貴之さん、ありがとうございます」
顔を向けると、美優が照れくさそうに貴之を見上げていた。
「この手紙です。わたしのために、便せんや万年筆を新調してくれたんじゃないですか?」
「……まあな」
美優の表情につられて、貴之も少し照れる。
さすがにシールという発想はなかったが、美優がいつも着ていたコートと同じ、薄桃色のレターセットを購入した。花とレースがあしらわれた可愛らしいものだ。柄物のレターセットを使うのは初めてだった。
文字も美優の好みに合わせて、チェリーピンクで書いている。
相手が喜ぶ顔を思い浮かべながら文具を選ぶのは新鮮で、かつ、どこか胸が躍った。本来の手紙というのは、こうあるべきなのだろう。
これからは便箋に合わせて、文字の色を変えるのもおもしろいかと考えて、貴之はガラスペンと何種類かのインクを買った。ずっと父の形見の万年筆を使っていたので、こちらも新しい試みだ。
ただし、道具に踏み込みすぎてはいけないと、既に頭の片隅で警戒警報が鳴っている。凝り性だと自覚している貴之は、あまり熱心にガラスペンや便箋について調べると、収集してしまう予感がした。
「出会った頃は一種類の便箋だけだったのに、成長しましたね、貴之さん」
偉そうに、おまえは何様なのだ。
むにっと頬を引っ張ってやったのに、美優は嬉しそうに、頬にある貴之の手に手を重ねた。
「貴之さんが、とても丁寧に手紙を書いてくれたんだって、すごく伝わってきました。この手紙にはわたし以上に、わたしの気持ちが込められている気がします。手紙に触れていると、その熱が伝わってくるようでした。貴之さんは、やっぱりすごいです」
そこまで言われたら、交換代筆を提案した甲斐があるというものだ。
セットが終わると美優は墓石の前にしゃがみ、香炉皿に線香を入れ、手を合わせた。目を閉じて、しばらくそのまま動かない。周囲から鳥の声だけが響く。
どれくらい時間が経ったのか。美優はゆっくり立ち上がった。
「いやはや。報告することが多すぎて、足がしびれちゃいました」
集中していたことをごまかすように笑顔を浮かべる美優の瞳は、少し潤んでいた。
「墓に来なくても、心の中でいつでも報告できるだろ」
「そこは気分と言いますか」
美優は鞄からスマートフォンを取り出した。古びた地蔵のストラップが揺れている。
「普段から、これに話しかけたりはしているんですけどね」
「形見なのか?」
あまりにストラップが古いので、美優がスマートフォンを使うたびに気になっていた。
「遊園地に行ったときに、両親に買ってもらったものです。その日に着ていた服のポケットに入っていました。これに守られた気がして」
美優は地蔵をそっとなでた。
スマートフォンにはストラップホールがないため、美優はホールつきのケースを装着してまで、ストラップを取りつけていた。
「ご両親と対話できたのか?」
「はい。母は貴之さんのこと、素敵な男性ねって言っていましたよ」
「それはどうも」
貴之は美優の頭にぽんと手をのせて、場所を代わった。貴之も香炉に線香を入れて手を合わせる。
不思議な縁もあるものだ。こうして同じ事故で親を亡くした者同士が、ともに弔いに来るなんて。
もし、死後の世界があるとして。
同じ時、同じ場所で事故にあった自分と美優の両親は、そちらで仲良くやっているのだろうか。
そして茶でも飲みながら、貴之と美優が一緒にいる姿を微笑ましく見ているのだろうか。
一昨日美優にも言ったことだが、美優は両親に命を助けられたのではないかと思えた。
両親はオイルが漏れてることに気づき、ひしゃげた車の中で、最後の力を振り絞って、炎上する前に美優だけでも車外に出したのではないか。
そうであれば、美優は三人分の命を生きているとも言える。
――娘さんの心配は尽きないでしょうが、俺も無理のない範囲で構ってやることにしますので、まあまあ安心してください。
そう美優の両親に語りかけて、貴之は立ち上がった。
「貴之さんも長かったですね。どんな話をしたんですか?」
美優が笑顔で貴之を見上げてくる。目元はすっかり乾いていた。
「俺の両親とよろしくやっていますか、みたいなことかな」
「あれ、美優をください一生大切にします、とかじゃないんですか?」
「そんなわけないだろ」
「そんなわけないんですかっ!?」
ショックを受けたようにのけぞる美優がコミカルで、貴之は思わず笑ってしまう。
二人は仏花以外のものを片付け始める。美優は手紙を大事そうに鞄にしまった。
「宝物が増えました。この手紙は家の机に飾ります」
美優は鼻歌交じりで、荷物を入れた袋を持って貴之の前を歩き出した。ハーフアップにしたボブの黒髪と白いマフラーの端がふわりと舞う。
「次は貴之さんのご両親のお墓ですね! あっ、お化粧直そうかな」
くるりと振り返って美優が言う。
俺はあの作文を両親の墓に供えるのか。
ちょっと嫌だなあと思いながら、貴之は厚い雲を見上げた。ポケットに手を突っ込んでブルリと震える。今日は普段よりも更に寒い。雨でも降りそうだ。
「寒いですよね。温めてあげますよ」
美優が腕に抱きついてきた。コート越しに、じんわりと温かさが伝わってくる。
「バーカ」
そうは言っても、振り払うことはしなかった。
まあ、いっか。温かいし。
「貴之さん、随分と雰囲気変わりましたよね。柔らかくなりました」
「それは聞いた」
「あれ、言いましたっけ?」
美優は小首をかしげた。
「おまえも印象が変わったよ」
「えっ、どんな風に変わりました?」
美優は期待を込めた瞳で見上げてくる。
「正義感の強いお人よしなのかと思ったら、甘ったれでわがままだった」
「それは子どもの頃の話ですよ!」
美優は不満そうだ。どうやら、本人は性格が変わったと思っているらしい。
「代筆屋、辞めようかな」
思いついたように、貴之はぽつりと言った。
吐く息が白い。かなり気温が低そうだ。冷たい空気を吸うと鼻がツンとする。
「どうしてですか?」
美優が驚いたような声をあげた。
「俺みたいに、中途半端にやる仕事じゃないと思ってさ。それに、知りたかったものは、もうわかった気もする」
「知りたかったもの?」
「そう。上手く口にはできないけど」
両親が他界し、それとともに失ったと思っていたもの。それがなんであるかわからないまま欲していた。
しかし、目に見えないそれは、既に貴之の中にある気がするのだ。
「もったいないです。代筆屋さんは貴之さんの天職です!」
「手紙にもそう書いていたな」
貴之が自分で代筆屋を天職だと言ったことは一度もないのだが。
「はい。間違いありません。貴之さんに気持ちを汲み取ってもらいたい人はいっぱいいると思います! それに、中途半端なんかじゃありませんよ。傍で見ていたわたしが断言するのだから、間違いありません」
美優に会ってから、代筆屋という仕事に向き合い直した。改めて醍醐味も感じたが、だからこそ、自分には荷が重いのではないかとも考え始めた。
「わたしも手伝いますから、続けましょうよ! 貴之さんの手紙を、たくさんに人に届けたいです!」
美優が腕を引っ張る。子どもがおもちゃをおねだりする時のようだ。
ここ数か月のように、依頼人と会う時に美優を連れていく。
自分にはない視点で話を広げることもあったので、悪くない気もした。
「そうだな……。じゃあ、正式に助手として採用してやるか」
「いいんですか? やった!」
美優はぴょんぴょんと跳ねた。
「やっぱり、デリカシーのない貴之さんにはわたしが必要ですよね。ミュウさんが力を貸してあげないと」
はいはい、と貴之は聞き流した。
「貴之さん。いままでボランティアだった分は、今日のディナーでチャラにしてあげますから、美味しいレストランでご馳走してください」
今こそ付けこむチャンスだとばかりに、美優が畳みかけてくる。
「いいけど、店とれるのか? クリスマスだぞ」
「探します! こういう日は早めに予約をしたカップルが破局して、キャンセルの一つや二つあるものです」
不謹慎なことを言う。
「……あ、雪だ」
美優が空を見上げた。
「ああ、どうりで寒いわけだ」
ちらちらと小ぶりな雪がぱらつきはじめた。
「茶碗蒸しの味も一緒に探しましょうね、貴之さん」
美優が微笑みながら見上げてくる。そして、その視線を空に向けた。
「死に意味があるのか、とかも。それこそ、生のある最期の日までにゆっくりと、自分なりの答えを見つけたらいいんだと思います」
「ああ、そうかもな」
貴之も空を見た。
小さかった結晶は、いつのまにか牡丹雪になっていた。これは積もるかもしれない。
美優はホワイトクリスマスだとはしゃぎそうだ。しかも、子どものように雪だるまでも作り始めるかもしれない。
誘われたら、面倒だし寒いけれど、一緒に作ってやろうと貴之は思った。
了
