『七彩の七宝』四章「最終日」(5/6)
メディアに掲載されて以降は目立ったイベントがなかったこともあり、支援金が停滞してしまった。
SNSなどの地道な活動で、二百八十万円の段階からじわりじわりと増えていき、三百十万円に達した時には、締切当日になっていた。
「あと九十万円」
彩七はプロジェクトの画面をじっとみつめていた。念力で数字を増やそうとするかのように。
九十万円は大金だ。しかし、すでに三百十円も集まっていることを考えれば、あと一歩のようにも感じる。
その一歩が、なんとも遠い。
「残り九時間半か……」
秀一も彩七の隣りに座ってノートパソコンの画面を眺めていた。
画面の端には、午前十一時半過ぎだと表示されている。平日なのだが、二月も後半になり大学は春休みに入っていた。
秀一はプロジェクトを見届けるために彩七の家に来ていた。以前、二人がペンダントを作った部屋だ。
あの日は向かい合いに座っていたが、今回は同じパソコン画面を見る必要があるので、隣りに腰を下ろしている。距離が近いので彩七は少々緊張する。
それでも、秀一の前でカラーレンズメガネを外すのには慣れてきた。
「泣いても笑っても、今日の夜九時でプロジェクトの支援募集期間は終わる」
このプロジェクトは、発案者の彩七を主軸に、秀一に支えてもらいながら、ずっと二人で行ってきた。彩七は神妙な面持ちで頷いた。
彩七の一存で始めたものの、本来であれば故郷の窯元たちが一丸となって行うようなプロジェクトともいえた。一時期はそれを期待していたが、代表者ともいえる神谷源道との確執で叶わなくなった。
初めは彩七の就職問題から端を発したので仕方がないのだが、プロジェクトを立ち上げる際に神谷に声をかけるべきだった。初動の失敗は否めない。
神谷に連絡していれば。自分にもっと友達がいれば。もっと早くからSNSで七宝焼を発信して興味のある人を集めていれば……。
後悔先に立たず、嘆いてもどうにもならない。
神谷の家を訪問した日からしばらくして、彩七は親に連絡をした。
彩七のプロジェクトが町のためになるかどうかだ。
もしプロジェクトが成功したとして、窯元たちが迷惑だと考えているなら、そもそもが成り立たない。
父親が各窯元に確認したところ、販売先が増えることがありがたいと言っていたそうだ。ただ、それは神谷の手前口にしにくい状態だという。
それを聞いて、ひとまず彩七は胸をなでおろした。プロジェクトが成立したら、改めて神谷に相談しに行けばいい。
不安材料は軽減した。今はまっすぐにプロジェクトを達成するために進めばいい。
ただ、どうにも資金が集まらない。
心当たりには声をかけ尽くしている。両親にも、『アルコバレーノ』の多佳子たちにも支援してもらった。
あと九時間半、プロジェクト成功のためになにができるというのか。
「一時間ごと、いや三十分ごとでもいい、進捗状況の報告と、支援の必要性を訴えるSNSを送信する」
秀一が指示を出した。
「わかった。でも、そんなに頻繁だとフォロワーにウザいって思われないかな?」
「思われても構わない。そういうヤツはフォローを外すなりするだろう。もうラストスパートだ。今大事なのは、プロジェクトを成功させたいという人にメッセージを届けることだ」
秀一はローテーブルに置いているコーヒーに口をつけた。もうぬるくなっているだろう。
「資金が集まりやすい期間のこと、クラファンの担当者から聞いた?」
「うん。スタートしたばかりの五日間と、掲載終了間近のラスト五日間だって」
「理由も言ってた?」
「メールでやりとりしているんだけど、それは書いてなかったかも」
秀一は「そっか」と言いながらクッションに座り直す。スリムパンツをはいているので、床座りは窮屈そうだ。
「スタートダッシュはわかりやすいよな。面白そう、応援したい、と興味を持った人が支援してくれる。始めたばかりだと、プロジェクトが運営サイトのトップページに近いところに掲載されることもあるのかもしれない」
中盤はどうしても動きが鈍くなる。しかし、この間に地道に活動し、SNSなどでプロジェクトを知ってもらうことがラストスパートに繋がる。
「掲載終了日に近づいてもまだ目標が未達成だった場合。既に支援している人は、自分が応援したいと思っているプロジェクトを成功させたいと、もう一度支援してくれるかもしれない。今まで支援はしていなかったものの気になって度々チェックしていたという人も、もう少しで達成しそうな段階ならば、協力して押し上げてあげたいという気持ちが働くかもしれない。だから最終五日ほどの数字は伸びやすいんだ。成功したプロジェクトの多くは、この五日で五割の支援を集めてたというデータもあるようだ」
「そんなに? 半分ってことは、このプロジェクトの場合は二百万だよね。じゃあ、成功する可能性はあるかも!」
彩七は両手を組んでクッションの上で跳ねた。
「そう、可能性はある。データとしてはだけどな」
秀一は頬杖をつき、片側の口角を上げて喜ぶ彩七を流し見た。
「もうひとつデータがあって、公開から五日以内に目標金額の二割以上の支援が入っていた場合、成功率は約九割だそうだ」
「二割、ということは、えっと、八十万円……」
彩七は青ざめた。初期はほとんど動きがなかったのだ。秀一に協力してもらい、サイトをリニューアルして、八十万円に達成したのは七日目だった。
「ま、データはデータ。参考程度だ」
上げて落とすとは鬼畜の所業……と彩七は無念に顔をゆがめて小さく呻いた。
「腹が減っては戦ができぬ。そろそろ昼時だし、なんか食う? 買ってきてもいいし、俺が作ってもいい」
「秀一くん、作れるの?」
「俺は飲食店の息子だぞ」
「飲食店といっても、経営の方なんじゃ……」
彩七は苦笑した。
「俺ほどになると料理も上手い。彩七の好物ってなに? なんでも美味そうに食べるよな」
なにをもって「俺ほど」なのかわからないが、確かに秀一は料理も上手そうだと彩七は思う。
「好物か……」
彩七には好き嫌いがない。美味しいものならなんでも好きだ。そのなかで、頭に浮かんだもの。
「おにぎり、かな」
「シンプルだな」
「あっ、好物ってことはないか。むしろ逆かな。でも、こういう切羽詰まってるときって、いつもおにぎりだったから。切羽詰まってるのはわたしじゃなくて親なんだけど」
彩七の支離滅裂な言葉に、「どういうこと?」と言うように秀一が視線で先を促すので、彩七は過去を振り返る。
「わたしが幼いころは、両親は忙しかったんだ。いつも離れの工房にこもってた。今のわたしたちみたいに、ローテーブルに道具を並べて座布団に座って両親は作業していたんだけど、工房の入り口から覗くと二人の背中が見えたんだ」
その姿は今でも彩七の目に焼き付いている。「カッコいい背中だ」と思った。
「わたしに気づかないくらい、二人とも集中してた。料理をする時間がないから、お母さんが朝にまとめて作ったおにぎりが台所にたくさん置いてあったの。両親も食べる時間すら惜しいから三食おにぎり。基本的に具は梅干し」
おにぎりは美味しかったが、両親と一緒に食事ができないのは寂しかったし、味気ない。
しかし、彩七はおにぎりが嫌だとも、一緒に食べたいとも言わなかった。
そういうときは工房に行って、静かに二人の背中を眺めていた。それで満足だった。
「その反動かな、東京に来てからは美味しいものに目がなくて。自炊はしているけど、美味しそうだとピンときたお店は、ちょっと高くても入っちゃうの。滅多にないけどね。『アルコバレーノ』もそれで出会ったんだよ」
「それで、いつも美味そうに食うんだな」
「普通に食べてるつもりなんだけど」
彩七は紅潮させた頬に手を添える。
「なんか、思い出した」
秀一は両手で頬杖をついて窓に目を向けた。外は曇っていて、室内外の寒暖差に窓ガラスが汗をかいている。
「高校の時ちょっと反抗期でさ。小遣いがなくなった反発かもしれないけど」
秀一は口角をあげた。
「レストラン経営といっても家事は母さんに任せっきりだし、まったく料理はできないんだろう。偉そうにしていても社長は飾りで無能でもなれるんだろうな、みたいなことを親父に言ったんだよ」
辛辣な言葉に彩七は眉を下げる。父親は怒ったのではないだろうか。
「すると親父は不意に冷蔵庫を開けて、なにか作り始めたんだ。気まずいから近寄らなかったけど、メチャ手際がよかった。二十分も経たなかったんじゃないかな、テーブルにはタラのアクアパッツァと、ほうれん草とベーコンのキッシュと、トマトとモッツァレラのカプレーゼが並んでた。俺が驚いてると、親父はドヤ顔してた」
父親の表情を思い出したのか、秀一はクスリと笑う。
「確かにトップに立つ人間は仕事を部下に任せて実務をすることはなくなるが、指揮者のように細部を知って調整する必要がある。俺は料理も食材の目利きもできる。おまえが入社したら同期の十倍働かせるから覚悟しろ。俺もそうしてきた。そんなことを言って親父は仕事に向かった」
その後、母親と一緒に父親の料理を食べると美味しかったという。
先代、秀一の祖父が急逝して急遽秀一の父親が社長職に就いたため、父親の苦労は絶えなかったと母親が説明した。
「あの時、父親のことちょっとカッコいいと思った。あれがきっかけで料理も作るようになったんだよ。バイトで厨房に入ったりしてさ」
それで料理も結構得意なんだ、と秀一は照れくさそうに話を結んだ。
「俺たち、似たような経験してるよな」
似ているだろうか。
誰もが大人の背中を見て育つ。目指すものの先に親がいるのなら、親の影響を強く受けるだろう。
そういう意味では、彩七と秀一は似ているのかもしれない。
「だから、だいたいのリクエストには応えられると思うけど。なにを食べたい?」
秀一に顔を向けられて、彩七は首を横に振った。
「すごく秀一くんの手料理を食べたいんだけど、今はぜんぜん食欲がない」
不安で胸がいっぱいなのだ。胃が固形物を受け付けそうもない。
「そっか……、残念。また改めてだな」
「うん、楽しみにしてる。秀一くんはお昼食べてね。うちにあるものでよかったら使って」
「俺もいいや。結果が出たら、彩七と同じ気分で食事をしたい」
結果が出てからの気分。
プロジェクトが成功するか、失敗するか。
「夜も食べる気分じゃなかったらどうしよう」
「ポジティブなことを考えようぜ。イメージは大事だ。言霊って言うしな。今日は二人で祝勝会しような」
「そうだね、祝勝会だね」
彩七は言い聞かせるように繰り返した。
SNSも欠かさずチェックして、頻繁に更新もする。
それを繰り返し、日が落ち始めたころ。
「あっ、見て秀一くん!」
プロジェクトの数字が動き始めた。
支援者や支援総額が増えている。
サイトにある支援者の応援コメントを確認する。
《三回目です。少ないですが、追加支援させていただきました。達成してほしい》
《素敵なプロジェクトですね。前から気になって見てました。最後まで諦めず頑張ってください。もう一息!》
《ピアスが綺麗で、普通に欲しいと思いました。新作も見たい。応援しています》
《静岡の職人を救おうプロジェクトの者です。先日は支援ありがとうございました。おかげで成立しました。こちらも成功しますように》
《恥ずかしながら『アルコバレーノ』で七宝焼の存在を初めて知りしました。味だけでなく目でも楽しめて、七宝焼のグラスで飲むワインは格別でした》
メッセージを読むと、涙がこみ上げてくる。
こんなに温かな言葉をもらえるなんて思っていなかった。
四百人以上がプロジェクトを達成するよう支援してくれている。
「撒いた種が芽を出したな」
「うん」
嬉しさのあまり、鼻声になってしまった。彩七は涙もろい。届いた応援メッセージに、一つ一つ丁寧に返事をしていった。
今日だけで二十五万円もの金額が入った。
あと六十五万円。残り時間は一時間。
「六十五万か。旅行さえ行ってなければ……」
「それを言ったら、もっと預金してしてなかったわたしが悪いよ」
既に、彩七の全財産である十万円も入れてある。バイト料が入るまで金欠だ。
刻一刻と締め切り時間が近づいていく。チッチッと時計の針が動く音がやけに大きく聞こえる。
二人の口数も少なくなった。
今日やれることはやりつくしている。
――三十分前。
最後にSNSを発信しようか彩七は迷った。
この呼びかけで、六十五万円の支援が集まるだろうか。
……さすがに集まらないだろう。
少々増えたところで結果は変わらない。
彩七はパソコンのマウスから手を離した。諦観の念を抱く。
わたしにしてはよくやったよね。プロジェクトは達成できなかったけど、成果はゼロじゃない。七宝焼をたくさんの人に知ってもらったし、いろんな経験をしてわたし自身も強くなった気がする。協力してくれたたくさんの人たち、特に秀一くんには申し訳ないけれど、全力で頑張ったんだもん。許してくれるよね……。
「すまない、彩七」
その声に我に返ると、隣りで秀一がうなだれていた。
「どうしたの?」
「俺が悪かった」
「どうして秀一くんが謝るの?」
顔を上げさせようと秀一の膝を叩いたが、秀一は頭を下げたままだ。
「俺がこんな提案をしなければよかったんだ」
「クラウドファンディングを教えてくれたこと? このプロジェクトを始めてよかったよ。知らないことをたくさん知ることができたし、いろんな人とつながりができた。温かいメッセージもいっぱいもらえた。少しだけど、七宝焼を世間に広げることもできたと思う。いいことばっかりだよ」
「そうじゃない」
秀一はうつむいたまま首を振る。
「秀一くん、どうしたの?」
心配になって秀一の顔を覗き込もうとしたとき、ピコンとメール着信の軽い音がした。思わずパソコン画面に目を向けると、運営サイトからのメールだった。複数の画面を開いているため、ページを小さく表示しているのでタイトルなどは見えない。
秀一の様子も気になったが、メールも気になりマウスを操作して開いてみる。
おめでとうございます!
ただいま、あなたのプロジェクトがSUCCESSしました。
「えっ……」
無意識に声が漏れていた。
そのあとの業務連絡の文章は頭に入らなかった。
サクセスって? 成功? プロジェクトが成功したの?
「秀一くん、秀一くん! これ見て」
彩七は秀一の膝を揺すった。頭が鉄の塊になったかのように重たげに顔を上げた秀一は、彩七の指先を辿ってパソコン画面を見る。
焦点が定まらないようで秀一はしばらくじっとしていたが、やがて瞼が開いていった。
「成功、した」
「うん、成功した!」
彩七はプロジェクトのページを開いた。支援総額が目標金額の四百万円を超えている。時間を見ると、応募終了の五分前だ。
「秀一くん、やったよ!」
「彩七」
秀一の膝を叩いていると、長い腕が背中に回されて、彩七は秀一に強く抱きしめられた。
「本当によかった」
噛みしめるような掠れた秀一の声が、耳のすぐ近くから届いた。
「ずっと、プロジェクトが失敗したら俺のせいだと思ってた」
顔は見えないが、秀一は苦しそうだ。
「そんな。秀一くんは、ずっと力を貸してくれていたのに」
「前提の問題だ」
秀一の腕に、さらに力がこもった。
「当初の企画書には、店舗を名古屋駅周辺にすると書いてあった。そのときの目標額なら、二十日かからず達成していた」
確かに、彩七の一回目のインタビュー記事が公開された日に、百五十万円以上集まっていた。
「より多くの人に見てもらえるから、場所を東京に変更したんだよね」
それにより、目標金額が百五十万円から四百万円に跳ね上がったのだ。
「本当にギリギリだったけど、こうして達成したんだから、変更してよかったんだよ」
「それは結果論だ。俺は彩七に東京にいてほしかったから場所を変更させただけだ。達成できるかどうかの見込みなんて考えてなかった。All or Nothingで、プロジェクトを成立させることが一番の目的だったのに。ごめん」
「そんなこと……」
彩七の体温が一気に上昇した。
秀一の「彩七に東京にいてほしかった」という言葉が耳から離れない。
お揃いのペンダントを、秀一の提案で交換したこと。
いつも親身に相談に乗り、大掛かりなカメラ機材を用意して、七宝町にまで付き合ってくれた。
そして今、こうして強く抱きしめられている意味を考えずにはいられない。
「いざとなれば親父に金を借りればいいと思ってた。でも、どんなに頼んでも貸してくれなかった。そういう安易な考えは捨てろと高校の時に教わってたのに。俺はどうしようもないバカだ」
「秀一くんには感謝しかないよ。顔を上げて」
彩七は秀一の肩を軽く押した。秀一が身を起こし、密着して熱くなっていた体温がすっと冷えるのが少し寂しく感じる。
秀一の瞳は湿っていた。真剣にプロジェクトを、そして彩七を心配していたことが伝わり、彩七は胸を衝かれた。
「プロジェクトの成功、おめでとう」
「ありがとう」
二人はしばらく見つめ合っていたが、恥ずかしくなった彩七が先に目をそらした。
「こんな終了間際に六十五万も入るなんて、こんな奇跡があるんだね」
彩七はパソコンを操作して、支援者が増えたリターンを探す。
「五万のリターンがひとつと、二十万のリターンが三つ増えてる」
五万円のリターンは彩七の親が支援していた。これは彩七含め七宝焼職人と食事をしながら、七宝焼について語ることができる権利だ。リターンを放棄するただの寄付と考えていいだろう。
二十万のリターン内容は、彩七が七宝町にある七宝焼にゆかりのある施設を案内し、七宝職人と食事ができ、七宝焼体験ができるフルセットだった。三つとも同じ人物が支援しているが、支援者の名には見覚えがない。
しかし、メッセージを読むと誰なのかわかった。
彩七の呼吸がとまった。
《食事はうちで用意するから手ぶらで来なさい。店を開いて尾張七宝の窓口になる気なら、恥にならない程度に私が直々に指導する。その際、あの生意気な青年も連れてきて構わない。
なお、この支援金は組合で集めたもの。食事会では一堂に会するので礼を言うように》
「神谷さんだ」
神谷がネットに書き込みをするとは思えないので、別の者が代行したのだろう。
「これで地元公認のプロジェクトになったわけだ。よかったな」
「うん」
目に熱いものがこみ上げた。鼻の奥がツンとする。
唇を一文字に引き伸ばして涙をこらえようとしたが、ダメだった。決壊したダムのように涙が流れる。彩七は慌ててティッシュで目を押さえた。しばらく嗚咽で言葉が出ない。秀一はそっと彩七の背中をさすった。
「みんなが認めてくれた。応援してくれた」
神谷邸での張り詰めた空気を思い出す。
ずっと迷惑をかけているのではないかと不安だった。
拒絶されているようでつらかった。
地元が喜ばないプロジェクトを、必死に遂行しようとする自分が虚しくなることもあった。
しかしこうして、瀬戸際に神谷が代表となってプロジェクトを成功に導いてくれたのだ。
「あのジイサンが技術指導してくれるんだろ。窯元の技術って秘伝だったよな。口うるさそうだけど、すごいの持ってそうだよな」
「神谷さんはすごいよ。きっとわたし、ほかの窯元さんから嫉妬されちゃう」
彩七は泣き笑いを浮かべた。
「生意気な青年って書きかたは気になるけど、俺も誘われているようだから一緒に行くよ。声をかけてくれよな」
「もちろんだよ」
彩七は涙を拭って微笑んだ。肌の色が白いため、目や鼻の赤さが目立つ。
「よし、それじゃあ改めて」
秀一が後ろに手を回したかと思うと、パパパパパンッ! と大きな破裂音がした。驚いた彩七は「うわっ」と仰け反る。
「プロジェクト達成、おめでとう!」
秀一は片手に五つのクラッカーを持ち、同時に鳴らした。カラフルなメタルカラーのテープが飛び出している。テープは本体についたままで、回収が簡単なタイプのものだ。
「……秀一くん、こういうものまで用意してくれてたんだ」
キラキラのテープをかぶったまま、ぽかんとした彩七は雫をつけた長い睫毛を瞬かせた。
「無駄にならなくてよかった。あと、これも」
秀一は瓶を取り出してローテーブルにのせた。
シャンパンだ。
「結構いいやつ。親父からもらってきた。プロジェクトが失敗したら返せと言われてた。戻ってくると思ったんだろうな。ざまあみろ」
秀一は笑う。
「わたし、お酒飲んだことないよ」
「マジで? 新歓コンパは? 二十歳になったらとりあえず友達と飲みに行ってみたりしない?」
「わたし、そういうのに誘われないから……」
彩七の視線が床に下がってゆく。
「いい! 彩七はむしろそれでいいよ。じゃあ、俺と飲むのが初めてなんだ。そっか」
秀一はほくほくとした様子でクラッカーを回収し、ビニール袋に詰めた。
「秀一くんは飲んで大丈夫なの? お酒弱いでしょ」
「俺はむしろ強い方だと思うけど。なんで?」
「新幹線で、缶ビール一本で酔ってたから」
「そんなわけな……」
そう言いかけた秀一は途中で言葉をとめた。視線が泳ぐ。
「比較的ビールには弱いかも。疲れてたから酔いが早かったとか。それより、いい加減に腹減らない?」
「そういえば、安心したらお腹がすいた!」
彩七は両手でお腹を押さえた。今日は飲み物以外は口に入れていない。
「お腹は空いてるけど、お腹が空きすぎてあんまり食べたい気もしなくなっちゃった」
「確かにな。コンビニに行って、消化にいいのと酒のつまみっぽいのだけ買ってくるか」
「そうだね。ずっとパソコン画面とにらめっこしてたから、夜空で癒されたいかも」
秀一は窓を見上げた。
「そういえば昼間は曇ってたのに、丸い月が出てるな」
外に出た二人はどちらからともなく手をつなぎ、コンビニまでの道のりを、少し遠回りして歩いた。
