海賊王と麗人海軍~海洋恋愛浪漫譚~ 5章(6/8)
五章 閉ざされた扉
消灯を過ぎた夜の甲板で、アレクサンドラは一人、夜空を見上げていた。
商船を拿捕し、船ごと荷を手に入れ、今日の祝宴も大いに盛り上がった。今でも飲み足りない数人が甲板で飲んでいる。下層の甲板は夜八時以降、ハンモックを吊るして眠る者がいるため、飲酒は外でのみ許されるのだ。
今日はハードな一日だった。
船底くぐりをアレクサンドラが成功させたので、かなり株が上がった。アレクサンドラが「女を連れ込んだ罪」はこれで正式に許されたことになる。
しかしクリスを筆頭に、性別を偽っていたことに憤っている者もいる。港に着いてから改めて、アレクサンドラをこのまま海賊団の一員として認めるかの多数決を取ると、ロバートが宣言した。
「ごめんエド。女だってばれちゃった」
商船に乗っていて港に戻るまで合流できないエドワードに、アレクサンドラは謝った。男装をする必要がなくなったので、化粧はもうしていない。ただし、女性らしいボディラインが見えることは、男性社会の中では好ましくないことを海軍時代に学んでいるので、胸や腰に晒しは巻き続けているし、パンツの上から腰布も巻いている。
船縁に体重をかけながら潮風になびく髪に頬をさすられ、アレクサンドラは目を閉じる。
こうなったからには諜報活動についても、なんらかのけじめをつけるべきだろう。
自分にはロバートを殺せないし、捕える必要さえ感じない。
では帝国に戻るのか。
「……それは、いやだ」
戻れば別の諜報員、もしくは暗殺者がこの港にやってくるのだろう。ロバートの命が狙われる。
しかしそれ以上に、ロバートと離れたくないという思いが強かった。
今思えば、裏路地で初めて会った時からロバートが気になっていた。惹かれている自分がいたのに、気づいていなかっただけなのだ。いや、気づきたくなかったのかもしれない。
しかしその気持ちを、船底くぐりで決定的に思い知らされた。
「私は愚か者だ」
自分は軍人で相手は海賊だ。交わるはずのない関係だ。
……それに、エドワードのこともある。
「帝国に帰ろう」
帰るべきだ。
これ以上ロバートを好きになる前に。
今ならきっと引き返せる。……はずだ。
「寝るか」
これ以上考えても堂々巡りになるだけだ。アレクサンドラは昇降口の梯子を下りた。
その途中。
「……っ!」
布越しに口を押さえられ、そのまま体が浮き上がった。塊となった布が喉まで差し込まれて苦しくてむせるも、くぐもった音が漏れるだけだった。いくつも伸びてくる手が映るのを最後に視界が奪われた。顔中布を巻きつけられて、塊が吐き出せない。叫びは布が邪魔をして響かない。苦しくて浮いた涙は布に吸い込まれた。空いているのは鼻だけだ。暴れようにも、いつの間にか手足が縛られていた。
一瞬の出来事だった。複数人の手によって、アレクサンドラはあっという間に荷と化した。
どこかに運ばれ、どさりと固い床に落とされた。かなり湿っていて、かびの匂いがする。最下層の船倉だろうと、アレクサンドラは予想する。
「さて、始めるか」
何者かの声がする。聞き慣れない声だ。
パンツのウエストの紐が緩められたのがわかった。チュニックがめくりあげられる。
「んうう」
アレクサンドラはなにをされるのかを察し、再び暴れはじめた。
「足のロープ解こうぜ。これじゃ開かねえじゃん」
「晒し固てえな、どう解くんだよ」
胸の谷間に、ごつごつとした指が強引に差し入れられる。荒れた指が柔らかい皮膚を乱暴に擦り、痛みが走った。
「そんなの切っちまえよ」
「暴れんな」
いくつもの手が、アレクサンドラの身体を這っている。
気色悪い、いやだ。
声にならない声を上げる。恐怖で身体がすくみ上る。
「すげースベスベだ」
「柔らけえ。男みたいなナリをしていても、やっぱ女だな」
下衆な言葉に嫌悪感が走る。
足のロープが切られた。
まだ足を掴まれてはいるが、ロープで固定されている時よりは自由がきいた。
チャンスだ。
仰向けに寝かされているアレクサンドラは右足を持ち上げて、かかとを床にたたきつける。仕込んでいたナイフがつま先から飛び出した。即座に足を掴んでいる男がいるであろう位置を蹴り上げる。なにかにかすった感触があった。
「うわあっ」
足が自由になった。
アレクサンドラは足を大きく回転させるように振り上げた。男たちの驚嘆の声と悲鳴が聞こえた。
押さえこまれていた複数の手がなくなった。その隙にアレクサンドラは素早く手首のロープを切り、顔中に巻かれていた布を取った。
アレクサンドラは拘束されていたあらゆるものから解放された。
片膝と片手をついた低い姿勢で、手負いの獣のように殺気を放ちながら、アレクサンドラは周囲を見回した。
そこには驚愕の表情を浮かべているクリスとその取り巻きたちが五人集まっていた。取り巻きたちは腕や足などの切り傷に手を当てている。
「クリスの指示か」
アレクサンドラが睥睨すると、クリスはびくりと肩をすくませた。
突然のことにアレクサンドラは気が動転したが、荒くれ者の集団に飛び込むのだ、もしものことを考えていないわけがなかった。
腰にはカトラスがある。アレクサンドラは軍人だ。拘束がなくなった今、訓練していない男たち六人など敵ではない。
「なんの騒ぎだ」
ロバートが船倉に入ってきた。クリスたちは「どうしてキャプテンが」などと言って動揺している。
「ケンカか。仲間割れは罰。どちらが仕掛けた」
どう見ても一対六で、しかもアレクサンドラの周囲には縛られていたロープなどが落ちていた。アレクサンドラの手足には擦り切れて赤くなったローブの跡がついている。
「おまえら……」
なにが起こったのか悟ったのだろうロバートが眉をつり上げた。
「鞭打ちと船底くぐり、どちらか選べ」
ロバートは表情を怒らせたまま腕を組み、クリスたち六人を睨み上げた。
「そんなっ」
「あんなの無理だ」
「俺たちはクリスに頼まれただけで」
「キャプテン、勘弁してください」
「ちょっと、なんだよそれ。おまえたちが暴走しはじめたんだろ。ボクはここまでしろとは言ってないっ」
クリスたちは揉め始めた。
やっと呼吸が落ち着いたアレクサンドラは立ち上がって、仕込みナイフを元に戻した。
「誤解です、キャプテン・ロバート」
「なにがだ」
ロバートはアレクサンドラに視線を向けた。
「クリスたちと狭い場所での戦いの訓練をしていただけ。私がやりすぎて彼らに怪我をさせてしまった。傷は浅いようだけど、念のため早く治療をしたほうがいい。ね、クリス」
アレクサンドラはクリスに歩み寄り、親し気に肩に手を置いた。クリスはムッとした表情で黙っている。
「そうなんだ、訓練だ」
「じゃあ俺たち、先生のところで手当てしてもらってくるわ」
取り巻きたちはアレクサンドラに話を合わせて、次々と逃げるように部屋から出ていく。
アレクサンドラは少し低い位置にあるクリスの耳元に口を近づけた。
「ひとつ貸しだからね」
笑みを作って見せると、クリスは悔しそうに顔をゆがませて、走って部屋を出て行った。
その後ろ姿が見えなくなると、アレクサンドラは壁に背をついて大きく息をついた。
「……危なかった」
もしもの仕込みが役に立った。不意打ちで簀巻きにされてしまっては、必死に身に着けた剣技も役に立たない。
気が抜けて、そのまま壁に寄りかかるように座り込んでしまう。今更ながら、身体が震えた。
「クリスがおかしな動きをしているから気になって来てみれば……。それにしてもアレックス、あれだけの人数を相手に、おまえは大したやつだな」
ロバートは感心したように改めて船倉を見回した。
「お咎めなしでよかったのか、アレックス」
ロバートはアレクサンドラの隣りに腰かけた。
「そもそも私が蒔いた種だ。私が女であることが波風を立てた」
アレクサンドラは膝に額をのせてため息をついた。
「性別なんてどうだっていいと思うのに、女であることが人生の障害となって、たびたび邪魔をする」
「男であろうと女であろうと、おまえはおまえだ」
ロバートはアレクサンドラの形のいい頭に大きな手をのせた。アレクサンドラが顔を上げると、魅惑的な碧眼と目が合った。
「障害なんて、さっきみたいに蹴散らせばいいだろ。欲しいものはしがみついてでも掴み取れ。無理だと決めるのは他人じゃない、自分だ」
「ロバート」
まるでアレクサンドラの悩みを見透かしているかのようだ。アレクサンドラはすぐ近くにある逞しい肩に額をのせてみた。そして静かに目を閉じる。緊張と恐怖と怒りで燻ぶっていた胸が、風のない海のように凪いでくる。
――なにもかも捨てて、この人について行けたらいいのに。
「あんなことがあったあとだ、大部屋で寝るのは怖いだろう。オレの部屋に来るか? 鍵がかかるし、オレが信頼している者しかいないから安心だ」
船長室は副船長のネイサンと医師が一緒に寝泊まりしているはずだ。一度内部を見たいと思っていた。ロバートの出生のヒントがあるかもしれないからだ。
しかしアレクサンドラは首を横に振った。
「一人だけ特別扱いをされたら、また余計な波紋が広がるかもしれない。大部屋で寝るよ」
「……本当に、大した度胸だな」
ロバートは愉快そうにアレクサンドラの頭をかきまわした。
翌日、朝六時に鳴る鐘で目が覚めた。まずは全員で清掃だ。
大部屋にはアレクサンドラを襲ったクリスやその取り巻きたちもいるはずだが、無事に朝を迎えることができた。人数が多すぎて、どこにいるのかすらわからない。
ハンモックを丸めて甲板にある置き場にしまっていると、ロバートが声をかけてきた。
「アレックス、操舵はできるか」
「できるけど」
操舵は海軍で学んでいた。
話を聞くと、航海士であるネイサンが昨日の戦闘で傷を負っていた。怪我自体は大したものではなかったが、明け方になり倒れたそうだ。夜中は熱を堪えて操縦していたらしい。
「菌に感染したようだ。二、三日寝ていれば治るようだが、その間舵をとれる者がいない。こういうときはブッチャーに任せていたが、あっちの商船にいるからな」
「……私でよければ」
むしろ歓迎だ。航海士に憧れていたのだ。基本的な知識はある。
操舵の詳しい説明は本人に聞いてほしいと船長室に行くように言われる。入ることが叶わなかった部屋に、あっさりと案内されてしまった。
アレクサンドラはノックをして「失礼します」と声をかけながら部屋に入った。奥のベッドにネイサンが横になっており、傍に初老の医師がいた。ここではハンモックではなくベッドを使っているようで、離れて設置されたベッドはカーテンで仕切られるようになっている。一部固定されている大きな荷があるのは今までの戦利品か。
中央には執務室があり、その後ろの壁には大きな海図が貼ってあった。
「これは……」
アレクサンドラは目を奪われた。
市販の海図よりも、はるかに広い地域が書き込まれている。しかも精密な図は、アレクサンドラの理想そのものだった。
「それはネイサンが描いたものだ」
後ろにロバートが立っていた。
「この海域にまで行ったことがあるの? 私が読んだ本によると、ここに大陸があるはずが……」
「その話はあとだ。まずは向かう方角とか地形の注意点なんかをネイサンに聞いて来いよ」
質問攻めにしようとするアレクサンドラにロバートは苦笑した。
「そんなに海図が描きたいなら、うちで航海士になればいい。なあネイサン」
「そうですね。こういうとき、航海士が一人では困ります」
ネイサンが答えた。いつもより声が息交じりで、話し方からも熱っぽいのが伝わってくる。
「ここで航海士に……」
考えてもいなかったことだ。新しく示された将来の道筋に、アレクサンドラは感動にも似た衝撃を受けた。
やりたい。
しかし自分は帝国軍人だ。できるはずがない。
アレクサンドラは頭を振った。何度この問答をしたのだろうか。
――欲しいものはしがみついてでも掴み取れ。無理だと決めるのは他人じゃない、自分だ。
ロバートの言葉を思い出した。
「といっても、おまえがここに残れるかは、港に戻ってからの多数決の結果次第だけどな」
カラカラと笑うロバートに、アレクサンドラは神妙に俯いた。
そろそろ自分がなにを欲して、なにをなすべきか、決めるときだ。
ネイサンから説明を受けてから、操舵輪のある船尾甲板に向かう。舵輪は少し高い位置にあり、眺めがいいが潮風がダイレクトに当たる。舵輪の下に設置してある羅針盤と太陽の位置で、船の進んでいる方向を確認した。
風で髪を遊ばせながら、遠い地平線を見渡した。舵を切れば思うがままに船が進む。まるで海を独り占めしているようだ。アレクサンドラはずっとこの場に立っていたいと思った。
それから二日、ネイサンの代わりに操舵をつとめた。乗員の命を握るといっても過言ではない重要な役割をアレクサンドラがすることに不満を漏らす者もいたが、確かな腕前を見て、だんだん不平を言う者はいなくなった。
ネイサンが回復する三日間、アレクサンドラは立派に操舵手をつとめあげた。
それから一週間後の夜、ロバート海賊団は海賊島の港に戻ってきた。
商船から降りてきたエドワードは、人目もはばからずアレクサンドラを抱きしめた。
「ごめんエド、女だってばれて……」
「そんなことはどうでもいい。船底くぐりなんて無謀なことをして……。無事でよかった」
息が苦しくなるほど強く抱きしめられて、アレクサンドラは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。どれだけ心配をかけたのだろうか。
「エド。伝えたいことがあるんだ」
身体を離し、アレクサンドラはエドワードの青い瞳を真っ直ぐに見つめた。声には決心が滲んでいる。
「……わかった。宿屋の部屋に行こう」
エドワードは唇を引き締めて、言葉少なく返事をした。
航海のない時に利用している宿屋の四階の部屋に二人はやってきた。シングルベッドが二つと丸テーブルがあるだけの簡素な狭い部屋だ。
「私は海賊団に残って、航海士になりたい」
ベッドに腰かけるなりアレクサンドラが率直に伝えると、エドワードはわずかに瞠目したあと、眉間にしわを寄せて眼光を強めた。
「……アレックス。自分がなにを言っているのかわかっているのか」
狭い部屋で、二人はお互いを威圧するように向き合っていた。
「おまえは祖国を裏切ると言っているんだぞ」
「私にはロバートを殺せない。むしろ守らねばならない人物だと確信している」
「俺がいない間に骨抜きにされたか。なにをされた」
「別に、なにも」
船底での口づけを思い出し、アレクサンドラの頬が微かに朱に染まった。
「とうとうロバートに惚れたのか」
隠しごとのできないエレクサンドラの表情が雄弁に語っていた。エドワードはアレクサンドラの両肩を掴み、勢いでベッドに押し倒した。
「やっ」
アレクサンドラはエドワードを突き放そうとした。しかしエドワードの逞しい身体は動かない。
「離してエド」
「……なぜ、俺じゃないんだ」
エドワードの端正な顔が苦しそうにゆがむ。アレクサンドラは顔をそらした。
「ごめん」
エドワードの気持ちは聞いていた。いつか結婚するかもしれないとも思っていた。
エドワードはずっと傍にいて、見守り、助けてくれた。大好きで大切な人。
しかし、アレクサンドラはロバートに出会ってしまったのだ。
共に航海をし、海図を作っていける人。
夢を共に追いかけられる人を。
「俺は自惚れていたのかもしれない。おまえを理解できるのは、受け止めることができるのは俺だけだと。だから色恋沙汰に疎いおまえの気持ちが変わるまで、いつまでも待つつもりだった」
エドワードは「しかし」と更に眉間のしわを寄せた。
「おまえが見張り台でロバートと話していた時から、いや、初めてあいつが現れた瞬間から嫌な予感はしていた」
「エド……」
そうかもしれない。
赤い旋風が巻き起こったあの時、既に心を奪われていた気がする。
しかしロバートについていくということは、ずっと支えてくれた理解者のエドワードとの別れを意味する。エドワードは間違いなく、いずれ帝国軍を背負うことになる男だ。
アレクサンドラは唇をかみしめて目を伏せた。
「俺は軍部に、おまえが海賊に寝返ったと伝えなければならないのか。そうなればおまえだけではない、家族や親族にもなんらかの処罰が下されるだろう。考え直せ」
アレクサンドラはハッとした。
兄に、親族たちに危害が及ぶ。その可能性を考えていなかった。
アレクサンドラは戸惑う視線をエドワードに向ける。
「おまえは新しい土地に来て、熱病にかかったようなものだ。祖国に帰れば治る。俺が必ずロバートを忘れさせてやる」
エドワードに強く抱きしめられた。
「エド……」
アレクサンドラがこんな状態であるのにも関わらず、エドワードはまだ手を差し伸べてくれる。
エドワードの手を握り返したい思いもある。
第一、家族や親族を不幸にして得た自由で幸せになれるとは思えない。自分だけならばどんな処罰でも受けるものを。
開きかかった扉が、大きな音をたてて閉ざされたようだった。扉の先には幼い頃からの夢が広がっているはずなのに。
――本当に扉は閉じたのか。
アレクサンドラは、人生の大きな岐路に立っている自覚があった。
「エド、離して。もう少し考えさせて」
エドワードは身を起こし、アレクサンドラを抱き起してベッドサイドに座らせた。
「すまない、感情的になった」
「謝るのは私だよ」
幼いころから、実の兄以上にエドワードに甘えてきた。しかし、ずっとエドワードの思いに気づかなかった。今までどれほど彼を傷つけてきたのだろうか。
「外で頭を冷やしてくる」
アレクサンドラはベッドから降りて部屋を出た。
もう真夜中だ。酒場は煌々と明かりがついて賑わっていたが、繁華街の殆どの店は閉じていた。
「祖国に帰るべきだ。わかっている」
帝国に戻っても、海軍を辞めても、海に出る方法はあるだろう。しかし。
「……だめだ」
アレクサンドラは薄い唇を噛んだ。
既にアレクサンドラの夢は、海図を完成させることだけではなくなっていた。潮風を浴びて操舵する喜びを知ってしまった。
それになにより、あの太陽のように眩しい男と併走していきたいのだ。
「ロバート……」
口にするだけで胸の奥がうずく。それと同時にエドワードを思い出し、苦しくなる。
裏路地の一件で懲りているので、大通りを選んで歩く。足取りに元気はないものの、こんな時でさえアレクサンドラは軍隊の訓練と生来の生真面目さから背筋は伸びていた。
海の匂いに導かれるように、足は船着き場に向いていた。
「あの船は……」
ロバート海賊団がこの航海で手に入れた商船に明かりが灯っていた。既に戦利品の分配は終わっているので、誰も商船には用がないはずだ。
「こんな時間に、なにを?」
まさか、泥棒だろうか。
しかしいつものごとく見張り当番がいて、ガレー船と商船の、二つの船を見る事になっているはずだ。見張るだけならば、ここまでの灯りはいらない。
船自体に価値があるため、誰かが売りさばきに行くのだろうか。それにしても、団員に知らせずにこんな夜中に運ぶのは不自然だ。
「やはり盗賊か」
見張りをしている団員を襲って船を奪ったのかもしれない。
「だったらあんなに明かりをつけるのは、なおさら不自然か。なんなんだ一体」
独り言を言いながらアレクサンドラは船に近づいた。すると商船が動き出した。
「えっ、どうしよう」
アレクサンドラはとっさに船に乗り込む手段を探し、滑車に巻き上げられている錨に飛びついて掴まった。手足を滑らしながらもぬめる錨綱を登り、なんとか船首に這い上がることに成功した。
「思わず乗りこんでしまった」
アレクサンドラは船首に座って、力んだ手足を緩めるために振るついでに衣服に付いた藻を払った。岸はどんどんと遠く離れていく。もう戻れない。
考える前に体が動いていた。任務のためというよりも好奇心かもしれない。脊髄で行動していた。
「なにをしているんだ、アレックス」
「……っ!」
振り返ると、そこには深紅のジュストコールを羽織ったロバートが腕を組み、眉をつり上げながら立っていた。
