特殊警察ガイアスワット ACT.13 アニー、最初の事件

翌朝。
徳島市内の地方銀行。
夜勤明けのまま、アニーは口座手続きのためにロビーで順番を待っていた。
私服の下には、勤務中に履いていたタイツがまだ残っている。鞄の中には警察手帳と小型無線機。手帳の革は新品の硬さを残していた。
開店直後のロビーには、まだ一日の緊張が入り切っていない空気があった。
整理券を見つめる老人。母親の袖を握る子供。窓口の向こうでは、行員が客に頭を下げている。
そこへ――
ドォンッ!!
散弾銃の轟音とともに、自動ドアのガラスが内側へ弾け飛んだ。
悲鳴。
ざわめき。
硝煙の匂い。
空気が、一瞬でひっくり返る。
「全員、床に伏せろッ!」
黒いマスクの男が怒鳴った。
入口を背に、短い散弾銃を構えている。
もう一人が金庫側の通路から戻ってくる。
黒いバッグを抱え、拳銃を持っていた。奥を押さえていたのだと、見れば分かった。
「動いたら撃つぞ!」
銃口が、客の背中へ向く。
アニーの心臓が跳ねた。
(最悪……)
足が動かない。
呼吸が浅い。
喉が乾く。
視界だけが妙にはっきりしていた。
昨日の夜。
武道場。
ガイアツナの運転席。
美海の声。
――分からないから何もしないのは違う。
――一個でいいから選んで。
――自分で決めて。
目の前で老人が床に押しつけられる。
子供が泣く。
行員の一人がその場で固まっていた。
頭の中に選択肢が浮かぶ。
無線。
退避。
説得。
時間稼ぎ。
全部怖い。
全部、間違えそうだった。
(……一個でいい)
アニーはしゃがみ込み、砕けたガラスの陰に半身を沈めた。
鞄の中から無線機を探る。指先が震えて、最初の一回は送信ボタンを押し損ねた。
それでも、もう一度押す。
「こちら圓藤……徳島市内、阿波中央銀行本店一階ロビー。強盗事件発生。犯人二名。うち一名、散弾銃。もう一名、拳銃所持。応援要請、至急――」
声が裏返る。
だが、最後まで言い切った。
散弾銃の男が振り向く。
「今、何した?」
まずい。
アニーは無線機を鞄に押し込み、立ち上がった。
もう隠れてはいられないと分かった。
「警察です!」
声は震えていた。
それでも、ロビーにはっきり響いた。
二人の男の視線が同時に向く。
「……あ?」
拳銃の男が眉をひそめる。
「手帳しまえ。今すぐ伏せろ」
アニーは手帳を握ったまま、一歩だけ前へ出た。
柱。カウンター。非常口。
逃げ道と遮蔽物の位置を、視界の端で拾う。
(時間を稼ぐ)
最初に決めたのは、それだった。
「警察です! 全員、頭を下げてください!」
客に向けて叫ぶ。
それから犯人へ視線を戻した。
「あなたたちも動かないで!」
「ふざけるな」
拳銃の男が銃口を向ける。
距離は七メートルあるかないか。
頭の奥が冷たくなる。
(無理だ)
そう思った瞬間、子供の泣き声が耳に刺さった。
アニーは視線を切らないまま、少しだけ身体をずらす。
母親と子供が柱の影に入りやすい位置へ、自分の立つ場所を寄せる。
その瞬間、拳銃の男の指が動いた。
バンッ!!
銃声。
壁に弾がめり込む。
ロビーに悲鳴が走る。
アニーは横へ飛び込み、カウンター脇の陰へ転がり込んだ。
肺が一気に空になる。
(撃たれた……!)
手が震える。
脈が速い。
だが、生きている。
「クソ、警察がいたぞ!」
「急げ! 袋まとめろ!」
犯人たちの声が荒くなる。
(乱れた)
アニーは息を整えた。
今度は意識して、次の行動を選ぶ。
カウンター越しに、母親と目が合う。
青ざめた顔。
子供を抱き寄せたまま、動けないでいる。
アニーは柱の陰から、わずかに身を出した。
「こっち見ろ!」
拳銃の男が反応する。
視線が向く。
その隙に、アニーは母親へ小さく顎を引いた。
――行って。
母親が子供の手を引く。
非常口の方向へ、這うように動く。
一歩。
二歩。
距離が開く。
拳銃の男が気づいた。
「待て!」
男がアニーへ詰め寄ってくる。
散弾銃の男はバッグを抱えたままロビー中央で迷っていた。外からサイレンが近づいている。
拳銃の男がカウンターを回り込む。
近い。
アニーは立ち上がった。
逃げきれない。なら、距離を潰すしかない。
銃口が額に触れる。
冷たい。
金属の感触だけが、妙にはっきりしていた。
「動くな」
低い声。
「お前、何者だ」
呼吸が浅くなる。
足の裏の感覚が消える。
それでも、目だけは逸らさなかった。
「……警察です」
男の眉がわずかに動く。
「まだ見習いみたいなものです」
口の中が乾く。
それでも続ける。
「でも、その間にあの二人は行けます」
男の視線が、一瞬だけ揺れた。
その一瞬で足りた。
アニーは足元の金属トレーを蹴り上げる。
ガンッ!!
跳ねたトレーが男の手元に当たり、銃口がぶれた。
アニーは迷わず身体ごと踏み込んだ。
肩からぶつかる。
距離をゼロにする。
「ぐっ……!」
両手で男の手首にしがみつくように掴み、身体ごと押し込む。
うまく入ったわけではない。
もつれ合い、肘が折れた拍子に、拳銃が床へ落ちた。
カランッ――
「このッ!」
男が肘で振り払おうとする。
アニーは離れない。
腕に体重をかけ、腰を落とす。
そこへ、背後から荒い足音。
もう一人だ。
「どけぇッ!」
振り向くと、バッグを捨てた男がナイフを抜いていた。
入口脇には放り出された散弾銃。
外のサイレンは、もうすぐそこまで来ていた。
アニーは拳銃の男を突き放し、立ち上がる。
息が荒い。
視界が揺れる。
ナイフの男が真正面から突っ込んでくる。
(怖い)
当然だった。
でも、ここで下がれば、また同じになる。
(前に出る)
その一つだけを選ぶ。
ナイフが走る。
一直線。
アニーは半歩だけ横へずれ、腕で払う。
軌道は逸れた。
だが浅く、切られる。
「っ……!」
袖が裂け、前腕に熱が走る。
血がにじむ。
それでも止まらない。
ナイフを持つ手首を両手で掴む。
力で押し返される。
喉元へ刃が近づく。
美海の声が、頭の奥で響く。
――一個でいいから選んで。
(止める)
アニーはさらに一歩、前へ踏み込んだ。
間合いを潰す。
ナイフが振れない距離まで入る。
男の体勢がわずかに浮く。
そこを逃さない。
膝が相手の足に当たる。
バランスが落ちる。
そのまま手首を外側へ捻る。
カンッ!!
ナイフが床に跳ねた。
次の瞬間、男の肩を押さえ込み、体重を預けるようにして床へ倒す。
「動くな!」
自分でも驚くくらい、声が出た。
男がもがく。
押さえ切れない。
すると、ロビー入口から怒声が飛んだ。
「県警だ! 武器を捨てろ!」
応援だった。
突入してきた制服警官が二人、続いて機捜の私服が入る。
一人が拳銃の男を制圧し、もう一人がアニーの押さえ込んでいた相手の腕を取った。
「代わる!」
その声で、初めて力が抜けた。
アニーは後ろへよろける。
腕から血が落ちる。
遅れて震えが来る。
床には拳銃。
ナイフ。
転がったバッグ。
砕けたガラス。
泣き声が、まだ遠くで続いていた。
アニーは息を整えながら、その場に立っていた。
完璧じゃあない。
綺麗でもない。
一人で片づけたわけでもない。
それでも。
(……選んだ)
ロビーの奥で、さっきの母親が子供を抱きしめている。
目が合う。
何か言おうとして、結局、深く頭を下げた。
アニーはそれを見返し、ようやく警察手帳を握り直した。
手の中の革はまだ新しく、少し汗で湿っていた。
The Next Mission
