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【夏目漱石】『こころ』はよくわからない人が大多数?!

村上春樹いわく
「『こころ』はもうひとつよくわからんクラブ」というのをブログで立ち上げたら、けっこう盛り上がりそう…」。

たしかに夏目漱石の『こころ』は
最後まで曖昧模糊なところが
付きまといますね。

上記に引用させて頂いた村上春樹の
言葉は『村上さんのところ』という
新潮文庫、p307から308で
とある国語の先生が、
「どうしたらその面白さをうまく
生徒に伝えられ」ますか?
という質問に村上春樹が答えた
回答文章の一部です。

春樹も『こころ』は正直、よく
理解できないんです、とまず回答。
登場人物は何を考えてるのか 
さっぱり分からないし、
話の方も、なんなんだよ!
みたいな方向に行ってしまうから。

なるほど、夏目漱石は、
とくに、代表作と言われる
『こころ』には
今ひとつ納得や共感が難しい一面も。
そんな人は少なからずいらして、
『こころ』に納得いかない人で
ブログを立ち上げたら
賑わうんじゃないか?という、
この記事の冒頭に戻る訳です。

たしかに、
私も高校時代、国語の読書感想文で
『こころ』をコテンパンに批判して
国語の先生を悲しませた体験があります。

でも、大学時代や、社会人時代に
折にふれて読むと、
とても鮮やかな読後の余韻に
ひたれることがありました。

曖昧模糊さは相変わらずですが、
夏目漱石の魂の寄るべなさに
こちらの魂も共感するんです。
漱石独特の文体の温かさが
その原因でしょうか。

だから、仮に私が
「『こころ』がよくわからんクラブ」
というブログを立ち上げるとしても
それは、ネガティブな意味ではなく、
ポジティブな意味での曖昧模糊さを
評価し合うブログに出来たらいいな、
と思うんです。

『こころ』をそう読んでる人もまた
少なからずいるのではないでしょうか?

でも、どうせ記事を書くなら
三島由紀夫を取り上げる方が
さらに賑わうでしょうね。

夏目漱石より、
三島由紀夫のほうが
現代に通じるからです。

実際、夏目漱石を取り上げた記事より
三島由紀夫を取り上げた記事の方が
まあ、あくまで私の場合ですが、
ビュー数もスキ数も数字が伸びます。

三島由紀夫は
記事に取り上げやすいし、
記事を見たい人がたくさん
おられるようですね。

三島ファンがnoteには
きっと多いのでしょう。
三島由紀夫の作品はまだまだ、
ネガティブに受け取る人も
ポジティブに受け取る人も、
同じくらい多くいて、
まだまだ議論の余地もありますし。

これが太宰治になると、
一部のマニアがいて、
たくさんのファンがいて、
一部のアンチがいて、
もはや評価は固まってるような。

そこへ行くと、
夏目漱石は、
大人たちが近代文学の巨人として
文学的な権威として
担いでいる感があり、
文学の入り口として、
学校で押し付けられてしまうという
悪しき伝統があるようで、
ついつい、若い生徒や学生は
『こころ』には良い
ファーストインプレッションに
ならないんですね。
もったいないことに。

国語の先生なんか、
もう『こころ』は、
日本文学最高峰の夏目漱石、
その漱石の代表作だから、
素晴らしい作品でしかないではないか!
という前提が頭にあって教えてる場合が
多いんじゃないかしら。

当然、まだまだ思春期の生徒は
一部の優等生以外は、
妙に反感を最初に感じてしまう。

『こころ』にはどうも
よくわからないという声が
日本中でいつまでも消えないのは
こうした背景が原因ではないかしら? 
作品の構成の破綻とは別に。

まあ、ポジティブな意味で
『こころ』の曖昧模糊さを
高く評価している私としては、
もったいないなあ、と思います。

みなさんはいかがでしょう?
『こころ』は、村上春樹みたいに
好きになるのは難しいですかね?

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