スリントが導くオルタナ・カントリーの音響
アメリカン・ロックの中でも、アメリカーナ以上にとんと聞かなくなったジャンル用語に「オルタナティヴ(オルタナ)・カントリー」がある。かなり大雑把な分類で、70年代ならカントリー・ロックやアウトロー・カントリーと呼ばれていたような境界線のポップミュージックを、まとめてオルタナ・カントリーと呼び習わしていた。90年代中期から2000年代初めにかけて、グランジ・ロックと歩を同じくしつつ、結果的にはグランジより少し長く生きながらえた。つまり本質は、ジェネレーションx世代の「自分探し=オルタナティブな生き方を選ぶ」音楽のジャンルのひとつだったのだ。
以上はアメリカ本国での動きだが、日本ではレコードコレクターズ誌を中心に「ルーツ・ロック」というわかるようでわからない(定義が曖昧な)呼び名も存在していた。かなり乱暴な仕分けがされて様々なミュージシャンが放り込まれ、ディスクガイドには時代もスタンスも大きく違うメンツが並んでいた。当時復刻CDが話題になっていた「名盤探検隊」シリーズなどを盛り上げるためには、便利な言葉だったのだろう。
ただ、そうした音楽のありかを「自分探し」とすれば、あながちルーツ・ロックという呼び名も嘘ではない。もちろん、ルーツ・ロックの「ルーツ」は、アメリカン・ロックに連なる過去のポップ・ミュージックの遺産として、ブルースやフォーク、カントリーがあるね、という意味でのルーツだった。しかし、該当するミュージシャンたちはこぞって(でいいと思うのだけど)、「パンクやハードコアを聴いていたけど、ある日、親のレコード棚でカントリーに出会った」という自分語りの末にオルタナ・カントリーに覚醒しているのだった。
しかし、本来的に「オルタナティヴ」であるためには、メインストリームのロックやポップスに対して批評的な視点をもっていなければ、「別の道を選ぶ」ことの意味がなくなってしまう。アンダーグラウンド性と商業意識の薄さ。80年代以降のインディーシーンでオルタナティヴな存在だったバンドには、パンクやハードコア、グランジなど大枠の中でジャンル細分化されていたとしても、そういう意識は共通していた。だからこそ、カート・コバーンを例に出すまでもなく、同時代のグランジのように透徹したジャンル意識や美意識・精神性を持っているべきだった。だが、オルタナ・カントリーは、そうした特に精神性を持ちあわせているバンドは少なかったように感じる。オルタナ・カントリーは、ウィルコでもジェイ・ホークスでもボトル・ロケッツでもBR5-49でも、ひとくくりでオルタナ・カントリーだった。
個別にはそれぞれとてもいいバンドだが、同じざるにひと盛りにされて「オルタナ」とされるには、あまりにもバックグラウンドが違い過ぎる。ジャーナリズムから押し付けられたジャンルであるのは明白だろう。だからこそ、自然とその呼称は過去のものとなっていったわけだ。
前置きが長くなった…。
「真にオルタナティヴなオルタナ・カントリー」の生と死(奇妙なトートロジーだ)、それはアンクル・テュペロの4枚目のアルバムとその派生バンドであるウィルコの1枚目と、サンヴォルトの1枚目、2枚目のアルバムで決まったと思う。なぜなら、そこで生まれたサウンドは、過去と繋がり、未来への別の道も用意していたからだ。
アンクル・テュペロのファンであれば、3枚目「MARCH 16-20, 1992」でサウンドが大きく変わったことに戸惑ったのではないだろうか。「MARCH 16-20, 1992」はプロデュースがREMのピーター・バックであり、バックの趣味丸出しといいたくなるような、アコースティック・カントリー/フォークアルバムに仕上がっていた。それは荒削りなカントリー・ロックだった1枚目、ニール・ヤング的でパンキッシュな肌触りを持っていた2枚目とはまったく異なる路線だった。しかし、表現方法は変化しても、暗さと爽快感が同居したREMのような(バックが気に入りそうな)カレッジ・ロックとも通じるものが残っていた。録音的には、言ってしまえばさしたる面白みのないアメリカン・ロックサウンドの範疇だ。特に3枚目は、アコースティック主体なだけあり、「オルタナ」を想像すると戸惑うほど豊かな音の響きがある。バンドとしての一貫性がサウンドで表現しきれていなかった。
だが、メジャーデビュー盤でありバンドのラストアルバムになった4枚目の「アノダイン」(1993年)では、その装いは覆される。
「アノダイン」を再生すると、徹底してデッドなバンドサウンドが、スピーカーの間に無造作に広げられる。バスドラムの音はダンボールを叩いているかのようにボソボソで、スネアもドライで金属的なアタック感がない。ギターやベースもリヴァーブ成分なく鳴り響き、狭いルームに押し込められて演奏しているかのよう。天井の低いローファイサウンドが固まりで押し寄せる。だが、そんな中で声の録音には耳元で歌われるような生々しさが漂う。オースティンのカルトヒーロー、ダグ・サームをゲストに迎えて、彼の曲のカバー「Give back the key to my heart」が披露され、このアルバムの白鳥の歌となっている。とにかく、メジャーデビューには似つかわしくない曇り切ったサウンドであり、これこそ、グランジとも呼応するような「オルタナティヴ」なサウンドでようやくカントリー・ロックが鳴らされた瞬間だった。
このサウンドを作ったのが、録音とミックスを担当したブライアン・ポールソン。音響系やマスロックの始祖として知られるバンド、スリントの名作「スパイダーランド」のエンジニアだった人物だ。
スリントは1枚目の録音をスティーヴ・アルビニが担当。当初から、サウンドデザインには意識的なバンドだった。スリント解散後にメンバーは、トータスやバストロといった、その後の音響系バンドの一員として新たなシーンを形成していく。アンクル・テュペロのジェイ・ファーラーやジェフ・トゥイーディは、「スパイダーランド」のサウンドをリアルタイムで耳にして気に入っていたに違いない。「アノダイン」のプロデュースから音作りにいたるまで、すべてをポールソンに任せている。その結果として、オルタナらしい内省とカントリーの繊細さ、ハードコアの激情を合わせたアンクル・テュぺロのサウンドが、最後の最後でできたのだった。
もっとも、「スパイダーランド」のサウンドは、エレキギターのピーキーな響きやスネアの硬い響きが象徴するように、フリーキーで切れ味がいい。だが、ドライでダル、剥き出しのバンドサウンドが眼前に展開される様や、生々しい声の質感は「アノダイン」と共通している。このバンド・サウンドこそポールソンに作って欲しかったのものだろう。
アルバムでの抑制された感じとはことなり、感情をあらわにするジェフ・トゥイーディ。このころ、すでにジェイ・ファーラーとの関係は悪化しており、バンドは解散に向かっていく。ベースは、そのままウィルコにスライド参加するジョン・スティラット。
そして、アンクル・テュペロが分裂してすぐ、翌1994年にファーラーのサンヴォルトは「トレイス」を、トゥイーディのウィルコは「A.M.」を、それぞれ再びポールソンの録音で作っている。サンヴォルトの名盤「ストレイトウェイズ」もポールソンの録音・プロュースだから、彼に任せたかったのは、どちらかというとファーラーのほうだったのかもしれない。
(当時、私は毎日のようにこのCDを持ち歩いて、ウォークマンで聴いていたので、盤がボロボロになってしまった)
だから、音響的にも正統的に「オルタナティヴ」なカントリーを志向したのは、連作のように続くこれらのアルバムが、最初で最後と私は考えるのだ。特に「A.M.」は、新しいバンドのファーストとは思えない、妙な倦怠感がまとわりついているように聞こえる。ダルなドラムサウンドにそれは顕著で、きっと「オルタナティヴ」の残滓なのだ。ポップさをわざと空回りさせているかのようだ。
そしてウィルコは2枚目の「ビーイング・ゼア」で、ビーチボイーズの「スマイル」かジョージ・ハリソンの「オールシングス・マスト・パス」かを思わせる壮大さで、「A.M.」とはまったく異なる、汎アメリカ的なポップ・ミュージックを志向し始めた。そのハイファイで見通しのよい録音は、パンクやグランジを引きずるオルタナティブとの決別宣言だったし、その後の歩みもそうだ。だが「ヤンキーホテル・フォックス・トロット」に至りジム・オルークと組むことで、今度はスリントが礎を築いた「音響系」に再び接近していくのだから、そう遠くないところで常に「オルタナティヴ」を志向していたことになるのかもしれない。また、テュペロの3枚目の感性を持ってバックに憧れやシンパシーを抱いたのは、トゥイーディだったのではないか。のちのマイナス5もそうだが、ウィルコの「ブルー・スカイ・ブルー」でそこに立ち戻ったとも考えられる。
ファーラーのサンヴォルトは「ストレイトウェイズ」でポールソンとの蜜月が終わり、続く3枚目「ワイルド・スウィング・トレモロ」は録音、プロデュースとも別のエンジニアを立てている。そのサウンドはポールソン時代と比べて、各楽器の分離がよい反面ドンシャリな音作り。ざっくりと言えば同時代的なアメリカン・ロックに寄せたような音作りで、中途半端さが否めない。バンドもそのまま失速し、解散してしまうのだった。
こうして、生と死がほぼ同時に起こったかのように、オルタナ・カントリーの一瞬の火花が散ったのだ。……かなり偏った考察になっているのは承知の上で、こういうストーリーを描いてみたかった。私にとって、それほど鮮烈な印象を受けたアルバム群だったのである。
ポールソンはといえば、近年リマーカブルなバンドに関わることも少ないようだが、2007年にザ・シー・アンド・ケイクの「エヴリバディ」で録音エンジニアを務めている。サム・プレコップによる詩的でアンビエント的なサウンドを特徴としていたが、本作ではがっちりとしたバンドサウンドをものにしている。だからこそ、ジョン・マッケンタイアではなく、ブライアン・ポールソンに録音を任せたのだろう。
