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ママは今、ソクラテスと待ち合わせ中 ―― 南イタリアに学んだ「降伏」の哲学

日本の夏も十分に暑いですが、バカンスで過ごした南イタリアの太陽は、もはや暴力的なまでの熱量があるといえるのではないでしょうか。

​昼下がりに街を歩けば、驚くほど静まり返っています。

それまで賑やかだった商店のシャッターは、まるで「人間、こんな暑さの中で働けるわけがないでしょう」とでも言いたげに、一斉にガシャガシャと閉まっていきます。

午後1時から5時くらい。

「なんとなく涼しくなったら動き出す」という、あの5時くらいまでの曖昧な余白。

それが、南イタリアの街が完全に眠りにつく時間です。

みんないそいそと家に帰り、暗く冷たい石造りの部屋で横になります。

これが、シエスタの時間。


シャッターの 軋む音して 街眠る 
我も降伏 青き石室


かつて、この地で卒業論文を書こうと大量にノートを持ち込んでいたわたしは、この圧倒的な太陽の下で完全にノックアウトされました。

頭を働かせようとしても、脳がオーバーヒートを起こし、強制終了のサインを送ってくるのです。

文字通り、何も考えられない状態になりました。

暑さに負けたわたしは、絞ったオレンジジュースに氷をたっぷりと溶かし、その音を聞いていることしかできませんでした。

直前に滞在した北フランスは、1日中プールにいても、日焼け止めさえ塗っていれば少々のダメージですみました。

しかし、そこの暑さは想像を超えていました。

午前中に少し外を歩いただけなのに、雨戸を閉め切った暗い部屋で着替えると、サマードレスの跡がくっきり白く浮き上がっていることに気づきます。

水着の跡さえ残らないほど、一瞬で焼き付ける太陽。

​しかし、そのときわたしは疑問に思いました。

「かつてこの地には、ソクラテスやプラトン、ローマの皇帝たちや、ルネサンスの天才たちが生きていたはず。彼らは一体どうやって、この脳が溶けそうな暑さの中で、あの壮大な思想や芸術を打ち立てたの?」

​答えはとてもシンプル。

彼らは、太陽に逆らっていなかったのだそうです。

​昼の猛烈な暑さの中では潔くシャッターを閉めて、脳のスイッチを完全にオフ。

そして涼しくなった夕方6時頃、まるで2回目の朝を迎えたかのようなフレッシュな脳で再び街に現れ、広場でワインを片手に「人間とは何か」「国家とは何か」と、熱く哲学を語り合っていたのでしょう。

このメリハリと、自然の前に堂々と降伏するスタイルこそが、数々の偉人を生み出した土壌だったのではないでしょうか。

​この南イタリアでの原体験は、現在の子育て、そして異国での生活において、極めて重要な救いの哲学となっています。

実際、わたしがバカンスを過ごした時も、夜の街は昼間の静寂が嘘のような活気に満ちていました。

親の知人の息子が、ヘルメットをわたしに差し出し、「さあ、行こう」とバイクの後ろに乗せてくれたことがあります。

目指すのは、あの容赦ない太陽を浴びて育ったイチゴが丸ごと入った、地元のカクテル。

その名も『ドラキュラ』。

透明なグラスにたっぷりの氷、そして潰されずにそのままの姿で沈む真っ赤なイチゴ。

それは昼間に飲んだ濁りのあるオレンジジュースとはまた違う、透き通った美しさと美味しさでした。

「親が寝る前には必ず帰るように」と、鍵を持たせてもらえなかった彼。

イタリアの若者なら朝まで遊び歩くのかと思いきや、彼は約束の時間を1分たりとも違わずにわたしを送り届けました。

昼の太陽に降伏し、十分に休息を取るからこそ、夜の約束や交流を全力で、かつ誠実に楽しむことができる。

そんな彼らの律儀な情熱に触れた夜でした。


戻り来し 風の涼しさ 夕映えに 
ソクラテスとの 約束の時間


子育てという営みは、常に脳のマルチタスクを求められます。

子どもの機嫌を伺い、栄養バランスを考え、異国の見慣れないスーパーの食材で何を作るか悩み、同時に、一人の人間としてのアイデンティティや、これからの自分といった壮大な問いが頭をよぎる。

脳は、いつだってオーバーヒート寸前です。

​だからこそ、わたしは午後、子どもが眠りについた瞬間(あるいは、少しだけゲームに集中してくれている隙に)、リビングのカーテンを厳かに閉め切ります。

そして、堂々とソファに横たわるのです。

​かつてなら「時間を無駄にしているのではないか」と罪悪感を覚えたかもしれません。

しかし今のわたしには、地中海の偉人たちという、これ以上ない強力な味方がいます。

​「わたしは今、サボっているのではない。イタリアの偉人たちと同じように、脳のゴミを掃除し、次なる偉大なインスピレーションを脳内で発酵させているのだ」

​そう、シエスタを最高の、そして最も知的な目標に据えながら、日々の暮らしの中に絶対的な聖域を確保しているのです。

​「ママは今、ソクラテスと待ち合わせをしているの」

そんな風に自分に言い聞かせ、わたしは深い眠りへと落ちていきます。

​あの容赦ない天候とライフスタイルが、人間は機械ではなく、自然の一部なのだということを教えてくれました。

猛烈に集中する時間があるなら、同じくらい猛烈に「シャッターを閉める時間」がなくては、心が持続するわけがありません。

​夕方5時、くらい。

少しだけ涼しくなった風が部屋に吹き込む頃、わたしはおもむろにソファから起き上がります。

数時間前まで爆発しそうだった頭は、驚くほどすっきり。

​シエスタという大いなる「降伏」の知恵、そして偉大な哲学者たちを目標にしたこの贅沢な休息のおかげで、わたしの心には、ほんの少しのゆとりと、地中海の賢者たちから分けてもらったような、スケールの大きな強さが宿っているのです。

​さあ、夕食の準備を始めましょう。

哲学の時間は、ここまでです。 




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