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第四章: あなたの声を待つ体温

今日のお昼は、直人さん来なかったな。
 そう思うだけで、胸の奥が少しだけ重くなる。

 そんな自分に驚きつつ、気持ちを切り替えるように夜の学校へ向かった。

 教室のドアを開けると、男子たちがバカ騒ぎしていて、思わずため息が漏れる。

 ――直人さんを見た後だと、余計に感じる。


 大人の落ち着き、柔らかい物腰。
 あの優しさは、たぶん“経験”から滲んでいるものなんだろう。

 彼も昔はこんなふうに騒いでいたのかなと考えてみるけれど、どうしても想像がつかなかった。

「美和ー、昨日のノート貸して。全然書いてなかった」

「はいはい……」

 友人にノートを手渡しながら苦笑する。
 すると横から男子が茶化してきた。

「美和って、ほんとオカンみたいだよな」

 ――私だってお断りだよ。
 心の中でだけ毒づいて、顔には出さない。

 その瞬間、ふと思ってしまった。

 私だって、直人さんみたいな人がいい。

 ――え、今……私、何考えた?

 自分で自分に驚いて、心臓が跳ねる。

 ひょっとして……
 いや、まさか……
 私、直人さんのこと、好きなの?

 意識した途端、熱が上がっていくのが分かった。
 けれど次の瞬間、すぐに落胆が押し寄せる。

 ――彼が好きなのは、私じゃなくて、私の唐揚げと卵焼き。

 それ以上でもそれ以下でもない。
 苦学生の私を気遣って、優しくしてくれているだけ。

 人気実況者が、私なんか相手にするわけない。
 そう自分に言い聞かせながらも、どうしても気持ちは沈んでいった。

 胸の奥が、じん、と痛む。
 好きになりたくなかったのに、好きになりそうで――苦しかった。


いろいろ悩みすぎたせいか、疲れがたまっていたのか――

 次の日起きると、体が鉛みたいに重かった。

 熱を測ると、見たことない数字が表示された。
 38.9℃。

「……嘘でしょ」

 久しぶりの高熱だった。
 学校に休みの連絡をし、バイト先の女将さんにも電話をかける。

「あらら!お大事にね。こっちは大丈夫だから、今日明日ゆっくり休みなさい」

「すみません……本当に……」

 電話を切ると同時に、ベッドへ倒れ込んだ。
 熱のしんどさもあったけれど、それ以上に――

 今日、直人さんに会えないんだ。

 その事実の方が、美和の胸をぎゅっと締めつけた。

「……これは、重症だな」

 自分で苦笑する。
 いつからこんな気持ちになってしまったんだろう。

 きっと――
 唐揚げと卵焼きを「美味しい」って笑ってくれた、あの瞬間から。

 手際よくお粥を作り、薬を飲み、着替えてベッドに戻る。
 タオルとポカリを枕元に置いたら、そのまま意識が沈んでいった。



 気づけば、スマホの着信音が耳に刺さっていた。
 画面には「女将さん」の文字。

「ぁ……はい……」

「ごめんね、寝てたよね。体調どう?何か欲しいものある?」

「大丈夫です。お粥作って薬飲んで……寝てました」

「しっかりしてるねぇ、美和ちゃんは」

 そこまではいつも通りだった。
 けれど、次の言葉に体が固まる。

「それでね――常連さんいるじゃない?美和ちゃんの、好きな」

「……っ、へっ!?」

 女将さんには、すべてお見通しだった。

「今日ね、彼が来たのよ。美和ちゃん、熱でお休みだよって伝えたらね――
 “……大丈夫ですかね?” だって」

 その優しい声が、耳の奥で蘇る。

「だから私が、“あの子一人暮らしだから電話してみるよ”って言ったの。
 そしたらね、少し考えて……
 “美和ちゃんが良ければ、俺も電話したいです”って」

 熱じゃなくても、体温が跳ね上がりそうだった。

「どうする?明日来たら番号、伝えてもいい?」

 胸がドクン、と跳ねた。
 言葉を出すのが怖くて、でも逃げたくなくて。

「……あの……はい。お願いします」

「了解〜。お礼は駅前のプリンでいいからね」

 冗談を言いながら、女将さんは電話を切った。

 スマホを胸に抱えたまま、美和は目を閉じる。
 熱で潤む目が、じんわりと滲んだ。

 ――直人さんが、私に電話したいって。

 信じてもいいのかな。
 期待して、いいのかな。

 明日の電話を想像しただけで、胸の奥がざわざわして眠れなかった。


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