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12年の恋を手放す。

予感がした。
多分これは、今書かないと、もう書けなくなる。
そう思って、慌てて筆を執っています。

この恋の話を、
どこから書き始めるか、
なんて形容するか、とても悩ましい。
とんでもない悲劇を経験したわけでもないし、
ドラマチックな別れの話でもない。

「元カレを8年引きずっていた」と言えばわかりやすい。

とはいっても、その間も普通に恋愛をしているし、
復縁を望んできたわけでもない。
8年も前の記憶だから、
記憶も書き換わっているだろうし
今現在のその人との関係ではないこともわかっている。

だけどとにかく手放せなくて
誰と付き合っても、どんな恋をしても
私の中でその思い出が消えなかった。
心のどこかで「あの恋が一番良かった」と思っている自分がいた。

世間では「元カレマジック」なんて言葉がある。


「元カレが忘れられないのは幻想」
「彼が一番というのはただの思い込み」
「次の恋をすれば忘れられるよ」



ということで、実際に多くの女性たちがその言葉に救われているらしい。

だから私も、そうなんだと思った。
そして、こんな気持ちを持ったまま次の恋愛に進むことを申し訳なく思ったりもした。

  • 元カレを忘れられないのは、幸せだった頃の自分を忘れられないだけ

  • その時の自分の在り方を取り戻したいだけ

  • その恋から学び終われば手放せる

  • 別れの原因と向き合う必要がある

そんな一見正しそうな言葉を信じた。
「忘れるには過ごした時間と同じ時間が必要」と何かで読んだけど、気づけばその倍の年月が流れていた。


私はどうしてこの気持ちを手放せないのだろう?
本当はどう在りたいのだろう?
と向き合っては
昔の自分と、手に入れたものや失ったものを思い浮かべて、泣き明かした夜もたくさんあった。


今思えば、手放すことに必死だった。
だけど執着とはそういうもので、
手放そうとするほど、その気持ちは色濃く存在感を強めたように思う。


それが今年に入って、手放していいかもしれないと思えた。

いや、むしろ逆だ。
「大事に持っていていい」ということを認められた。

きっかけは、年始にあった女子会の会場が彼との思い出の場所だったこと。
前日に気づいて、ソワソワしながら会場に向かった。

実際にその場所に行って、思い出がフラッシュバックする‥なんてこともなく
でも見覚えのある店内と、今でも覚えているエピソードを浮かべては
なんだか感傷的な気持ちになった。

家に帰って、本当にその場所だったかもう一度確かめたくなって、当時の写真を探した。

だけど写真は見つからなかった。

「手放すことで前に進める」
「断捨離をしよう」

という学びを素直に実行した過去の私が捨てたのだろう。

「手放すときは一つ一つ考えるのではなく、思い切りが大切」

そんな教えを信じた私は、きっと心を無にして捨てたと思う。

だから覚えていないのだ。
それでもどこかにあるかもしれないと探して、見つからなくて、悲しくなった。

どうして私は、大切なものを手放さなければいけないんだろう?
悪いことをしたわけでもないのに、なぜ捨てなければいけなかったの?
昔を思い出すのはいけないことなの?


そう思って、泣き明かした。

そして思った。

「手放す必要なんてなかったのかもしれない」
「この先も大切に持っていていいのかもしれない」

—————私は、全部持って進みたい。

ずっと忘れられない恋を何度も思い返してきた私が、その時初めて、この気持ちに許可ができた。

頭の中で

「そんなのはこの先出会う相手に失礼だよ!」
「きっとその人を悲しませるよ!」

みたいな声が一瞬聞こえたけど、

「私の隣にいる相手が、そんな器の小さい人ではないでしょう」
「もういい大人なんだから素敵な思い出のひとつふたつ誰にだってある」
「少なくとも私自身が、この私を受け入れていこう」

と、なぜか素直に思えたのだ。

「手放そうとすると余計に執着する」
なんて知識はとっくに知っていたし
何か決定的な出来事があったわけではなく
ただ私自身が自分とコツコツ向き合い続けた結果
ある臨界点に達した
のだと思う。

そんなことをしているうちに8年も経ってしまったけど、きっと私には必要な時間だったと思う。
過去はやり直せないのだから、そういう自分を受け入れて進むしかない。

この8年間私を悩ませたこの出来事は
確実に私を成長させてくれたし
この失恋がなかったら今の自分にはなれなかった。

きっとこの先、もう悩むことはないと思う。

そう思ったらなんだか寂しくなって、だから最後に、私なりにこの経験から得たものを書き留めておきたいと思います。

ただの自己満だけど、最後まで読んでくれたら嬉しいです。

<この恋が私に残したもの>

・自立した大人な自分になれたこと

これは最大の成果にして、一番厄介だったことでもある。
彼と一緒にいたとき、私はとてもワガママで、感情的な女だった。
自分をコントロールできず、気持ちをぶつけて、衝動的に別れを切り出したりしていた。
特に後半は、キラキラと夢を追う彼と、目の前のこともうまくできない自分を比べては、自信のなさを拗らせていた。
そんな未熟な自分を変えたくて、彼に相応しい自分になりたくて、私の夢は「社会に適応して東京で自立すること」「大切な人の夢を応援できる自分であること」になった。

その結果、今の私はその目標を素晴らしく叶えていると思う。
副作用として自分の気持ちが見えなくなったり頭でっかちになったりもしたけど、それも通過点だったと思う。
少なくとも、そこまで頑張ったという実績や努力は間違いなく私自身の魅力だ。(藪医者の友人Kさんの言葉を拝借)

・「私はどうしたい?」という問い

彼は口癖のように「樹里はどうしたいの?」というリクルートみたいな人だったので、別れた後もその問いは私の頭の中で繰り返された。
そもそも別れを切り出した理由が「世間一般的な価値観と照らし合わせると、私は大切にされていないのかもしれない」という思い込みによるものだったので、なおさらだった。
もともと人の目を気にする私にとって、この問いは難しかったのだけど、気づけば「正解探しをやめて自分らしく生きよう!」なんて発信する人になりました。笑

・ありのままの自分を認めること

今の私は我の強さとプライドの高さを表面的な適応能力で隠して生きているけど、ちょっと関わると簡単に本質がバレる。
そういう自分が恥ずかしくて、「普通にしなきゃ」と思って20代を過ごしてきたのだけど、今思えば彼はそういう私を面白がってくれた人だった。

私の我の強さはコントロールの利かなさと表裏一体なので、そういう自分を否定して、社会に適合するための自分を作り上げていたんだよね。
それがあっての今だけど、もう十分大人になって、自分の面倒は見られるようになったので、もう少しだけありのままの自分を解放して生きてみようと今は思っている。

・証拠を求めない姿勢

他人軸を脱すると言いながら、彼と別れた後の恋はずっと「正解探し」だった。

どうやって愛を示してもらえば、
どのくらいの頻度で会っていれば、
「私たちはうまくいっている」と証明できるのだろう?

そんなことを無意識にいつも考えていた。

だけど幸せだった当時の私は、
「彼が私のことを大好きなこと」「2人の関係が特別であること」を
「ただ知っていた」んだよね。

そこになんの証拠もいらなかったということに、8年越しに気づくことができた。

・私の願いがすべて叶った世界

当時の私は、彼の迷惑になることを恐れ、未熟な自分を見せられなくなって「愛されていないのだ」と決めつけて恋を終わらせた。
だからいま彼が彼の夢を自由に追って、そこに私がいないのは、あの頃の自分が願った形だったと思う。

私が先に、本当の自分で勝負することを諦めてしまったんだよね。
その自分が好きな人の負担になってしまうことも怖かったし、本当の自分を見せた結果幻滅されてしまったら立ち直れないと思っていたのかもしれない。
それならばせめて、友人くらいの距離感でいたいと願った。

いつか彼が、彼の夢を叶えて、私がそれを知ったら、とても嬉しく思うだろう。
そういう意味では、彼が今でも夢を追い続けていてくれることは、私にとっての唯一の救いであり、呪縛だったのかもしれない。笑
彼は彼の人生を生きて、それで夢を辞めてしまったとしてもいいんだけど、彼が夢を追い続ける限り、私は一生それを応援している。

そういう願いが全部叶っているのが、私が選んだ「今」だったと思う。


そんな感じで、とても捉われていたことが過去になってしまい、はじめてこの話を人前に晒してみようと思いました。
そしてこれは、私が「ありのままの自分」「ダサい自分」を受け入れ認める一歩でもある。

「失恋」って人生で起こる出来事でトップクラスに悲しい出来事だと思うけど、私はその経験ができてよかった。

「手放せない」と悩んでいたけど、手放す必要なんてなかった。
ただ、「あってもいい」と認めるだけでよかった。
だけど、もしかしたら、それが「手放す」ということなのかもしれない。

きっと彼のことは、この先もずっと大事な人だと思う。

12年もとらわれて
出口がないと思った私のこの恋は
なんの悲劇もない、辛さもない
ただただ幸せで優しい思い出だったみたいです。

あとがき:
私たちの記念日を今でも覚えているのだけど、その日の花言葉は「追想の愛」なんだと先日知った。なんだかエモい気持ちで筆をおきます。


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