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#創作大賞2025 #お仕事小説部門 第1話 「今だから言える,あれはカンファレンスハラスメントだ」

あらすじ


舞台は総合病院.
リハビリテーション専門職である,理学療法士が主人公.
新人理学療法士として入職した病院で迎えた初の多職種カンファレンス.威圧的な医師と,空気を読むことに慣れた先輩たち.そんな中,担当患者の「家に帰りたい」の一言が,主人公を突き動かす.
しかし,医療界に根付く“空気”や上下関係がそれを拒む.
葛藤し,翻弄されながらも声を上げ続ける主人公の姿に,少しずつチームが変わりはじめる――.
そして数年後,患者から届いた一通の手紙がその選択の意味を教えてくれた.「あの時,声を上げてくれてありがとう.」これは,ひとりの若手医療職が“働く意味”を見出すまでの,静かな,小さな挑戦の物語である.



1.「空気の読み合い,声が詰まる空間」


静かなカンファレンスルームに入ると,すでに患者情報がプロジェクターで投影されている.担当看護師の田島さんが背中を丸くしながらPC画面を眺めている.

「お疲れ様です」声をかけると少し体を捻ってこちらを見る.
「お疲れ様ですー」.

マスク越しでもわかる綺麗な方だが,微笑むこともなく再びPC画面に目を戻す.投影準備がされた薄暗いカンファレンスルーム.すでに椅子が綺麗に配置され,一番奥の椅子に腰掛ける.
ポケットから出したメモ用紙に目を落とし,発言内容を復習する.
前日,何度も発言内容を考え,練習してきた.新人なのに,ちゃんと考えられていて良いね.そんな言葉も聞かれるのではないかと妄想しながら準備してきた.

田島さんとの会話は特にない.田島さんはPC操作を.自分は発言内容の復習をしている.カンファレンスが始まるまであと10分ほど.沈黙の空気が流れていく.その沈黙が少しずつ気になっていく自分とは対照的に,特に気に留める様子もない田島さん.準備が完了したのか「よしっ」と小さくカンファレンスルームを出ていく.

間も無くして,他のスタッフの方々も入ってきた.作業療法士の水嶋さん,言語聴覚士の古川さん,医療ソーシャルワーカーの三田さんだ.

このメンバーの中で,最も経験値が豊富なのは三田さん.臨床経験は20年近くになるらしい.あまり発言が少なく,クールビューティーそんな方だ.
その次は古川先生.古川先生は臨床経験8年目.言語聴覚士として,リーダーを務めている.喋り方からしてもすごく頭の良い人ということは容易にわかる.そして,ちょっと怖い.知識・理論武装されている印象だ.

水嶋さんは5年目の作業療法士.笑顔が多く,いつでもニコニコしている.しかし,やや年下や後輩にはキツい物言いをしていると聞いている.

このメンバーが小林さんを担当する医療チームだ.
自分はこのチームの中で最年少の理学療法士.普通の理学療法士にはなりたくない,どうせなら立派な理学療法士になりたいと思い,大学院にも通っている.そう,二足の草鞋を履いている.

しかし,どちらも経験値が少ない,初心者マークのついた新人だ.そして,これから始まるカンファレンスは自分が理学療法士となって初めて入院直後から担当させていただいている患者さんのカンファレンス.1年目の新人とチームを組む他の医療スタッフの皆様は経験豊富な先輩方ばかり.「足を引っ張らないように,ちゃんと考えて準備していかないと」じんわりと汗が滲む手をぎゅっと握りしめ,その時が始まるのを待つ.

 13時3分.予定時刻をやや過ぎた時,「お疲れ様―」と白衣を纏った細身の医師がカンファレンスルームに入ってきた.紫先生だ.
紫先生はリハビリテーション科の医師として46年この世界にいる大御所だ.年齢はすでに70歳を過ぎていると聞く.しかし,その雰囲気はとてつもない熱を隠し持ちつつも表面には冷たさを纏うような,ミステリーさも兼ね備えているように見える.

この紫先生,実は“テポドン”と呼ばれている.なぜ“テポドン”か.それは紫先生の行動と,ある国の行為に由来している.紫先生は突然,理由もなく怒ることがある.いや,理由はあるのかもしれない.しかし真相はわからない.わからないが確実にその行為は存在する.

怒りの矛先は医療スタッフに限定されるが,新人,ベテラン,関係はない.無差別にその対象が変わる.研究的に言えば,ランダマイゼーションだ.ある程度のターゲットは決まっているようだが,いまだにその法則は明らかになっていないらしい.

無差別...
である

そして,この頃,海の向こうでは,これまた理由はわからないが何度もミサイルを発射しては色々な国から非難の声が挙げられている国がある.その国では,打ち上げるミサイルを“テポドン”と呼ぶそうだ.理由もなく,打ち上げることはなさそうだが,莫大なお金を使って,理解されない行動をしている.
そう,つまり彼女の行動はこの国のそれと似ており,それゆえに“テポドン”と呼ばれるようになったのだ.

 「老健施設への入所プランでしたね.では,それぞれの現状について教えてください」紫先生の口が静かにひらいた.誰も笑顔を見せることもなく,会話もなく,薄暗い部屋で息さえもしにくい空気が広がった.

「夜間も特に問題となることはありませんし,他の患者さんともうまくやっておられて穏やかに過ごされています.現状,大きな問題はありません」看護師の田島さんがその均衡を破る.
それに対し,紫先生が「はい,分かりました」と小さく返事.
続けて,「PTは?」
きたっ!!自分の番だ!!
PTとは,Physical therapistの略で理学療法士を意味する.

「はい.現状,ご本人の要望も踏まえ,起居動作(寝返りを打つ,起き上がるなどの動作のこと)などの基本動作自立に向けて進めています.歩行を始めたばかりですが,なんとか自立まで持っていければと思っています」

数日前から考えていた簡潔明瞭な報告をやや早口であるが伝えられた.
ちょっとした安堵感に浸る.

すると,紫先生は
「歩行自立?..自立..いけますか?」
「自立獲得ができると判断した理由は?」

「はい,現状,すでに立位での荷重練習をしており,膝崩れや麻痺の影響によって発生する震えなども見られておりません.報告されている文献的にも今の入院直後の状態から予後予測をすると,多くが歩行自立を獲得できたと報告されていますので,当事例でもそこを目指しています」

一拍あけて
「..そうですか..まぁ,また報告ください」
こちらに顔を向けることなく,非常にあっさりと,しかしやや不服そうな雰囲気で紫先生が言った.

え..何か間違ったこと言った?歩行自立がダメ??
あなた,歩行見てないですよね?え?わかるの??
専門家じゃないのに???

数日前から準備してきた一言を終えた後の安堵感はすっかり消えて無くなり,それに代わって苛立ちが混じったような疑念の気持ちでいっぱいになった.
え,これはテポドン..じゃないよね.怒ってないもんね.
でも,いきなりの質問すぎてテンパった.
あれはどういう意味がある発言だったんだろう...

自分の報告の後は水嶋さん,古川さん,三田さんと続き,
紫先生の
「はい,ありがとうございました.では,老健への予定でまた来月.お疲れ様」
の言葉で締めくくられた.

経験豊富な先輩方の口からは各専門職としての考え,そして専門的な発言が多く聞かれた.
しかし,自分には先輩方が何を言っているのか十分に理解することはできなかった.大学の講義で聞いてきた単語や情報もあったと思うが,ほとんど聞き取れなかった.それに,聴いたこともない言葉が大量にあった.何言ってたんだ?皆さん,全員理解してたのかな...?

知識不足もさることながら,紫先生の発言にはイライラさえもした.だから冷静になれず,聞くことができなかったのは一理ある.

いや,
いやいや,多分そうじゃない.

先輩方の報告は,一貫して老健施設への入所に向けた現状の課題とそれらを解決するための具体的なアプローチ内容だった.のだろう.
きっとおそらく...

しかし,どこか空気を読んで本当の意見を言っていない,いや,言えないような雰囲気も正直感じた.あれはテポドンを恐れてのことなのか,別な理由があるのか,それはわからない.ただの勘違いなのかもしれない.

いずれにしても,自分がこのチームの方々と一緒に進めていく上で,先輩方のことを知らなすぎる.どういう想いで患者さんと向き合っているのか,どういう意識で対応しているのか,プライベートのことなんてこれっぽっちもわからない.これでチーム医療なんてできやしないよな..

そもそも,自分自身の考えや治療の方向性が絶対的に定まっていないし,なんなら紫先生に否定されるような言葉も言われたし.
先輩方の言葉も知らないほど無知で,患者さんを良くするための知識が少なすぎる.先輩方はこんな新人と一緒にやるの,嫌だろうな...

迷惑かけないようにするためにも,もっともっと勉強しなくちゃ.
そう強く感じた.

こうして,色々なことを感じた初めてのカンファレンスは独特の緊張感を持って15分で終了した.

以降の展開は下記より.


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