「パパって働いているかどうか、わからないよね」
数年前。
朝九時前、住宅街の細い道に、列ができていた。
先には、小さなスコーン屋がある。
二人で回している店で、開店と同時に売り切れが出はじめる。
並ばないと、買えない。
並んでいるのは、たまプラーザのマダム、という感じの人たちだった。
少なくとも、平日の朝9時前に、列をつくれる人たち。
男は、僕一人だった。
息子は、偏食がひどかった。
保育園の頃、おかずは「イシイのおべんとクン ミートボール」だけ。
毎日食べて、五千個を目指すと言っていた。
目標の意味はわからない。本人は真剣だった。
その息子が、ここのスコーンは食べた。
それも、プレーンだけ。
妻にも大好評で、僕はちょくちょく朝の列に並ぶようになった。
そのうち妻が、おいしすぎて食べすぎる、太るから頻度を落として、と言い出した。
妻はママ友に、息子が最近あそこのスコーンをよく食べるようになったと話したらしい。
「5歳なのにOLみたいなもの好きなんだね」
と言われたそうだ。
ミートボール五千個の男が、スコーンで笑われている。
二年前、店は閉まった。
インスタで告知が流れて、コメント欄は惜しむ声で埋まった。
理由は、書かれていなかった。
息子の偏食は、だいぶましになっていた。
先週、そのアカウントが動いた。
復活するという。
ただし今度は一人で焼くので、用意できるのは三十人分ほど。
会計にも時間がかかる。
開店前に並ばれると近所の迷惑になるので、チケットを配る時間に来てほしい。
車では来ないでほしい。
人気店の告知というより、お願いの張り紙みたいだった。
夕飯のとき、妻が言った。
「会社の先輩が教えてくれたんだけど、あのスコーン屋、復活したんだって」
「インスタで流れてた」
「でもルール厳しいし、平日二日しかやってないんでしょ。社会人にはハードル高いよね。おいしいのに」
「何度も買ったけど、並んでるのは、朝から働かなくてもいい人たちだよ」
息子が言った。
「ということは、パパって働いているかどうかわからないよね」
妻が続けた。
「どうせ、そのマダムたちの中に男性は一人って、いつものオチ?」
一応、働いてはいる。
男性客は、ほぼいない。
チケットが配られるのは、平日の朝9時15分。
また、買いに行こうかな。
