「よくしゃべる、あの客です」冷やし中華の予約電話で名乗った
先日、緑製麺に初めて電話をかけた。
家の近くにある製麺所で、小売もしている。数年、生麺を買いに通っている。
毎年この時期だけ、特製の冷やし中華のタレが出る。近所の人気ラーメン店の店主が監修して、緑製麺のスタッフが作っている。手間がかかりすぎて、ラーメン店では出せないものらしい。
中華生麺と普通のタレなら二百四十円のところ、特製だと三百八十円になる。麺とタレを買って帰って、家で作る。
りんごとレモン、ほかにも柑橘が入っていて、酸味が強い。
去年、義理の母に作ったら、いままで食べた冷やし中華でいちばんおいしい、と言われた。そりゃそうだ。だからファンが多い。
好きな焼きそば麺を買いに行ったとき、作っているスタッフに言われた。
「去年より、値上げになっちゃう予定で。丁寧に時間をかけて作っているので、ほとんど儲けが出ていないんですよ。ただ毎年食べたいと言ってくれるお客さんがいるので、やめるにやめられなくて」
「義理の母も含めて、家族みんな好きなんですよ。続けてほしいので、毎年買っています」
今年もインスタに投稿が出ていた。数が限られていて、なくなったら終わりだ。
電話に出たのは、そのタレを作っているスタッフ本人だった。
三つお願いしますと伝えると、取りに来られるのはいつですかと聞かれたので、金曜日の午前中に伺いますと答えた。
名前と連絡先を聞かれて答えたが、名前だけではたぶん通じないと思ったので、最後に付け足した。
「ちなみに私、よくしゃべる、あの客です」
「そうだと思いました」
名前より、声のほうが通じるらしい。
一沙という中華料理屋がある。川崎市生田の長沢商店街の近く、鉄道空白地帯にあって、家からは車で十分ちょっと。店主は陳建一のもとに二十年いた人だ。
その一沙の料理教室の告知も、毎月インスタに流れてくる。
店には九ヶ月、行っていない。
たまプラーザのSHUNという四川料理屋に貼ってあった張り紙を見て、初めて行った。オーナー同士が友人らしい。
その日に、どこで修行されたのか、なぜこの場所に店を出したのか、市場はどこに行くのか、聞いた。翌日、北部市場の自転車ラックで声をかけられた。
昨年秋には、店の中に巨大なカボチャが置かれた。重さを当てた上位五人に、千八百円のディナー券が出るという。
カボチャの横に自分の靴を並べて写真を撮ってAIに計算させ、自分でも持ち上げてみて、三十五キロと書いて出した。実際は三十八キロで、五位だった。
九か月ぶりに入るなり、目が合った店主に、お久しぶりです、と声をかけた。
なかなか来れなくて、あれ、カボチャの重量当ての時以来ですかね。
陳建一のもとに二十年いた人に、僕はカボチャの話から始めた。
麻婆豆腐に、ご飯、スープ、漬物が二つ、春雨サラダ、ザーサイが付いて、千五百円、税込みだ。花椒のシビレは赤坂四川飯店と変わらず、辛みだけが少しまろやかになっている。平日の昼で、開店と同時にほぼ満席になった。
料理教室に行きたいと思っていたと言ったら、月に一日、三回に分けて、計三十人。八割ほどは、その場で次回の予約が埋まるという。
「それ、予約の取れない店の予約の受付方法ですよね。開店から二年足らずで、料理教室まで大人気って、なんかすごくないですか」
「以前から、料理教室やられていたんですか」
赤坂四川飯店にいた頃、店が開催する料理教室を担当していたそうで、店の看板でやっていたことを、いまは自分の店でやっている。
「ちなみに今月は、まだ空いてたりしますか」
「ひとつだけ空いてます」
「それ、何日ですか」
日にちを聞いた。
「あー、残念」
空いているのは、五歳の娘とマックアドベンチャーに行く日だった。
マクドナルドで子どもが就業体験をするイベントで、制服を着て、レジ打ちもやって、最後に自分で作ったものを親に販売する。
会計のときに言った。
最近、何かが足りてなかったんですよ。麻婆豆腐を食べて、わかりました。一沙に来てなかった。
今年の七月、家の近くにcocoという中華料理屋ができた。
ジャンボ餃子の名門、泰興楼で二十五年働いた人が独立して出した店で、十八席、最寄り駅から歩いて十五分、基本はワンオペだ。
開店から数日後、平日の昼に入ったら、客は自分しかいなかった。店主と、その日だけ手伝いに来ていた奥さんと、三人で三十分ほど話した。
飲食店巡りが趣味で、自宅から半径五キロに新しい店ができたら、呼ばれてもいないのに勝手に行ってしまうんですよ。インスタのアルゴリズムにも完全に把握されていて、私の画面はこの界隈の新規出店の情報ばかりです、本当にちょろい新規客だと思います。
そう話した。
cocoの店主に、アペリチェーナの話をした。あざみ野の駅前にあるイタリアンバルで、よく行く店だ。
前身は自由が丘のオルガニコというピザ屋だった。泰興楼から歩いて一分のところにあった。建物の取り壊しで、コロナの最中にあざみ野へ移り、名前が変わった。
アペリチェーナの店主は、泰興楼の餃子を客から土産でもらうことがよくあったという。cocoのインスタを見て、お互い食いしん坊なもんだから、どっちが先に行きますかね、と話していた。
自由が丘で歩いて一分だった二人が、どちらもあざみ野で店を出している。先に来たほうは、駅前で人気店になった。
cocoでは、餃子の皮は自分で作るが、ワンオペなのでシューマイの皮までは手が回らず、二年前から話をしていた店から仕入れているという。
その店が、緑製麺だった。
そのすぐあと、生麺を買いに行ったときに言った。
「先日、平崎橋付近にできた餃子屋cocoで、お宅のシューマイの皮を使っていると聞きました」
「なんでそんなことをご存知なんですか。お知り合いですか」
聞かれたのは、なぜ知っているのか、だった。
知り合いというほどではなくて、行った日に三十分ほど話す機会があっただけだが、たぶん向こうにも、よくしゃべる客だと思われている。
そう言ってから、気づいた。
「私、ここでもよくしゃべってますよね」
金曜日の午前中に、三つ取りに行く。
