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タイで歌を流行らせた

大学のときはバブル真っ盛りで、マハラジャとかジュリアナ東京とか、周りは浮かれていた時代だったが、自分は一人暮らしで東京の片隅で猫のふーちゃんと一緒に地味に暮らしていた。

夜はジュリアナ東京に行く代わりに高田馬場のシチズンスケートリンクへ。アイスホッケーをやっていたのだが、大学生は優先順位が一番低いので、夜11時くらいから練習が始まるのだ。

華やかな世間のトレンドと真逆の大学生活を送っていたが、バブルの恩恵を受けた数少ないことは、バイトの仕事がたくさんあったことだった。

フロムAという雑誌があって、そこで1週間の肉体労働バイトを探して、バイトで稼いだお金で海外に3週間くらい行っていた。

最初に行った海外は韓国で、その次がタイだった。

タイは当時は物価が安くて、ドミトリーに泊まって屋台で食べれば1週間で数千円で生活できる感じ。カオサン通りというところに安宿が集中していて、通りには怪しい外国人がたくさんいた。

そこにいる日本人たちも世界中を旅するバックパッカーがたくさんいて、ドミトリーは情報交換の場と同時に、手持ちの本の交換をする場でもあった。

夜になるとドミトリーで知り合った日本人達と一緒に近くの屋台へ。そこで知り合ったタイ人たちと夜な夜な一緒にシンハービールを飲みながら、歌を歌ってコミュニケーションをとっていた。

そこで日本人側がいつも歌っていたのがなぜか「北酒場」。きた~の~♪と、タイの夜空に向かって合唱していた。タイの人たちも結構気に入ったらしく、一緒になって歌っていた。

その後帰国して、1年後にタイに行ったとき、タイで「北酒場」が大ヒットしていた。タイの歌手がカバーして歌ったらしい。

まだSNSなどない時代。あれは口コミで広まったんだと思う。

「歌の力ってすごいよね。」

授業の合間に子どもたちにこんな話をしています。


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