書きたいのに、投稿できなかった
タイトルの重苦しさを、イラストの温かさが中和してくれています☺️
「こんな記事でいいのかな。」
書きたいことはある。
記事も、ある程度できている。
あとは、
「公開する」
そのボタンを押すだけ。
なのに、
手が止まる。
何度も読み返して、
少し直して、
また読み返す。
それでも、
押せない。
「誰にも読まれなかったら。」
「否定されたらどうしよう。」
考え始めると、
せっかく書いた記事まで、
消したくなってくる。
そして、
投稿できなかった自分を見て、
また思う。
「やっぱり、私には才能がないのかな。」
そう思ってしまう気持ちは、
私にも分かります。
私も、
公開ボタンの前で、
手が止まったことがありました。
その日も、
仕事をしながら、
書きかけの記事のことを考えていました。
「今日は、投稿しよう。」
そう思っていたはずでした。
仕事が終わり、
一人きりの車の中で、
ようやく書き終えた記事を開きました。
一人きりの車の中。
外は、もう暗くなっていました。
スマホの薄暗い光の中に、
「公開する」
という文字が見えていました。
あとは、
押すだけでした。
でも、
手が止まりました。
「私の記事なんて、読んでくれるだろうか……。」
不安で、
頭の中がいっぱいになりました。
胸が締め付けられるような感覚がして、
周りの音も耳に入らなくなりました。
公開するか。
それとも、
消してしまうか。
公開ボタンに指を近づけては、
また止まる。
顔を手で覆ったりして、
時間だけが過ぎていきました。
その時、
ふと思ったのです。
まだ、
誰にも読まれていない。
読まれるかどうかも、
分からない。
それなのに、
私はなぜ、
こんなに怖がっているんだろう。
そこで初めて、
自分が怖がっていたものが、
少しだけ見えた気がしました。
怖かったのは、
発信ではありませんでした。
まだ起きていない結果を、
一人で背負っていただけでした。
読まれなかったら。
否定されたら。
自分の記事に価値がなかったら。
まだ何も起きていないのに、
私はその先にある未来を想像して、
公開する前から傷ついていたのです。
投稿できない自分を、
「才能がない」と決めなくてもいい。
怖くなるのは、
それだけ真剣に書いたからかもしれません。
自分の言葉を、
誰かに届けようとしたからかもしれません。
私も、
怖さがなくなったわけではありませんでした。
それでも、
公開ボタンを押しました。
「今」から、
抜け出したかったからです。
押した瞬間、
不安がすべて消えたわけでもありません。
でも、
一つだけ分かったことがありました。
怖さが消えるまで、
待たなくてもいい。
怖さがあっても、
一歩進んでいい。
もし今、
公開ボタンの前で、
手が止まっているのなら。
今日だけは、
投稿できない自分を責めるのを、
やめてみませんか。
私はずっと、
投稿できないのは、
自分に自信がないからだと思っていました。
でも、
それも少し違っていました。
次の記事では、
「発信できないのは、自信がないから」という思い込みについて、
お話しします。
