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アカシア・レコード🎶



末の子が 空を指さして
白い雨が降る と言った日
姉は あれは花だよと笑い
母はその訂正を  訂正しなかった

父は  樹の根もとにしゃがみ
去年の房を ただ拾い集めていた
その掌は
土の匂いよりも 黒かった

アカシアは この家に暮らす
五人目の 背丈
いちばん静かな口で 佇んでいる

老犬の 後ろ脚はもう立たず
薬を溶かす 朝の音が響く
花睡りが 土を覆う
夢の中でだけ
あの樹はまだ若木で
まだ誰も  喪ってはいない

縁側で 祖母が誰かを呼んでいる
「ハルさん」「ハルさん」と
それから 一度だけ
誰も知らない その名前を呼ばれるたびに
房から「ぽ」と ひとつ 落ちる

蜜ごえの響く 庭で 手帖の裏表紙
「亜華詩亜」の下 墨で消された
四つの文字  孫は読まなかった
読めないのでは なくて

父の掌に遺る傷は
この樹を植えた あの日のもの
母はそれを「薫傷」と呼んだ

ある晩の台所  まな板に向かい
こんな樹 
いつ切ったらいいのだと 父は呟いた 
包丁は 動かなかった
花は記憶より 早く咲いて 
やがて 誰のものでもなくなる

縁側で 誰かが 誰かを呼んでいる
時はめぐり 人々は移ろう
末の子が姉になり
姉が母になり
母が祖母になってゆく

呼ばれるたびに 房から
「ぽ」 と  ひとつ 落ちる
あの日消された 四つの文字は
読まれないままの 秘密

祖母はある未明
白い雨のなかに まぎれていった
それでも樹は
その後も咲いた
誰もいなくなった この庭で

残されるのは ただ
「族譜」という言葉を
この樹は 知らない
ただ 白い雨のように
花を降らせ続けるだけ


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