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私がnoteを始められなかった理由

始められなかった理由

noteを始めようと思ったのは、もう1年くらい前だったと思う。
ずっと頭の片隅に
「やってみたいな」「そろそろ始めようかな」
という気持ちはあったけれど
気づけば時間だけが過ぎていた。

なぜ私は、始められなかったんだろう…

始められなかった理由を振り返ってみると
新しいことに挑戦するエネルギーが、なかったんだと思う。

新しいことを始めるには、思っている以上にエネルギーがいる。
でも、エネルギーには1日に使える限界があって
まだよくわからないものにそのエネルギーを回すより
今まで続けてきたことに使う方が、安心だった。

それに、時間もエネルギーもかけてきたものを手放すことには
どこか「もったいない」という気持ちもあった。
私の場合は、1年近く続けてきたインスタだった。

「あれもこれも手を出すより、まず一つのことで成果を出した方がいい」
そんな言葉も、いつの間にか自分を止める理由の一つになっていた。

成果が出ないから別のことを始めると思われるんじゃないか。
そんなふうに、自分で自分にブレーキをかけていたような気がする。

「わかる」と「できる」は違う

ある程度年齢を重ねると、いい話を聞いても
「わかる、わかる、そうだよね」と思うことが増えてくる。
でも、「じゃあそれを自分の言葉で話してみて」と言われると
驚くほど言葉が出てこない。
その経験をしたとき、私はけっこうショックだった。

頭では理解しているつもりでも
言葉にできないということは
まだ自分の中に落とし込めていないということ。

だからそのときから、うまく言葉にできなくても
話してみること、書いてみることを続けてきた。
すると、少しずつだけど
自分の言葉で伝えられる場面が増えてきた。

「わかるより、できることの方が大事」
そんな体感が、今回動けた理由の一つだった。

なぜ昨日、動けたのか

少し前に受けたコーチングの中で
「本音を大事にして、本音を言葉にできる人でありたい」
という言葉が、自分の中から出てきた。

完璧に整ってから出す、ではなく
今の自分の言葉で出してみる。
そして、一粒万倍日だと知ったことも
「どうせやるなら、今日だよな」と
背中を押してくれた気がする。

昨日noteを書けたのは
数日前に腑に落ちたその感覚と
そんな小さなきっかけが重なったからかもしれない。

noteを続ける理由

書いてみて思ったのは
完璧に整ってから始める、ではなく
始めると整っていく、という感覚だった。

正直、うまく書きたい、早く結果を出したい
そんな気持ちもある。
でもそれは、きっと続けていった先で
生まれてくるものなのかもしれない。

だから、自分の本音を言葉にしていく練習の場として
ここに書き続けていこうと思う。


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