においの魔法
においというモノの力はすごい。あの、タイムトリップさせる力は魔法だ。香水のミツコの香りをかぐと瞬時に母を思い出す。母が長年愛用していた香水。母の佇まい。優しさ。強さ。面影。はっきりと胸に訴えて来る。体の奥底から。そのにおいは、わたしを温かく柔らかく包み込み、ふと消えていく。それは、まるで魔法のように。
すべてのモノに、すべてのひとに、においはある。ウチの家族にもそれぞれにおいがあり、皆違ったにおいがする。わたしには分かる。抱きしめたとき。肌のにおい。生きているにおいがする。
猫を飼ったことはないから分からないが、犬のにおいは知っている。犬の体は元気なにおいがする。生き物のにおい。命のにおいだ。
わたしは赤ん坊のうっすら生えた髪の毛のにおいが好きだ。子ども達がわたしの腕のなかにいたころ、よく嗅いでいた。柔らかく、とても良いにおいがする。
ウチの子だけではなく、よその子どものにおいも嗅がせてもらっていた。幼児になっても、小学生になっても、ついにおいを嗅いでしまう。何故か子犬のにおいがした。
ごはんが炊けるときのにおい。風、雨、土、草、朝、夜のにおい。神さまはすべてのモノに、においという贈り物をくれた。もちろん、不快なにおいもあるが、それも当然意味がある。すごいことではないか。
瞬時に脳に働きかける魔法の「嗅覚」。そのにおいとは違う意味の、もうひとつの「におい」がある。そのひとの存在そのものの「におい」。どんなひとにも、存在そのものの「におい」がある。
会った瞬間から。付き合っていくうちに、そういう「におい」は野生的に分かってくるモノだ。いろいろなにおいの人がいる。温かいにおい。あくの強いにおい。寂しいにおい。腐ったにおい。魂が澄んでいる人からの、いいにおい。
いいにおいのする人には、必ずいい人たちが寄ってくる。存在から香るにおい。それを感じるのも「嗅覚」ではないだろうか。わたしも、いいにおいの人でありたいと思う。
その人の残した気配のように、においは静かに心に残り、やがてふっと消えていく。
