HSPに映画館のポップコーンは、天敵だという話
序章:始まった瞬間に、始まった
映画が始まった。
暗くなった瞬間、隣から音がした。
ガサガサ。
ポップコーンの袋だった。
そして、始まった。
バリバリ。
ムシャムシャ。
ガサガサ。
バリバリ。
スクリーンの中では、静かな感動的なシーンが流れていた。
私の耳には、咀嚼音が届いていた。
気になりだしたら、止まらなかった。
映画の内容より、次にいつ咀嚼音が来るかを待ち構えるようになっていた。
2時間、ずっとそれだった。
第1章:HSPと咀嚼音の、相性の悪さ
咀嚼音が気になる、という感覚はHSPに多い。
ミソフォニアという言葉がある。
特定の音に対して、強い不快感を覚える状態のことだ。
咀嚼音、鼻をすする音、ペンをカチカチする音。
こういう音が、HSPには刺さりやすい。
HSPの脳は音を深く処理するからだ。
他の人が「まあ、気になるけど」で済ませられる音を、HSPは無意識にずっと追いかけてしまう。
「気にしないようにしよう」とすればするほど、意識がそこに向く。
映画館という空間は、その状態を最大化する。
暗い。
静か。
逃げ場がない。
2時間、席を立てない。
HSPにとって、映画館のポップコーンは、静かな地雷だ。
第2章:そもそも、なぜポップコーンなのか
少し冷静になって考えてみた。
映画館のポップコーンは、高い。
Mサイズで700円前後。
Lサイズなら800円を超える。
コンビニで同じ量を買えば、200円以下だ。
3倍以上の値段を払って、隣の人を不快にさせる権利を買っている。
そう考えると、なんか不思議な商品だ。
歴史的には、1930年代のアメリカが起源らしい。
大恐慌の時代、安くて利益率の高いポップコーンが映画館の収益源になった。
以来、映画館とポップコーンはセットになった。
文化として定着した。儀式みたいなものだ。
でも、儀式だとわかっても、咀嚼音は消えない。
第3章:買う人の気持ちも、わかる
ここで正直に言う。
ポップコーンを買う人を、責めたいわけじゃない。
あの塩気と、バターの匂いと、映画の始まりがセットになっている人がいる。
子どもの頃からの習慣で、ポップコーンがないと映画館に来た気がしない人もいる。
その楽しみを、否定したくない。
ただ、HSPの私にとって、あの音は本当につらい。
楽しみにしていた映画が、咀嚼音との戦いになる。
2000円払って、ポップコーンの音を聞きに来たわけじゃない。
この感覚、わかる人にはわかると思う。
第4章:HSPの映画館サバイバル術
文句を言っていても、映画は見たい。 だから、対策を考えた。
端の席を取る。
片側だけでも隣に人が来なければ、咀嚼音のリスクが半分になる。
平日の昼間かレイトショーを選ぶ。
観客が少ない時間帯は、隣に人が来る確率が下がる。
耳栓を持っていく。
映画の音声は聞こえる程度の弱めのものがある。
周囲の雑音だけを少し減らせる。
最初から期待値を下げる。
「咀嚼音があるかもしれない」と思って入ると、なかったときに得をする。
あったときも、想定内になる。
完全な解決策はない。 でも、少し楽になる方法はある。
終章:映画館は、好きだ
文句ばかり書いたけど、映画館は好きだ。
大きなスクリーン。
いい音響。
暗い空間で物語に没入する感覚。
あれは、家では再現できない。
だから、また行く。
ポップコーンの音と戦うとわかっていても、また行く。
ただ、ひとつだけ思うことがある。
映画館に、無音エリアを作ってほしい。
飲食禁止の、静かな空間。
HSPじゃない人でも、静かに見たい人はいるはずだ。
需要は、絶対にある。
誰か、映画館の偉い人に届いてほしい。
ポップコーンは、ロビーで食べ終えてから入ってください。
切実なお願いです。
あなたは映画館で「これ、気になる」というもの、ありますか?
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ここまで一緒に読んでくださって、ありがとうございます。
言葉にできなかった思いが、ほんの少しでも軽くなっていたら幸せです。チップという形で支えていただけたら、次の記事を書く勇気につながります。これからも、あなたに届く物語を紡がせてください🌿