推し活って何?
特オタ不安障害持ち学生きゅーこです。
最近の悩みは病んでから現行の作品を終えていないこと。
現行に限らず、過去作も履修できてないです。
そんな私ですが、ふと疑問が思い浮かびました。
私にとっての推し活って何なの?
おそらくまあまあの人数の方がこういう問題に直面したことがあると思います。
心の支えになるどころか、放送や公式の供給を見られていないことに罪悪感を抱くことも。
どれだけ好きでも、どれだけ暇でも、本編は見ず、Twitter(現X)のタイムラインを流し見るだけ。
こんな人ははたして推しのオタクと言えるのでしょうか?
たまに
「オタクであることを自分のアイデンティティにしてはいけない」
といった趣旨の事を述べている方がいますが、私は別にそれでもいいと思います。だって好きって感情の為に生きるのって、素敵なことですから。
でも、です。
だったら、今の私は「好き」の為に生きていられているのでしょうか?用事があって推し活が出来ないのならまだしも、時間がある時もTLを見るだけの生活。
こんなの、推しの追っかけでもなんでもない。
こんな自分が推しを好きだなんて言っていいのだろうか。
そんな事をよく考えてしまいます。苦しみながら考えていました。
ですが、最近自分の中での正解がでたような気がするので共有したいと思います。
推し活をすることは(あくまで私の場合なのですが)入浴の簡単バージョンだと思うのです。
お風呂って、入ると身体が綺麗になりますよね。で、一度入ったらなかなか出られない、でもはいるまでが面倒くさいという人もいる。
推し活も同じ。推しを眺めて心が洗われるし、番組、あるいはライブ映像などを観ているとまだ観ていたい、目が離せない、みたいな状態だけど、私みたく最初に再生ボタンを押す気が起きない、みたいな人もいる。でもご飯や睡眠みたいに1日に1回以上しなくても、そこまで命に影響はない、やったら気持ちがいいものなんだと思います。
ここで注意して欲しいのですが、推し活はお風呂と違ってそれをしなかったから心が汚くなる、という訳ではない点です。それ以外の方法でも、心はきれいになるから、別に義務感を背負う必要はありません。だから、簡単バージョンです。
ですから、皆さん。そして何よりも私。
そんなに気負う必要はないのですよー!確かに追えてなかったらTLでの話題に遅れるし、イベントや映画もネタバレをさけるために見れなくて、さらに話題に遅れる…なんてこともあるのはわかってます。
でも、あなたは話題に乗っかるために作品を履修していましたでしょうか?曲を聴いていたのでしょうか?
恐らく違うでしょう。自分の心を豊かにするために皆、推し活をしていたと思います。遅れたら、遅れたままでいいです。お風呂だって、昨日はいらなかったから今日は2回入る、なんてことしないでしょう?いつか入ればリセットされます。お風呂は流石に1年はいってないと1日はいるだけでは済みませんが、少なくとも推し活は必要はないと思います。
くり返しいいますが、推し活はあくまで簡単バージョンなんです。
今はちょっと敷居が高くなってるだけ。別に好きじゃなくなった訳ではありません。だって、お風呂だって推し活だって、一度してしまえばいい気分になるでしょう?まだあなたの熱が消えてない証拠です。
どうでしょうか。これを読んであなたの気持ちが少し軽くなっていれば幸いです。
これからもゆるーく推し活していきましょうね。
