【多賀城】残念すぎる日本の名城 第117回|東北を治めた古代の都なのに、その偉大さが伝わりにくい城
はじめに
「日本三大史跡の一つ」と聞いて、多賀城を思い浮かべる人はどれほどいるでしょうか。
宮城県多賀城市にある多賀城は、奈良時代に朝廷が東北を治めるために築いた陸奥国府であり、軍事・行政・文化の中心として約300年にわたり重要な役割を果たしました。平城宮跡(奈良県)、大宰府跡(福岡県)と並ぶ日本三大史跡に数えられ、国の特別史跡に指定されているほか、「日本100名城」にも選ばれています。

しかし、実際に訪れると「城らしくない」「建物がほとんどない」「広すぎて何を見ればいいかわからない」と感じる人も少なくありません。
今回は、そんな「残念さ」を持ちながらも、訪れるほどに奥深さを感じられる多賀城の魅力をご紹介します。
1. 多賀城の歴史
多賀城は奈良時代の724年(神亀元年)、按察使(あぜち)・大野東人(おおののあずまひと)によって創建されました。
当時の東北地方では、朝廷と蝦夷(えみし)との緊張関係が続いており、多賀城は単なる軍事拠点ではなく、政治・行政・外交を担う東北最大の役所として整備されました。

その役割は平安時代まで続き、陸奥国府として税の徴収や裁判、外交、軍事など、現在の県庁や裁判所、自衛隊の司令部を合わせたような機能を持っていました。
869年(貞観11年)の貞観地震では津波の被害を受けたと『日本三代実録』に記され、その後も幾度か火災や戦乱に遭いながら再建されました。しかし、11世紀の中頃には国府としての機能を失い、やがて東北の政治・文化の中心が平泉へ移ると、多賀城は歴史の表舞台から静かに姿を消していきます。
2. 残念すぎる多賀城
2.1 「日本100名城」なのに天守も石垣もない
城巡りが好きな人ほど、最初は戸惑います。
天守はもちろん、石垣や櫓もありません。
実は、多賀城は戦国時代の城ではなく、古代の役所を築地塀(ついじべい)や材木塀で囲んだ「城柵(じょうさく)」です。

つまり、「城」という名前でも、多くの人が想像するお城とはまったく違う姿なのです。
そのため、「何もない城だった」という感想になってしまうことがあります。
しかし、それは1300年前の政治都市が、できるだけ本来の姿を残して保存されてきた証でもあります。
2.2 広すぎて見どころを見落としやすい
多賀城跡は約900メートル四方にも及ぶ広大な史跡です。
一見すると芝生や林が続くだけに見えますが、その地下には政庁や役所、道路、門などの遺構が眠っています。
歩いてみると予想以上に距離があり、「ここで合っているのかな?」と思いながら歩く場面も少なくありません。
時間に余裕を持って散策しないと、多賀城の本当の魅力には気付きにくいでしょう。
2.3 復元建物が少なく、想像力が必要
近年、壮麗な南門が復元され、往時の雰囲気を感じられるようになりましたが、広大な城域全体から見ると、まだ「想像で補う部分」が多い史跡です。
柱跡や礎石だけでは、小学生はもちろん、大人でも当時の姿を思い浮かべるのは簡単ではありません。

だからこそ、事前に歴史を少し知ってから訪れるだけで、見える景色が大きく変わります。
2.4 周囲の景色に歴史が埋もれてしまう
多賀城跡の周辺には住宅地や道路が広がっています。
古代の大都市に立っているはずなのに、現代の町並みが視界に入るため、壮大な歴史を感じにくい場所もあります。
一方で、政庁跡から南門方向へ続く道に立ち、仙台平野を見下ろすと、「ここが東北の政治の中心だった」というスケールを少しずつ実感できるでしょう。

3. それでも魅力的な多賀城の見どころ
3.1 東北最大級の古代都市を歩ける
多賀城最大の魅力は、「古代の都」をそのまま歩けることです。
政庁跡へ向かう一直線の道路、役所跡、広大な区画。

1300年前の役人たちも、ほぼ同じ場所を歩いていたと思うと、不思議な気持ちになります。
戦国時代ではなく、奈良・平安時代の歴史に触れられる貴重な場所です。
3.2 南門から続く壮大なメインストリート
創建1300年を記念して復元された外郭南門は、多賀城の正門として堂々とした姿を見せています。

そこから政庁へ向かって一直線に伸びる道路(政庁南大路)は、幅13メートルほど。時期によっては23メートルに及んだとも考えられています。
古代の都市計画のスケールを実感できる、多賀城ならではの見どころです。
3.3 国宝「多賀城碑」
多賀城碑は、日本三古碑の一つとして知られ、2024年には国宝に指定されました。

西の字を読むことができます
多賀城の創建や修造を伝える極めて重要な石碑であり、歌枕「壺碑(つぼのいしぶみ)」として松尾芭蕉も訪れるなど、長い年月にわたって人々に大切に守られてきました。

派手さはありませんが、歴史好きならぜひ立ち寄りたい場所です。
3.4 あやめ園との美しい調和
初夏には、多賀城跡あやめ園が色鮮やかな花で埋め尽くされます。
約800種300万本ものアヤメ、カキツバタ、ハナショウブが咲き誇り、歴史遺跡と花の風景を同時に楽しめます。

史跡が「静かなだけの場所」ではなく、地域に親しまれていることを感じられる季節です。
4. 残念ポイントを逆手に取った楽しみ方
4.1 古代の役人になった気分で歩く
天守を探すのではなく、「国府で働く役人」の気持ちになって歩くと、多賀城はまったく違う表情を見せます。

政庁へ向かう一本道を歩けば、1300年前へ時間旅行をしたような気分になります。
4.2 ガイダンス施設を先に見学する
先にガイダンス施設で復元映像や展示を見るだけで、「何もない史跡」が「巨大都市跡」へと変わります。

日本100名城のスタンプ設置場所
実際の散策が何倍も楽しくなるおすすめの順路です。
4.3 季節を変えて訪れる
春の新緑、初夏のあやめ、秋の紅葉、冬の静寂。
多賀城は季節によって印象が大きく変わります。
特に初夏のあやめ園は、多賀城ならではの風景です。
何度訪れても違う表情に出会える史跡と言えるでしょう。
まとめ
多賀城は、「何もない」と言われることがあります。
しかし、それは建物が失われたからではなく、日本でも屈指の古代都市を、そのまま後世へ伝えようとしてきた結果でもあります。
戦国時代のお城とは違い、ここで主役となるのは想像力です。
一本の道、礎石、広い芝生。
その一つひとつが、東北を治めた古代国家の鼓動を今に伝えています。
派手さではなく、歴史の奥深さを味わいたい人には、多賀城は間違いなく一度は歩いてほしい名城です。
参考資料
多賀城市「多賀城跡・南門・ガイダンス施設」 https://www.city.tagajo.miyagi.jp/
宮城県多賀城跡調査研究所「多賀城跡散策マップ・解説」 https://www.thm.pref.miyagi.jp/kenkyusyo/
Wikipedia「多賀城」 https://ja.wikipedia.org/wiki/多賀城
デジタル城下町「多賀城(宮城県多賀城市)の登城の前に知っておきたい歴史・地理・文化ガイド」
https://note.com/digitaljokers/n/n5e8c22b16c76
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします!
