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【久留米城】残念すぎる日本の名城 第115回|有馬家、東郷平八郎、石橋正二郎が同居する筑後の石垣城


はじめに

福岡県久留米市の久留米城は、少し不思議な城である。

城跡に行くと、まず出会うのは立派な石垣と内濠。
「おお、これは名城の気配がするぞ」と胸が高鳴る。

久留米城本丸跡の石垣

ところが本丸へ上がると、そこに天守はない。櫓もない。城門もない。
かわりに鎮座しているのは篠山神社であり、そばには有馬記念館、東郷記念館がある。

有馬記念館?
有馬記念?
競馬場はどこですか?

……と、年末の中山競馬場へ心が走り出しそうになるが、ここは久留米城である。馬券売り場ではない。落ち着こう。深呼吸だ。

さらに境内には東郷平八郎の名も出てくる。
「えっ、東郷平八郎って久留米の人だったの?」と思うかもしれないが、そうではない。東郷平八郎は鹿児島ゆかりの海軍軍人で、久留米城にあるのは、東京にあった東郷の旧書斎を移した東郷記念館である。

そしてもう一人、久留米城跡を語るうえで忘れられない人物がいる。
ブリヂストン創業者、石橋正二郎である。

久留米城は、江戸時代の有馬家の城跡でありながら、明治の記憶、近代産業の記憶、戦後の文化整備の記憶まで重なっている。
石垣の上に、時代が何枚も積み重なった、歴史のミルフィーユのような城なのだ。

久留米城本丸跡からの眺め(築後川)

今回は、そんな福岡県久留米市の久留米城について、残念すぎるポイントと、それでもなお魅力的な見どころを歩いてみたい。


1.久留米城の歴史

久留米城は、かつて笹原城とも呼ばれた城である。
筑後川に近い小高い場所に築かれ、川と地形を利用した平山城であった。

近世大名の城としての始まりは、天正15年、つまり1587年ごろ。豊臣秀吉の九州国割のあと、毛利秀包が入城したことに始まるとされる。その後、田中氏の時代を経て、元和7年、1621年に有馬豊氏が久留米城へ入った。

ここから久留米城は、有馬家の城となる。

本丸址の石碑

有馬家は北筑後21万石を治め、江戸時代の約250年間、久留米藩の中心としてこの城を守った。
城は有馬豊氏から4代頼元のころまで、長い年月をかけて整備されたという。

当時の久留米城は、現在残る本丸だけの小さな城ではなかった。二ノ丸、三ノ丸、外郭を備え、南の現在の市街地方面へ大きく広がっていた。
本丸には長い多聞櫓がめぐり、隅には七つの櫓があった。中でも巽櫓は三層で、天守の役目を果たしていたとされる。

つまり久留米城は、天守がない地味な城ではなく、筑後の政治を動かす堂々たる藩主の城だったのである。

久留米城の石垣
太鼓櫓跡から撮影

明治になると城の建物は失われ、明治10年には本丸跡に篠山神社が建てられた。
現在、久留米城跡として残るのは、主に本丸跡、石垣、内濠である。

久留米城は続日本100名城にも選ばれている。
しかし実際に訪れると、「名城」という言葉から思い浮かべる天守や櫓の華やかさとは、少し違う顔をしている。

そこが、久留米城の残念であり、面白いところなのだ。

2.残念すぎる久留米城

2.1 天守も櫓も城門もない

久留米城の一番わかりやすい残念ポイントは、城らしい建物が残っていないことである。

天守はない。
櫓もない。
城門もない。

石垣と内濠は立派なのに、上へ登ると建物の姿がない。
期待していた観光客は、少し肩すかしを受けるかもしれない。

久留米城の案内マップ

ただし、これは「何もない」という意味ではない。
むしろ久留米城では、建物に頼らず、石垣そのものをじっくり見ることになる。

城の建物がないからこそ、石の積み方、石垣の高さ、曲輪の形、濠との関係が目に入る。
派手な主役がいない舞台では、脇役だと思っていた石垣が、急に名優の顔を見せてくる。

久留米城は、天守を見る城ではない。
石垣に耳を澄ませる城である。

2.2 本丸だけが残り、城の大きさが見えにくい

現在の久留米城跡で目立つのは、本丸跡である。
そのため、初めて訪れると「久留米城って、意外と小さいな」と感じるかもしれない。

しかし、かつての久留米城はもっと広かった。
二ノ丸、三ノ丸、外郭を持ち、現在の市役所方面や久留米大学病院方面にも城域が広がっていた。

ところが、現在の市街地を歩いているだけでは、その大きさがなかなか見えない。
城は町に飲み込まれ、輪郭が薄くなっている。

これはかなり残念である。
せっかく21万石の城なのに、現地でそのスケールを感じるには、少し想像力がいる。

ただ、これは城下町散歩の楽しみにも変えられる。
本丸跡だけを見て終わるのではなく、地図を片手に市街地を歩けば、「このあたりまで城だったのか」と気づく瞬間がある。

消えた城の輪郭を探す。
久留米城は、見えているものより、見えなくなったものが語りかけてくる城でもある。

2.3 本丸跡が神社なので、城跡感が少しぼやける

久留米城の本丸跡には、現在、篠山神社が建っている。
城跡に神社がある例は珍しくないが、久留米城ではその印象がかなり強い。

鳥居をくぐり、参道を進み、社殿にお参りする。
すると、いつの間にか「城に来た」というより、「神社に来た」という気持ちになってくる。

本丸跡に建つ篠山神社

これは残念といえば残念である。
城跡としての説明や復元建物を期待して行くと、主役が神社に見えてしまうのだ。

しかし、よく考えると、これも久留米城の歴史である。

篠山神社は、明治になってから旧藩士や地域の人々によって、有馬家への感謝と追慕の思いを込めて建てられた。
つまり、ここは城が終わったあとの久留米の人々の記憶を伝える場所でもある。

城は壊れても、場所への思いは残る。
久留米城本丸跡は、そのことを静かに教えてくれる。

2.4 有馬記念館、東郷記念館、情報量が多すぎる

久留米城跡には、有馬記念館がある。
名前だけを見ると、競馬ファンなら思わず「年末の大レース?」と反応してしまうかもしれない。

もちろん、有馬記念館は競馬の博物館ではない。
旧久留米藩主・有馬家や久留米藩に関する資料を展示する施設である。

有馬記念館

ただし、ここが面白いところで、競馬の有馬記念とまったく無関係でもない。
有馬記念の名の由来となった有馬頼寧は、旧久留米藩主家につながる人物で、日本中央競馬会の理事長として中山グランプリを創設した。その功績をたたえて、のちにレース名が有馬記念となった。

つまり、久留米城の有馬家から、年末の中山競馬場へ、歴史の馬が走っていくのである。
なんという直線一気。

さらに、久留米城跡には東郷記念館もある。
東郷平八郎といえば、日露戦争の日本海海戦で知られる海軍軍人である。久留米出身と誤解しそうになるが、本人が久留米の人だったわけではない。東京にあった東郷の書斎が、久留米出身の実業家・小倉敬止によって久留米へ寄附され、のちに久留米城本丸跡へ移されたのである。

有馬家。
東郷平八郎。
石橋正二郎。
競馬の有馬記念。
ブリヂストン。

久留米城跡は、少し油断すると情報が渋滞する。
城跡なのに、脳内では武士、海軍、実業家、競走馬が同時に走り出す。これはなかなか忙しい。

でも、その忙しさこそ、久留米城の個性である。

3.それでも魅力的な久留米城の見どころ

3.1 内濠と高石垣がつくる堂々たる城の顔

久留米城でまず見ておきたいのは、内濠と石垣である。

建物は失われているが、石垣の存在感は強い。
特に南側から眺めると、水をたたえた濠と高い石垣が重なり、かつての城の威厳を感じることができる。

本丸跡の石垣(太鼓櫓跡付近)

ここで大事なのは、すぐに本丸へ上がらないことだ。

まずは下から見る。
少し離れて見る。
石垣の角を見上げる。
濠に沿って歩き、角度を変えながら眺める。

久留米城の石垣(坤櫓跡)

すると、久留米城がただの神社境内ではなく、確かに城であったことが体に伝わってくる。

天守はない。
しかし、石垣が語る。
久留米城では、石が主役である。

3.2 有馬家250年の記憶に触れられる

久留米城の大きな魅力は、有馬家の歴史を深く知ることができる点である。

有馬家は、元和7年に有馬豊氏が久留米城へ入って以来、明治維新まで約250年にわたり久留米藩を治めた。
城跡にある有馬記念館では、有馬家ゆかりの歴史資料、美術工芸品などを見ることができる。

久留米城は、天守が残る城ではない。
そのかわり、資料によって城の記憶をたどる城である。

本丸跡で石垣を見て、有馬記念館で資料を見る。
この順番で歩くと、目で見た石垣と、頭で知る歴史がつながってくる。

石垣だけではわからない。
資料だけでも足りない。
両方を合わせて、ようやく久留米城の姿が立ち上がってくる。

3.3 石橋正二郎の郷土愛が残る城跡

久留米城跡を語るうえで、石橋正二郎の存在はとても大きい。

石橋正二郎は、福岡県久留米市に生まれた実業家で、ブリヂストンの創業者である。
地下足袋やゴム靴の事業を発展させ、1931年にブリッヂストンタイヤ株式会社を創業し、日本を代表する企業へと育てた。

しかし、正二郎のすごさは事業だけではない。
故郷・久留米への文化的な貢献が大きい。

石橋文化センターの建設寄贈をはじめ、教育や芸術文化の分野にも力を注いだ。
久留米城跡にある有馬記念館も、昭和35年に石橋正二郎によって寄贈された施設である。

つまり現在の久留米城跡は、有馬家の城跡であると同時に、石橋正二郎の郷土愛が形になった場所でもある。

江戸時代の藩主の記憶。
近代産業を興した実業家の記憶。
その二つが同じ城跡に重なっている。

久留米城は、過去の城ではなく、近代の久留米が「自分たちの歴史をどう残すか」を考えた場所でもある。

3.4 東郷記念館が伝える明治の記憶

久留米城跡の中で、少し意外な存在が東郷記念館である。

東郷平八郎と聞くと、久留米藩や有馬家と直接結びつけたくなるが、そこは注意したい。
東郷本人が久留米出身だったわけではない。

久留米城跡にあるのは、東京の麹町にあった東郷平八郎の書斎を移したもの。久留米出身の実業家・小倉敬止が譲り受け、久留米市へ寄附し、昭和35年に有馬記念館の新築とあわせて久留米城本丸跡へ再建された。

つまり、東郷記念館は「久留米城の江戸時代」を示すものではなく、「明治以降の記憶」が城跡に重ねられたものと見るとわかりやすい。

東郷館の由来記

城は、江戸時代だけで終わらない。
明治になり、大正になり、昭和になっても、人々はその場所に新しい意味を重ねていく。

東郷記念館は、久留米城が単なる城跡ではなく、近代日本の記憶を受けとめる器にもなったことを教えてくれる。

4.残念ポイントを逆手に取った楽しみ方

4.1 建物を探すより、石垣を一周する

久留米城では、天守や櫓を探しても見つからない。
だからこそ、まずは石垣を楽しむのがよい。

おすすめは、本丸へまっすぐ上がる前に、濠と石垣のまわりを歩いてみること。
石垣の高さ、角の折れ方、濠との距離を見ていると、建物がなくても城の構えが感じられる。

「ここに櫓があったのか」
「ここから敵を見下ろしたのか」
「この石垣を越えるのは大変そうだ」

巽櫓跡

そんな想像をしながら歩くと、久留米城は急に立体的になる。

建物がない残念さは、想像力で補える。
むしろ想像力を働かせる余白がある城、と言ってもいい。

4.2 有馬記念館で「競馬じゃない有馬」を知る

有馬記念館という名前を見ると、どうしても競馬を連想してしまう。
しかし、それを逆手に取ると面白い。

まずは「有馬記念館は競馬の施設ではない」と確認する。
次に「でも競馬の有馬記念とも、有馬頼寧を通じて少しつながっている」と知る。

この二段構えが楽しい。

有馬家は久留米藩主家であり、その流れの中に有馬頼寧がいる。
有馬頼寧は日本中央競馬会の理事長として中山グランプリを創設し、その功績をたたえて有馬記念という名が残った。

久留米城を歩いていると、城の石垣から競馬の大レースへ歴史が飛ぶ。
これほど意外な寄り道はなかなかない。

城めぐりの途中で、年末のファンファーレが聞こえてきたら、それは気のせいではない。たぶん歴史の蹄音である。

4.3 石橋正二郎と東郷平八郎を「近代の展示」として読む

久留米城跡で混乱しやすいのは、江戸時代の城跡に、近代の人物が次々と登場することだ。

東郷平八郎。
石橋正二郎。
小倉敬止。

この名前だけを見ると、「久留米城はいったい何の城だったのか」と思ってしまう。

しかし、ここは発想を変えたい。
久留米城跡は、有馬家の城跡であると同時に、明治・大正・昭和の久留米が歴史をどう受け継いだかを見る場所でもある。

東郷記念館は、明治の記憶。
有馬記念館は、有馬家の記憶。
石橋正二郎の寄贈は、戦後の文化整備の記憶。

そう考えると、久留米城は一つの時代だけを見る場所ではなく、いくつもの時代を重ねて読む場所になる。

東郷記念館

城跡に立つとき、私たちは江戸時代だけを見ているのではない。
そのあとに生きた人々が、城跡をどう守り、どう使い、どう意味づけてきたかも見ている。

久留米城は、そのことを静かに教えてくれる城である。

まとめ

久留米城は、わかりやすい城ではない。

天守はない。
櫓もない。
門もない。
本丸跡は神社になっていて、城の全体像も見えにくい。

さらに、有馬記念館と聞けば競馬を連想し、東郷記念館を見れば東郷平八郎は久留米出身だったのかと迷い、石橋正二郎の名に触れればブリヂストンの歴史まで広がっていく。

情報量が多い。
実に多い。
久留米城は、歴史の具が多すぎるおでんのような城である。

しかし、その混ざり方が面白い。

久留米城には、有馬家250年の記憶がある。
石垣と内濠に、藩政の重みが残っている。
有馬記念館には、久留米藩の資料がある。
東郷記念館には、明治の記憶が同居している。
石橋正二郎の寄贈には、故郷の歴史を未来へ残そうとした思いがある。

久留米城は、建物が少ない城である。
けれど、物語は多い。

石垣の上に、江戸、明治、大正、昭和が重なっている。
そして今も、筑後川の風を受けながら、久留米の町を見つめている。

残念すぎる。
でも、その残念さの奥に、時代を超えて人々がこの場所を大切にしてきた理由が見えてくる。

久留米城は、城そのものを見るだけでなく、城跡に積もった記憶を読む城である。

参考資料

久留米公式観光サイト ほとめきの街「篠山神社(久留米城跡)」
https://welcome-kurume.com/spots/detail/1a6c3e9c-6caa-4b03-9541-07ddc14a1cc6

有馬記念館
https://www.arimakinenkan.or.jp/

Wikipedia「久留米城」
https://ja.wikipedia.org/wiki/久留米城

デジタル城下町「久留米城(福岡県久留米市)の登城の前に知っておきたい歴史・地理・文化ガイド」
https://note.com/digitaljokers/n/n1206261f651d




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