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【仙台城】残念すぎる日本の名城 第116回|政宗ビューに酔いしれる、天守なき青葉山の名城

はじめに

こんにちは。「残念すぎる日本の名城」シリーズ第116回は、宮城県仙台市の仙台城を取り上げます。

仙台城といえば、やはり伊達政宗公の騎馬像です。青葉山の本丸跡に立ち、仙台の街を見下ろす姿は、まさに「杜の都」の象徴です。ところが、いざ城跡を歩いてみると、天守はなく、御殿もなく、広い場所に立って「ここが城だったのか」と想像力を試される場面が多くあります。

伊達政宗公騎馬像(本丸跡)

便利な循環バス「るーぷる仙台」はありがたい一方で、観光客で混雑しやすく、追廻馬場跡は広い広場になっていて、歴史の手がかりを見つけにくい場所もあります。さらに、政宗公の騎馬像だけでなく胸像も見ておきたいのですが、意外と場所が離れていて、初めての人には少しわかりにくいのです。

でも、その「わかりにくさ」こそ、仙台城の味わいでもあります。建物が少ないぶん、石垣、坂道、崖、広瀬川、そして本丸からの眺望が、静かに城の姿を語ってくれます。


1.仙台城の歴史

仙台城は、仙台藩初代藩主・伊達政宗によって造営された城です。関ヶ原の戦い直後の慶長5年、つまり1600年12月に縄張りが行われ、翌1601年から普請が始まり、1602年には一応の完成を見たとされています。

城が築かれた青葉山は、東に広瀬川を望む断崖、西に御裏林、南に竜ノ口渓谷を持つ、守りに強い地形でした。つまり仙台城は、派手な天守で見せる城というより、自然の崖と川を味方につけた「攻めにくい城」だったのです。

本丸大広間跡

伊達政宗の死後、二代藩主・忠宗は山麓部に二の丸を造営しました。寛永16年、1639年以降は、二の丸が藩政の中心となります。現在、その二の丸跡は東北大学川内キャンパス、三の丸跡は仙台市博物館の敷地となっています。

明治以降、仙台城は軍の施設として使われ、本丸の建物は明治初年に取り壊されたといわれています。大手門や脇櫓は昭和6年に国宝指定を受けましたが、昭和20年の仙台空襲で焼失しました。現在見ることができる大手門脇櫓は昭和42年に再建されたもので、大手門北側の土塀は、仙台城に残る唯一の建造物とみられています。

2.残念すぎる仙台城

2.1 天守も御殿もないので、城らしさがすぐには見えない

仙台城を訪れて最初に感じる残念ポイントは、やはり「城の建物が少ない」ことです。観光案内では青葉城とも呼ばれますが、いわゆる天守閣はありません。仙台城は、徳川家康への配慮から、あえて天守を設けなかったともいわれています。

本丸に行っても、目に飛び込んでくるのは伊達政宗公騎馬像、広い広場、石垣、そして仙台市街の眺めです。もちろん、それは大きな魅力でもあります。しかし、天守や御殿を期待して行くと、「あれ、城はどこ?」となりやすい城でもあります。

本丸大広間跡 遺構表示版

ここは、城の姿を目で見る場所というより、地形と遺構から城を復元する場所です。ちょっと上級者向け。仙台城は、初見の人にやさしい顔をしつつ、実はなかなか渋い先生です。

2.2 るーぷる仙台は便利だが、混むと城攻め感が増す

仙台城跡へ行くには、仙台市中心部の観光地を結ぶ循環バス「るーぷる仙台」がとても便利です。仙台駅から乗れて、瑞鳳殿や仙台城跡、博物館周辺などを巡れるため、旅行者には心強い存在です。

るーぷる仙台のバス

ただし、便利なものには人が集まります。観光シーズンには車内や停留所が混みやすく、「優雅な城めぐり」のはずが、気づけば現代の兵站線のようになります。仙台市も、ゴールデンウイーク期間には青葉山周辺の混雑解消のため、大手門脇櫓と仙台城跡を結ぶシャトルバスを運行したことがあります。

とはいえ、これは人気の裏返しです。政宗公のもとへ向かう現代の登城者が多いということ。混雑さえも「城攻めの列」と思えば、少しだけ楽しくなります。

2.3 追廻馬場跡は広いが、歴史の輪郭がつかみにくい

仙台城のふもとに広がる追廻地区は、現在は青葉山公園として整備が進んでいます。令和5年には仙臺緑彩館と追廻地区の一部が開園し、令和6年度には中央広場も開園しました。

この広場は開放感があり、歩いていて気持ちのよい場所です。ただ、城跡好きとしては、追廻馬場跡の歴史を現地で読み取りたいところです。ところが、広い広場になっているため、どこが馬場の跡なのか、どの方向に城の機能が広がっていたのか、初めてだと少しつかみにくい印象があります。

追廻馬場跡から見た本丸跡
(本丸の石垣が見えます)

現地で案内板がすぐ見つからないと、ただの広場として通り過ぎてしまうかもしれません。ここは、歩く前に地図や解説を少し見ておくと、風景の見え方が変わります。

2.4 政宗公の胸像が意外に遠く、見落としやすい

仙台城といえば本丸跡の伊達政宗公騎馬像ですが、実はもうひとつ見ておきたい像があります。それが、仙臺緑彩館近くに移設された伊達政宗公の胸像です。

この胸像は、1935年に仙台城本丸跡に設置された初代伊達政宗騎馬像の一部です。戦時中の金属供出で撤去されましたが、戦後、胸から上の部分だけが残りました。現在本丸にある騎馬像は、戦後に同じ型から鋳造されたものです。

ところが、この胸像は本丸の騎馬像のすぐそばにあるわけではありません。本丸で満足して帰ると、見落としてしまう可能性があります。政宗公を訪ねたつもりが、実はまだ「初代」に会っていなかった、という少し残念で、少し楽しい仕掛けになっています。

3.それでも魅力的な仙台城の見どころ

3.1 本丸跡からの「政宗ビュー」

仙台城最大の魅力は、本丸跡から見下ろす仙台市街の眺めです。標高約130メートルの青葉山から、広瀬川を越えて、仙台の街並みを一望できます。天気がよければ、遠く太平洋まで望むことができます。

伊達政宗公騎馬像の前に立つと、ただ景色を見るだけではありません。政宗がどのようにこの土地を見ていたのか、城下町をどこへ広げようとしたのか、そうした想像が自然に湧いてきます。

本丸跡からの眺め

天守がないかわりに、眺望そのものが仙台城の天守なのかもしれません。青葉山の風が、石のない櫓のように立ち上がります。

3.2 高さ約17メートルの本丸北壁石垣

仙台城で必ず見ておきたいのが、本丸北壁石垣です。四角く加工された切石を使った布積みの石垣で、美しい反りを持ち、最も高いところは約17メートルあります。平成9年から16年にかけて解体修復工事が行われました。

本丸北壁石垣

この石垣は、ただ高いだけではありません。下から見上げると、石が積まれているというより、青葉山そのものが城になっているように感じられます。天守はなくても、この石垣の迫力は十分に主役級です。

本丸北西石垣

また、本丸北西石垣では、場所によって石材や積み方が違います。これは、地震などによる修理が部分的に行われてきたことを示すと考えられています。

3.3 本丸大広間跡と仙台城見聞館

本丸跡では、かつての大広間の規模を想像することができます。大広間は本丸御殿の主要な建物で、藩主と家臣が対面する場でした。慶長15年、1610年に完成し、畳敷き部分で260畳、板敷部分を含めると約430畳にも及ぶ大規模な建物だったと伝えられています。

さらに、本丸跡には仙台城見聞館があります。ここでは、大広間の50分の1復元模型や、藩主が座った上段の間の床の一部を原寸大で再現した展示を見ることができます。入館料は無料です。

城跡だけでは少し想像しにくい人も、ここに寄ると、空白だった本丸跡に御殿の姿がふわりと浮かび上がってきます。

3.4 大手門跡・脇櫓・土塀を見逃さない

仙台城の登城路では、大手門跡と脇櫓も重要です。大手門は江戸時代の仙台城の顔ともいえる豪壮な建物でした。大手門と脇櫓は昭和6年に国宝に指定されましたが、昭和20年の仙台空襲で焼失しました。現在の脇櫓は昭和42年に再建されたものです。

大手門脇櫓(再建された建物)

さらに注目したいのが、大手門北側に残る土塀です。これは空襲の際に被災を免れたもので、現在仙台城に残る唯一の建造物とみられています。

大手門北側土塀(現存建築物)

派手さはありません。しかし、焼け残った土塀には、仙台城の時間がしみ込んでいます。見逃すには惜しい、静かな名脇役です。

4.残念ポイントを逆手に取った楽しみ方

4.1 「建物がない城」として、地形を読む

仙台城では、天守や御殿が少ないことを残念がるだけではもったいないです。むしろ、建物がないからこそ、地形がよく見えます。

仙台城の模型
中央奥が本丸、手前の右側が二の丸、本丸の手前左が三の丸

広瀬川、竜ノ口渓谷、青葉山の高低差。これらを意識して歩くと、仙台城が単なる観光地ではなく、天然の要害であったことがわかります。建物を見る城ではなく、地形を読む城。そう考えると、仙台城は一気に面白くなります。

4.2 バスで上り、歩いて下る

るーぷる仙台で本丸近くまで上がるのは、とても便利です。ただ、時間と体力に余裕があれば、帰りは歩いて下るのもおすすめです。

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本丸、石垣、大手門跡、仙臺緑彩館、追廻地区へと下っていくと、城の上と下の関係が見えてきます。バスで上がっただけではわからない「高さ」が、足の疲れとともに実感できます。少々しんどいですが、城めぐりの記憶は、だいたい坂道で濃くなります。

4.3 政宗公の騎馬像と胸像をセットで巡る

本丸跡の騎馬像だけで満足せず、仙臺緑彩館近くの胸像まで足を延ばすと、仙台城の近代史まで見えてきます。

本丸の騎馬像は、仙台の象徴としての政宗公です。一方、胸像は、戦時中の金属供出と、戦後に残された記憶を伝える政宗公です。二つの像を見比べると、仙台城が江戸時代だけでなく、近代、戦争、復興の歴史も抱えていることがわかります。

「政宗公に二度会う」。これだけで、仙台城めぐりの味わいはぐっと深くなります。

瑞宝殿の涅槃門


さらに瑞宝殿まで足をのばせば「政宗公に三度」会えます。ここでは政宗公を頭蓋骨からの復元した容貌像に会えます。

まとめ

仙台城は、天守も御殿もないため、わかりやすい「お城らしさ」を求めると少し物足りなく感じるかもしれません。るーぷる仙台は便利ですが混雑することがあり、追廻馬場跡や伊達政宗公胸像の場所も、初めての人には少しわかりにくいところがあります。

けれども、そこにこそ仙台城の奥行きがあります。

本丸からの眺め、約17メートルの石垣、焼け残った土塀、大広間跡、そして政宗公の騎馬像と胸像。仙台城は、建物の多さで語る城ではありません。失われたものの余白に、青葉山の風と、杜の都の光を重ねて歩く城です。

「残念すぎる」ところを知ってから訪れると、仙台城はむしろ、静かで強い名城に見えてきます。


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