【小倉城】残念すぎる日本の名城 第106回|白い忍者が走る石垣と、九州の玄関口を守った復興天守
はじめに
福岡県北九州市の中心部に、すっと立ち上がる白い天守があります。 小倉城です。
新幹線の止まる小倉駅からも近く、周囲にはリバーウォーク北九州、八坂神社、小倉城庭園、北九州市立松本清張記念館などが並びます。お城だけを見に行くというより、街歩きの途中でふっと歴史の扉を開けるような城です。
ところが、この小倉城。よく見ると、なかなか「残念」なところがあります。

天守は江戸時代のものではなく、昭和に再建された復興天守。しかも、もとの姿とは少し違う。かつての広大な城郭も、今では街の中に断片的に残るのみです。さらに、巌流島の決闘や佐々木小次郎の人物像にも、実は謎が多い。
しかし、それで小倉城の価値が下がるわけではありません。 むしろ、小倉城は「失われたものを、街の記憶としてどう楽しむか」を教えてくれる城です。
石垣には、白い忍者のように見える石があり、北九州市公式Xでも話題になりました。まさに、城の隅にひょいと現れた歴史の忍び足です。
1.小倉城の歴史
小倉城のはじまりは、戦国時代にさかのぼります。北九州市の説明では、1569年、中国地方の毛利氏が現在の小倉城の場所に城を築いたとされています。その後、1602年に細川忠興(ほそかわ・ただおき)が本格的に今のような城を築きました。
細川忠興は、関ヶ原の戦いで徳川方として活躍した武将です。小倉を中心に大きな領地を治め、九州の玄関口にふさわしい城下町を整えました。
その後、1632年に細川氏が熊本へ移ると、播磨国明石から小笠原忠真(おがさわら・ただざね)が小倉に入りました。小笠原家は、江戸幕府から九州の外様大名を見張る重要な役目を担っていました。小倉は、九州各地へ向かう街道の起点でもあり、政治・軍事・交通の要所だったのです。
天守は「唐造り(からづくり)」と呼ばれる珍しい形で、四階と五階の間に屋根の庇がなく、五階が四階より大きく見えるのが特徴です。創建当時は日本最大級の床面積を誇ったとされています。
しかし、1837年の火災で天守は焼失しました。本丸御殿はその後再建されましたが、天守は再建されませんでした。現在の天守は、戦後の1959年、市民の熱い要望によって再建されたものです。
2.残念すぎる小倉城
2.1 天守は現存ではなく、しかも本来の姿とは少し違う
小倉城の天守は立派です。白く、堂々としていて、写真映えもします。 しかし、江戸時代から残る現存天守ではありません。

破風のある望楼型天守で復興されている
1837年に焼失し、現在の天守は1959年に再建された復興天守です。さらに、もともとの小倉城天守は破風の少ないすっきりした姿だったとされますが、現在の天守には「城らしさ」を感じさせる装飾的な破風が加えられています。

破風のない層塔型天守(焼失前の天守と思われる)
城好きには、ここが少し悩ましいところです。 「かっこいい。でも、本当の姿とは違う」。
まるで、歴史ドラマの主人公が少し盛られて登場するようなものです。けれど、その"盛り"の中に、戦後の小倉の人々が城を取り戻したいと願った気持ちがにじんでいます。
2.2 かつての広大な城郭は、今ではかなり小さく見える
小倉城は、現在見ると「街なかのコンパクトな城」という印象を受けます。 しかし、かつての城郭は非常に大きく、小倉の街全体を取り込むような総構えでした。現在見られるのは本丸と二ノ丸の一部にすぎません。
つまり、今の小倉城だけを見て「意外と小さいな」と思うのは、少しもったいないのです。

(出典:小倉城天守閣の展示品)
本当の小倉城は、今の天守の周辺だけではありません。紫川、街道、商店街、現在の市街地まで含めて想像してはじめて、その輪郭が見えてきます。
2.3 巌流島の物語は有名すぎるが、史実はかなり謎が多い
小倉といえば、宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島の決闘を思い浮かべる人も多いでしょう。小倉城にも、武蔵と小次郎に関する展示やモニュメントがあります。
しかし、この物語は有名である一方、史実としては分からないことが多いのです。小倉に残る碑文には相手の名として「岩流」とあり、「佐々木小次郎」という名は出てきません。

もちろん、決闘の物語そのものが無価値というわけではありません。 むしろ、後世の人々が物語をふくらませ、芝居や小説を通じて語り継いできたからこそ、巌流島は今も人を惹きつけています。
小倉城では、史実と伝説の境目を歩く楽しみがあります。
2.4 都会の中にありすぎて、城の静けさに浸りにくい
小倉城の周辺は便利です。 便利すぎるほど便利です。
すぐ近くにリバーウォーク北九州があり、市役所もあり、松本清張記念館もあります。観光には最高ですが、山城のように「苦労して登った先に城がある」という感覚はありません。
城の余韻に浸っていると、すぐ隣から現代の街の音が聞こえてくる。 それを残念と見るか、城下町が今も生きている証と見るか。
小倉城の面白さは、まさにそこにあります。
3.それでも魅力的な小倉城の見どころ
3.1 野面積みの石垣が、思った以上に力強い
小倉城でぜひ見てほしいのは、天守だけではありません。 石垣です。
小倉城の石垣は、自然石をそのまま積む「野面積み(のづらづみ)」で築かれています。主に足立山系から運ばれた自然石が使われており、建設当時そのままの姿が今も残っているとされています。
天守が復興なら、石垣は本物の時間を抱いている。 この対比が、小倉城の味わいです。
3.2 「隠れ忍者」の石垣を探す楽しみがある
最近、小倉城の石垣で話題になっているのが「隠れ忍者」です。
白い石の並びが、まるで忍者が石垣を駆け上がっているように見えるのです。北九州市公式Xでも「小倉城の石垣に隠れ忍者がいる」と紹介され、大きな反響を呼びました。

これは、行った人が現地で探すと楽しいポイントです。 ただ天守を撮るだけでなく、石垣に近づき、石の形や色の違いをじっくり見ていく。すると、城が急に遊び心を持ち始めます。
「石垣に忍者がいる」と言われたら、もう探さずにはいられません。 城めぐりにも、こういう小さな宝探しがあるのです。
3.3 福岡県唯一の天守閣を持つ城としての存在感
小倉城は、福岡県で唯一、天守閣を持つ城です。
もちろん、現存天守ではありません。 けれど、都市の真ん中に白い天守がある風景は、やはり強い印象を残します。

水濠と石垣、その上に立つ天守。 八坂神社の鳥居と一緒に撮れる構図も人気で、「お城と鳥居を一緒に撮影できるスポット」としても知られています。
小倉城は、歴史の厳密さだけでなく、街のシンボルとしての力を持っています。
3.4 松本清張記念館と一緒に歩ける文化の濃さ
小倉城のすぐ近くには、北九州市立松本清張記念館があります。
松本清張は『点と線』『ゼロの焦点』などで知られる、小倉ゆかりの作家です。
城を見たあとに、近代文学の世界へ入る。 武将の時代から、推理小説の時代へ。 刀の音から、原稿用紙を走るペンの音へ。
小倉城周辺は、歴史の層が厚い場所です。城だけで終わらせるには、少し惜しいエリアです。
4.残念ポイントを逆手に取った楽しみ方
4.1 天守は「本物かどうか」より「なぜこの姿になったか」を見る
小倉城の天守は、史実そのままの復元ではありません。 だからこそ、「どこが本来の姿と違うのか」を考えながら見ると楽しくなります。
破風のある華やかな外観は、戦後の人々が思い描いた「お城らしさ」でもあります。 つまり現在の天守は、江戸時代の小倉城だけでなく、昭和の小倉の夢も背負っているのです。
歴史は、失われたものだけでできているのではありません。 もう一度立ち上げようとした人々の願いも、立派な歴史です。
4.2 石垣を主役にして歩く
小倉城では、天守を見上げるだけでなく、石垣をじっくり見て歩くのがおすすめです。

北の丸側から見ている
この石垣の算木積みの角もじっと見ていると「隠れ忍者」に見えてくる
野面積みの石は、形が不ぞろいです。 大きな石、小さな石、角ばった石、丸みのある石。そこに人の手が入り、四百年の時間が重なっています。

藩主や家老などが通る門
「隠れ忍者」を探しながら歩けば、石垣観察は一気に楽しくなります。 子どもと一緒でも楽しめるし、写真好きにも向いています。
4.3 城・文学・街歩きをセットにする
小倉城だけを短時間で見て帰るのは、少しもったいないです。
小倉城庭園、八坂神社、松本清張記念館、リバーウォーク北九州、紫川沿いの散策。さらに足をのばせば、魚町銀天街や旦過市場など、小倉の街の表情も楽しめます。小倉駅を起点にこれらをめぐる街歩きは、観光情報サイトでも人気のコースとして紹介されています。
小倉城は、単独の城跡というより、街全体で味わう城です。 城下町が、今もちゃんと呼吸している。 それが小倉城のいちばん大きな魅力かもしれません。
まとめ
小倉城は、少し不思議な城です。
天守は現存ではない。 本来の姿とも少し違う。 かつての広大な城郭も、今では街の中に埋もれている。 巌流島の物語も、史実と伝説のあわいに揺れています。
けれど、その残念さは、小倉城をつまらなくしていません。 むしろ、見方を変えれば、どれも魅力に変わります。
復興天守には、戦後の市民の願いがある。 石垣には、細川忠興の時代の手ざわりが残る。 白い忍者の石垣には、現代のSNS時代らしい楽しみがある。 そして隣の松本清張記念館まで歩けば、小倉という街が、武士の時代から文学の時代まで、長く深い物語を持っていることがわかります。
小倉城は、完璧な復元を誇る城ではありません。 でも、街の真ん中で、歴史と現代をつなぐ城です。
白い天守を見上げ、石垣の忍者を探し、清張の記憶へ足をのばす。 そんな一日を過ごせば、小倉城の「残念」は、きっと旅の余韻に変わっていくはずです。
参考資料
小倉城公式サイト「小倉城」https://kokura-castle.jp/
北九州市「小倉城と小倉藩」https://www.city.kitakyushu.lg.jp/kokurakita/file_0082.html
小倉城ものがたり「第43話 城の石垣の積み方を紹介。」https://kokuracastle-story.com/2021/07/story43/
北九州市公式X「小倉城の石垣に隠れ忍者」https://x.com/city_kitakyushu/status/1893169356206469543
山口県観光連盟「巌流島の戦いの真実に迫る!」https://yamaguchi-tourism.jp/feature/ganryujima
Wikipedia「小倉城」https://ja.wikipedia.org/wiki/小倉城
デジタル城下町「小倉城(福岡県北九州市)の登城の前に知っておきたい歴史・地理・文化ガイド #DJ081 」https://note.com/digitaljokers/n/n26e5be212c89
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