【上ノ国勝山館】残念すぎる日本の名城 第105回|山城だと思ったら、海を見下ろす北の中世都市だった
はじめに
北海道の城跡というと、五稜郭や松前城を思い浮かべる人が多いかもしれません。
しかし、道南の日本海側、上ノ国町の高台に、ひっそりと、けれど堂々と残る中世の城があります。
それが、上ノ国勝山館(かみのくにかつやまだて)です。

「館」と書いて「たて/だて」と読みます。
本州の大きな天守や石垣の城とは違い、勝山館は土の城です。しかも、ただの山城ではありません。
現地を歩くと、ここが単なる防御施設ではなく、海を見下ろし、交易をにらみ、人々が暮らした中世の町だったことが見えてきます。
そして何より面白いのは、和人とアイヌの関係です。
「戦っていた」という一言では片づけられない、もっと複雑で、もっと人間らしい交流の跡が、この丘には眠っています。
派手な天守はありません。
石垣もありません。
でも、海風の中で土塁を歩いていると、北の中世が、足もとから静かに立ち上がってくるようです。
1. 上ノ国勝山館の歴史
上ノ国勝山館は、北海道檜山郡上ノ国町にある中世の城館跡です。
築いたのは、のちの松前氏の祖とされる武田信広(たけだのぶひろ)。15世紀後半のこととされています。
この時代の北海道南部は、和人とアイヌの人々が交易し、ときには対立もしながら暮らしていた場所でした。勝山館は、武田氏・蠣崎氏にとって、日本海側の政治・軍事・交易の重要な拠点でした。

発掘調査によって、勝山館からは多くの建物跡、井戸、空堀、橋の跡などが見つかっています。さらに、中国産の青磁・白磁、国産の美濃焼や越前焼、金属製品、木製品なども出土しました。
つまりここは、戦うためだけの城ではありません。
人が住み、物を作り、交易品が動き、馬がいて、倉庫があり、生活がありました。
いわば、北の海を見下ろす中世都市だったのです。
また、勝山館の周辺では多数の墓も見つかっています。和人の墓だけでなく、アイヌの葬法と考えられる墓も確認されており、この地で異なる文化が交わっていたことを伝えています。
勝山館は、昭和52年に「上之国館跡」の一つとして国の史跡に指定され、現在は続日本100名城にも選ばれています。
2. 残念すぎる上ノ国勝山館
2.1 公共交通で行くには、かなり気合いがいる
上ノ国勝山館の最大の残念ポイントは、やはりアクセスです。
北海道の道南とはいえ、函館から気軽に電車一本で行ける場所ではありません。公共交通で向かう場合、木古内駅や函館方面からバスを乗り継ぐ必要があり、便数も多くありません。
しかも、バス停から勝山館跡やガイダンス施設まで歩くとなると、時間と体力が必要です。
「続日本100名城だから、ちょっと寄ってスタンプを押そう」
という感覚で行くと、思ったより遠く感じるかもしれません。
ただし、この不便さは、逆に旅情でもあります。
簡単にたどり着けないからこそ、丘の上に着いたときの海の眺めは、ちょっとしたご褒美のように感じられます。
2.2 下から歩いて登ると、意外にきつい
現地で実感する残念ポイントが、「坂」です。
勝山館は山城です。
つまり、登ります。

上ノ國八幡宮や上國寺のあたりから歩いて上がるルートは、歴史の道としてはとても魅力的です。しかし、実際に歩くと、これがなかなか手強い。
「館」という名前から、少しなだらかな場所を想像していると、足もとがじわじわ語りかけてきます。
「ここ、ちゃんと山城ですよ」
夏場は暑さ、秋は日暮れの早さ、冬季はそもそも見学環境に注意が必要です。靴は歩きやすいものが安心です。
ただ、この坂を登るからこそ、勝山館がなぜこの場所に築かれたのかが体でわかります。
防御にも、見張りにも、海を押さえるにも、ここは絶妙な場所なのです。
2.3 車で上まで行くと楽だが、歩き方に悩む
車で行けば、勝山館跡ガイダンス施設の近くまで上がることができます。これはとても便利です。
しかし、現地をしっかり味わうなら、下から登って、館跡を通り、ガイダンス施設まで行く流れが魅力的です。
ここで悩ましいのが、車の置き場所です。
下に車を置いて歩いて登ると、帰りは下りで楽ですが、最初が大変。
上に車を置いて下っていくと、今度は車を取りに戻る必要があります。
「上まで送ってくれる小さなシャトルバスがあれば便利なのに」
と思う人もいるかもしれません。
もちろん、静かな史跡の雰囲気を保つには、今の落ち着いた環境も大切です。
残念ではありますが、この少し不便な歩き方も、勝山館らしさの一部です。
2.4 城跡らしい派手さは少ない
勝山館には、天守はありません。
高石垣もありません。
復元櫓が並ぶわけでもありません。
そのため、写真映えする「わかりやすい城」を期待して行くと、少し地味に感じるかもしれません。
現地にあるのは、土塁、空堀、道の跡、建物跡、そして広い草地です。
しかし、勝山館の面白さは、ここからです。

目に見えるものが少ないからこそ、想像力が必要になります。
ガイダンス施設の模型や展示を見てから歩くと、何もないように見えた地面が、急に中世の町並みに変わって見えてきます。
勝山館は、目で見る城というより、地面を読む城なのです。
3. それでも魅力的な上ノ国勝山館の見どころ
3.1 山城だと思ったら、海を見下ろす"海の城"だった
勝山館の第一の魅力は、眺望です。
高台に立つと、日本海が見えます。
天ノ川の河口、海岸線、遠くの島影。視界の先には、海の道があります。
ここに立つと、勝山館が単なる山城ではなかったことがわかります。

海岸線がよく見えます
敵を見るための城であり、船を見るための城でもある。
戦いの城であり、交易の城でもある。
山にありながら、海につながっている。
この感覚は、現地に行かないとなかなか伝わりません。
「山城」と聞いて登ったら、そこには海が広がっている。
この意外性こそ、勝山館の大きな魅力です。
3.2 城跡というより、中世の町だった
勝山館を歩いていて面白いのは、ここが「本丸と曲輪だけの城」ではないことです。
発掘調査では、多くの建物跡や井戸、橋、工房の跡などが見つかっています。
住居、倉庫、作業場、馬に関わる施設など、人々の暮らしを感じさせる跡が確認されています。
つまり勝山館は、城でありながら町でした。
武士だけがいたのではありません。
職人がいて、商人がいて、家族がいて、馬がいて、道具があり、食器があり、日々の暮らしがありました。
「城跡に来たつもりが、中世都市に来ていた」
この発見は、勝山館ならではです。
3.3 和人とアイヌの関係が、単純ではないことがわかる
勝山館を語るうえで、和人とアイヌの関係は欠かせません。
北海道の中世史というと、どうしても争いの歴史として見られがちです。もちろん、衝突はありました。緊張もありました。
しかし勝山館では、アイヌの人々が使ったと考えられる骨角器なども出土しています。
さらに、周辺の墓からは、和人の墓だけでなく、アイヌの葬法に関わる墓も見つかっています。

(勝山館ガイダンス施設)
つまり、ここには対立だけではない関係がありました。
交易し、近くに暮らし、文化が交わる場でもあったのです。
現地で墓標の多さを見ると、そのことが胸に迫ってきます。
歴史の教科書では一行で済まされる関係が、ここでは一人ひとりの暮らしとして感じられます。
3.4 ガイダンス施設の模型が、とても頼りになる
勝山館跡を訪れるなら、ガイダンス施設はぜひ見ておきたい場所です。
施設内には、勝山館の復元模型があります。しかも、模型の向こうに実際の勝山館跡が見えるようになっており、現地と模型を見比べながら理解できます。

これは非常にわかりやすいです。
草地だけを見ると、どこに何があったのか想像しにくい場所でも、模型を見たあとなら、
「ここに通路があったのか」
「このあたりに建物が並んでいたのか」
「ただの丘ではなく、計画された町だったのか」
と気づけます。
また、出土品や墓の展示もあり、勝山館が生活の場だったことを実感できます。
勝山館は、ガイダンス施設とセットで見ることで、魅力が何倍にもふくらむ城です。
4. 残念ポイントを逆手に取った楽しみ方
4.1 まずガイダンス施設で"目"を作る
勝山館を楽しむコツは、最初にガイダンス施設を見ることです。
いきなり城跡を歩くと、広い草地に見えてしまう場所もあります。
しかし、模型や展示で予習してから歩くと、地形の意味が見えてきます。
勝山館は、派手な遺構を眺める城ではありません。
頭の中に復元図を置きながら歩く城です。
いわば、現地で遊ぶ歴史パズルです。
4.2 下から登って、海を振り返る
体力に余裕があれば、下から歩いて登るのもおすすめです。
坂道はきついですが、登るにつれて景色が変わります。
そして振り返ったとき、海が見えます。
その瞬間に、勝山館の意味がわかります。
なぜここに城を築いたのか。
なぜ海を押さえる必要があったのか。
なぜこの丘が中世の拠点になったのか。
坂道は残念ポイントでありながら、最高の解説者でもあります。
足は少し文句を言いますが、歴史はよくしゃべります。
4.3 墓標を見て、暮らしの城として歩く
勝山館では、土塁や空堀だけでなく、墓にも注目したいところです。
墓標の存在は、この地に多くの人が生き、亡くなったことを教えてくれます。
城は、戦の舞台だけではありません。
暮らしの場所であり、祈りの場所であり、記憶の場所でもあります。

勝山館を歩くときは、「武田信広の城」としてだけでなく、名もなき人々の町として見ると、ぐっと深くなります。
和人とアイヌ、交易と暮らし、戦いと共存。
そのすべてが、この丘の上で重なっています。
4.4 足もとの植物にも目を向ける
勝山館を歩く楽しみは、歴史だけではありません。
春から初夏にかけては、道の脇や土塁のそばに、さまざまな植物が顔を出します。
ヒトリシズカ、カタクリ、ニリンソウ、ギョウジャニンニク。北国の春を告げる草花や山菜が、海風の吹く丘にそっと彩りを添えています。

城跡めぐりでは、つい空堀や曲輪、建物跡ばかりを探してしまいます。
けれど勝山館では、足もとにも小さな見どころがあります。
白いニリンソウが揺れる道を歩き、カタクリの花に春の名残を感じる。
ヒトリシズカの名のとおり、ひっそり咲く花に目を止める。
そんな時間が、この城跡をただの遺構ではなく、今も息づく丘として感じさせてくれます。
もちろん、植物は見るだけにしましょう。
なかには触れたり採ったりしないほうがよい植物もあります。花や山菜は写真と記憶に残すのがいちばんです。
坂道は少し大変ですが、ゆっくり歩けば、そのぶん発見も増えます。
勝山館は、歴史を見上げ、海を眺め、足もとの春にも気づける城なのです。
まとめ
上ノ国勝山館は、わかりやすい派手さを持つ城ではありません。
天守はなく、石垣もなく、公共交通でのアクセスも簡単ではありません。
坂もきつく、歩き方にも少し悩みます。
けれど、その残念さを越えた先に、他の城ではなかなか味わえない世界があります。
山城だと思って登ると、海が見える。
城跡だと思って歩くと、中世の町が見える。
和人とアイヌの対立の場だと思って学ぶと、交流と共存の気配も見えてくる。
勝山館は、北の中世を考えるうえで、とても大切な場所です。
土の上に立ち、海風を受けながら目を閉じると、遠い昔の船の気配、人々の声、馬の足音、鍛冶の音まで聞こえてくるようです。
ここは、静かな城です。
けれど、耳をすませば、驚くほど多くの物語を語ってくれます。
上ノ国勝山館。
それは、北海道の丘の上に残された、海と人と文化が交わる中世都市の記憶なのです。
参考資料
上ノ国町公式サイト
https://www.town.kaminokuni.lg.jp/
Wikipedia「勝山館」
https://ja.wikipedia.org/wiki/勝山館
デジタル城下町「上ノ国勝山館(北海道檜山郡上ノ国町)の登城の前に知っておきたい歴史・地理・文化ガイド」
https://note.com/digitaljokers/n/n3f63e205d667
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